天皇杯開始?
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
12月28日 短すぎる為、修正致しました。
「寒いなぁ…」
「そりゃ初めて日本の夏を経験してからの初めての冬だしな。データ見たろ?」
大和のその言葉に頷く凜。頭では分かっていても、体験として無い以上、本質的に理解したとは言いがたい。それを伝えようとするが、雑談にそこまで深い意味はないかと思い、返事もせず相手チームに目を向ける。
体は小さく、アップの雰囲気も実にのんきなものだ。最も良いコンディションにしようとする気もさらさら無いのだろう。こちらは個人が自らの状態について細かく気にしている。足首から膝、腿、腹、胸、腕、そして頭。すべてのスジや筋肉等、入念に確認をする。これはポーツマスで習慣化されたことだ。
「あんなアップで大丈夫なのか?」
凜はそう口に出す。
「お前は時と場所を考えろ。」
仮にそんなことを感じたとしても、この場で言える訳が無い。
大和は苦笑し、凜の頭を軽く叩きつつそう言った。
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2月2日午後3時30分、天皇杯愛知県一次予選が各地で開始される。数年前まで天皇杯への予選参加資格は、リーグ戦上位の社会人チームと大学リーグ上位のチームだけであった。しかしながら増え続けるサッカー人気、そして観客数増加が一定の割合を超えた事で、本格的な見直しが行われた。当時人気はあるものの、プロ3部リーグのレベル低下に悩んでいたJSAは、批判を避けつつてこ入れする方法を模索しており、その一つとしてあがったのがアマチュアとの対戦及び敗戦だ。
そのような思惑もあり、社会人2・3部リーグであろうと、協会所属であれば予選参加を許可するようになり、今や大人気の大会となっている。特にラウンド32、16あたりに3部のチームが頻繁出るようになるなど、結果としてプロ下位リーグのてこ入れに成功した。
しかしこれは劇薬であった。プロ3部リーグの中でも下位のチームが頻繁にアマチュアに負ける事案が発生しており、その結果広告収入が激減。元々広告していたチームは、自ら社会人チームを持ち、直接広告効果を狙ったのだ。
その結果、一部のチームは破産に追い込まれ、現在3部リーグは9チームとなり、2部下位のチームとほぼ互角のレベルまで上がる事になった。
そんな思惑によって制度が変わった大会において、今回異彩を放っているチームがあった。御上SWFCだ。協会に登録しているチームであれば予選に参加することが出来るのだが、その制度の中でも強引に参加資格を得たと言われている。元々ジョルダン電機FCであったチームを、企業買収に伴い名前を変え、選手を変え、強引に現在の形にしたからだ。ジョルダン側としては、社会人3部だった選手達に対して、他県の社会人2部リーグのチームや再就職先の斡旋を行った。元々ジョルダン電機自体の経営悪化により、クビになる寸前と言う状況だった為、不満ゼロであった。しかし噂の尾ひれにそんなものは関係ない。周囲の認識は強力なコネということになっていた。
前例の無いこの認可については地方紙にも載るほど注目されていたが、所詮は社会人3部である為、同じ社会人リーグのチームにしか知られていなかった。
そんな御上SWFCの初戦となる一回戦・第四試合は、愛知県社会人リーグ3部、名古屋1部BのグリーンマールFCとの対決だ。3部同士の試合という事もあり、観客は2回戦でこの試合の勝者と当たる常滑FCの監督他数十名のみのようだ。
そんな環境の中、ピッチ上ではグリーンマールFCの主将であるCBセンターバックの永野が、険しい表情を浮かべながら御上SWFCを見ていた。弱小だったジョルダンが名前を変えることになったことは聞いていたが、選手も全て辞めたという事で、それほど強くは無いと予想していた。しかし選手達を見て驚いた。グリーンマールFCで最も身長の高いのが183cmの永野だ。見渡す限り、永野と同程度の高さを持った選手が多い。下部のカテゴリーでは上位カテゴリー以上に、フィジカルの差が勝負に直結する。それを実体験で理解している永野からすれば脅威でしかない。
そんなことを考えていると、既に開始時刻間際になっていた。
焦って審判の下へと小走りで行く。
「えっ?」
こちらへ向かってくる人を見て、思わず声が出てきてしまう。
あれだけフィジカル重視のチームに見えていたにも関わらず、キャプテンマークを巻いて小走りで来るのは170㎝にも満たない少年だ。
「御上SWFCキャプテンの御部市凜と申します。本日はよろしくお願い致します。」
今まで見たことも無いような丁寧さで、お辞儀をする。
「よ、よろしく。」
異常なほど丁寧な対応は今までになかった。そんな未体験の事で動揺してしまい、空返事をしてしまう。
動揺したまま握手を交わすと、小柄な少年は小走りでチームの下に戻っていく。
「礼儀正しい少年だなぁ、っととりあえず戻らなあかん。」
そう言うと、駆け足で戻っていった。
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ピィィィ!!
