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暗い森にまばゆき紅白

 透陽が歩く雑木林は薄暗く、枯れ葉や枯れ枝が暑く堆積した足元は不安定で、安易に人が踏み入るような場所ではない。

 そんな自然に立ち向かうよう、彼は枝をかき分け、羽虫を払いのけ、道なき道を行く。


 ふと前方の地面が突然低くなっているのが見えた。

 そうやら崖になっているらしい。ただ、さして高いものでもなく、せいぜい階段四段程度だ。

 へりに歩み寄るにつれ、下段にも似た様な森の景色が続いているのが見て取れた。

 崖っぷちに立って透陽は迷う。飛び降りようか、迂回するか。そんな二択だ。


 優柔不断に悩んでいると、下方から楽しげな声が聞こえてきた。

 何だろうと視線を右下に向けると、その主は女の子二人であった。初めは遠く、徐々に近づいてきている。足音もしかと聞こえて来た。


――ああ、あの子たちもキノコだろうな。


 もはや彼はこの非現実的な現象にすっかり慣れていた。

 なぜ、よりにもよってキノコが人型をしているのかは未だ不明だが、夢なら夢で楽しめばいい。そう腹に決めていた。


 明るい声が近づいてくるにつれて、彼女たちの話している内容もはっきり聞き取れるようになる。


「――から、羨ましいよー」

「でも、私、臭いってことじゃん……」

「えー? いい匂いだよお!」


 きゃっきゃと可愛らしい笑い声が聞こえた。その主は、赤に白の水玉模様を散りばめた大きな日傘をさしていて、透陽の居る場所から顔を見ることは出来ない。

 が、そんな少女が足を進めるごとに、大きく膨らんだ白とピンクのスカートの裾が見え隠れする。透陽の語彙には無いが、いわゆるロリータファッションというものだ。


 一方、連れの女性はと言うと、すらりと高い身長と、ボディラインを出した衣装とが相まって、紅白の娘とは真逆の大人びた雰囲気を醸している。

 象牙色の長い髪は毛先に向けて白くグラデーションしており、彼女の肩の上でさらさらと揺れる。豊満な胸が隠れるほどの丈のマント状の衣装を着用し、それが歩調に合わせて揺れていた。

 そして体にフィットしたアイボリーのパンツは、彼女の長く細い足を美しく見せ、二重に履いたブーツが一風変わった洒落気を出している。

 何だか街に居てもおかしくない雰囲気だな、と透陽は思った。頭に乗っているシルクハットがサイズ違いで三つもある以外は、ごくごく普通の人間らしい姿である。


 だが、絶対キノコのはずだ。彼はそう構えて二人の女性を高台から見守る。

 向こうは透陽の存在には全く気付いていないらしい。


 森の中に強烈な存在感を放つ赤い日傘に、自然と目線が惹かれた。

 山林、赤色、白点、そしてキノコ。目にした諸々の情報が、彼の脳内のシナプスを駆け巡り、点在する情報を一つの像に組み上げた。

 森にある赤くて白い水玉模様があるキノコ。これはさすがに知っているぞ、と透陽は一人笑みをこぼした。

 びしっと眼下に開いた傘を指さして解答を叫ぶ。


「ベニテングタケだ!」


 高校生物の資料集に載っていたぞ、とまるでクイズに正解できた子供のように喜んでいた。

 自信満々で声高々に叫ばれた答えは、キノコ娘たちにも聞こえて当然だ。彼女たちは揃って肩を震わせると、足を止めて崖上を見上げた。


 ようやく対面が叶った日傘の主は、白い髪の少女だった。

 ロココ調のドレスを着て、さらにコルセットを巻いた姿は、遠くヨーロッパの空気を透陽に感じさせた。

 澄んだ赤い目を真ん丸にして、突然現れた人間の姿を見据えていた少女は、しかし一気に顔を綻ばせて、右手を上げて大きく振る。


「人間さんだわ! あたしはここよう、降りてきてー!」


 はちきれんかのようなスマイル。腕の振りは力強く、華奢な肩が外れてしまいそうな勢いだ。

 そんなあまりのはしゃぎぷりに透陽は面食らった。今までのキノコたちも人間である彼のことを拒絶はしなかったものの、ここまで歓迎されるのは初めてだ。

 だが、悪い気はしない。


 透陽は少女の意に応えるべく、思い切って目の前の崖を飛び降りた。体が宙に浮き、急降下する。いつもの自分なら微塵でも危ないことはしないんだけどな、と苦笑していた。


 そして着地の瞬間、衝撃がもろに足に走り、透陽は顔をしかめた。

 ついでに勢い余って尻餅をつく。女性の目の前で格好悪いところを見せてしまった。

 じんじんと刺激を主張する尻をさすりながら、気が利かない夢だなあと、悪態をついた。

 そんな彼に、駆け寄ってきた娘から手が差し伸べられる。


「大丈夫? 怪我してなあい?」

「あ、ああ。平気だよ」


 そう言いながらも、救いの手を取って立ち上がる。

 さらに、もう一人の長身の女性が、透陽の尻を払ってごみを落としてくれた。


 そうこうしている間にも、目を輝かせている少女が、飛びかからんかの勢いで透陽に迫る。


「ねえねえ、人間さん。お名前は?」

「奥羽透陽って言います」

「トーヒ君ね! あたしはムスカリア。で、この子がプレムナちゃん!」

「アマニタ・プレムナって言います。どうぞよろしく……」


 そう言いながら、プレムナは何かに怯えるように後ずさりしていった。その動きと共に、癖のある臭いがぷんと鼻をつく。生理的な反射で、一瞬ながら眉間に皺を寄せた。

 それを見るやいなや、彼女はしゅんと肩を落とす。


「ほら……やっぱり私は臭いのよ……。こんな薬じゃ、全然勝てないみたいだし……」


 そう言いながら、マントに着けている葉の形の飾りをいじっている。どうやら、芳香剤のようなものらしい。その効果は疑問の程、どうあがいても粉臭いような、薬臭いような独特の香りが周囲に漂っている。