久しぶりに聞く公式戦のホイッスルと共に試合が開始される。トップ下の暁から、2ボランチの左にポジションを取るエヴァンスを経由して、凜はパスを受ける。いつもはトラップした瞬間には体をぶつけられていたせいか、プレッシングをほとんど感じない。フィールドがいつも以上に広く感じる。
「ハハッ、やっぱり11人でのサッカーは広くて良いな。」
無意識に言葉が零れる。自分自身がこんなにも試合を待ち望んでいたと言う事を、今更ながら気付かされる。何物にも変え難い高揚感。これは「戦」だ。どんなに手を加えても戦況を変えられず、只ひたすらに引き分けを繰り返さねばならないものとは異なる、きちんと「勝てる戦」だ。そんな物に、熱くならないでいられるだろうか。
そんな事を考えながら左SHの内野にパスを送る。すぐにリターンが返り、そのままCBの大和へと戻す。
そこからしばらく右サイドでのポゼッションが続く。なかなか崩せないにもかかわらず、右SHの原田と右ボランチの松井、そして右SBの鈴木の三人は、何度も何度も執拗に動きなおしを繰り返し、カミロが抜け出せるDFラインの隙間を創ろうと試みる。
すると何を思ったのかCFのカミロ・シウバまでもがポジションを少し下げ、崩し参加し始める。
5分ほどすると、グリーンマールFCのDFラインがズレ始める。原田がパス&ゴーで中央へと走りこみ、相手SBを釣る。その動きに反応した鈴木がオーバーラップすると、右に流れてきた暁がスルーパスを出す。
しかしディフェンスもそう簡単には突破を許そうとしない。グリーンマールFCのキャプテン、CBの永野は果敢に守りに行く。上がってきた鈴木に食い付くと、2対1の形を作ろうとする。しかし鈴木は口角を上げると、そんな彼らをあざ笑うかのようにワンタッチで暁へと戻す。既に動き直していた暁に対し、マークが遅れるグリーンマールFC。頭も上げず、暁の左足から綺麗な弧を描くロングボールが蹴り出される。
(ナイスパス)
心でそう言いながら凜はパスを受ける。ボランチから上がっていたエヴァンス、そして左SHの内野が中央へ絞っていた事で、完全に数的有利になっていた左サイド。そのおかげでノーマークのままエリア内へと侵入できた。中を見ると既にカミロ、松井、鈴木がエリア内へと進入する。松井がニアへと走りこみ、内野は永野と体をぶつけ合い、鈴木は大きな声を出しながらファーで要求する。それと同時に、内野にマークをしていた選手がボールの元へとスライディングをしてくる。
(おいおい、マークザル過ぎないか。)
凜はそんな事を考えながらスライディングを避けると、ペナルティエリア外まで下がることでフリーになったカミロが視野に入ってくる。その瞬間に、迷わずマイナスのパスを送る。
「サンキューね、リン。」
ダイレクトで彼の左足から放たれた強烈なシュートはゴール右上へと吸い込まれていった。
1-0
開始7分の事であった。