 異臭だけでなく、気まずい空気も混ざり合って流れていた。


 それを破るのは、ムスカリアの屈託のない笑顔であった。


「大丈夫だって! あたしはその匂い大好きだもん! 羨ましいっていってるじゃない!」


 ムスカリアは日傘を放り出して、笑顔でプレムナに抱き付いた。そのまま胸に頬ずりして、蕩けるような顔で身体のにおいをかぎまわっている。

 言い出したプレムナ当人も、さすがに引いているように見えた。


 激しいスキンシップを、呆けた面で見つめていた透陽の方を振り返ると、ムスカリアが笑いかける。


「トーヒ君もそう思うでしょ? 慣れればそんな嫌な臭いじゃないって、ね?」


 そう言って、意味ありげにウインクした。そんな愛らしい少女の笑顔に貫かれない男のハートはあるだろうか。いや、ない。

 透陽はぎこちないながら笑いを返し、プレムナにゆっくりと歩み寄っていく。


「あ、ああうん。そうだな……気にするほど臭くはないと思う。ほ、ほら。俺も気にしてないし!」


 精一杯見せた明るい顔は、無理が出たのか引きつっていた。

 初対面の人間の変な気遣いにプレムナは神妙な顔をするが、そんな彼女の内心などお構いなしの様に、ムスカリアがはしゃいでいる。


「そう! そうでしょ! だから、トーヒ君もこうやって匂い嗅いでみなよ!」


 ぎくりと肩を振るわせる透陽を尻目に、ムスカリアはプレムナの大きな胸に突然顔をうずめる。そのまま、大きく息を吸う音が聞こえた。少女の薄い体が、呼吸と共に大きく上下する。

 しばしの間の後、ムスカリアはがばりと顔を上げた。そして邪な雰囲気など全くない、純粋な笑顔を透陽に向ける。

 そんな彼女は、場所を開けたと言わんばかりに、プレムナの正面を手で指し示している。


――俺に、同じことをやれと!?


 さすがに理性が打ち勝って、足に強いブレーキがかかった。

 あわあわとしながら、改めてムスカリアが顔をくっつけていた場所を観察する。

 そびえ立つとても柔らかくて、温かそうな双丘。それが、マントの下から妖しげに見え隠れしているのだ。


 透陽の本能がファンファーレを鳴らす。これは前代未聞のチャンスだ!

 己の中にそんな思考が生まれたことを悟ると、自然と顔が赤くなった。


 これは俺の夢。それなら遠慮なく行っていいのだろうか。いや、そもそも、こんな欲望にまみれた不埒な夢を見るような人間だっただろうか。

 進むか止まるか、透陽は静かに葛藤していた。


 そんな珍妙な流れにいたたまれなくなったのは、当のプレムナ本人である。

 焦ったような表情で、両手のひらを前に突き出し、ぶんぶんと振っている。


「よし、わかった! 私臭くない。もうそれでいいわ! だからこの話、おしまいにしましょ? ね!? お願い!」

「プレムナちゃんがそう言うならいいよ! 良かったあ!」


 きゃははとムスカリアは屈託のない笑みを浮かべている。

 一回転して透陽の方を振り向くと、背中で手を組んで、上目づかいで語り掛けて来る。


「あたし、トーヒ君と遊びたいなあ。ね、少しお話ししましょ? あっちにちょうどいい広場があるから!」


 そう言うと、またくるりと回り、転がっていた日傘を拾い上げた。

 返答を聞く前に、ムスカリアはドレスの裾を踏まない器用なスキップをしながら、一人森の先へと進んでいく。ご機嫌な鼻歌も聞こえて来た。


 はあ、と距離を開けられた二人が脱力する。


「何か、ごめんなさい……。あの子、すごくいい子なんだけどね。なんだか、人間に会えたせいかテンションが上がっちゃったみたいで……」

「いや、こっちこそすいませんでした。ほんとに」

「でも、私臭いでしょ……」

「はい、ごめんなさい」

「いいのよ、自分でわかってるから。だけど、やっぱり気になるだけ」


 そんなプレムナの呟きもそっちのけで、透陽はちらりと彼女の胸に視線をやる。

 相変わらず魅力的なふくらみがそこに在った。

 少しだけ、ほんの少しだけだが、残念だ。惜しかった!



「……透陽さん?」


 はっとして、彼女の顔に目線を戻す。見つめ合ったプレムナのグレーの瞳が仄かに黄色く光を放っていて、まるで咎められているような心地がした。

 すいません、ともう一度謝る。


 そこに、遠景より朗らかな声が届いた。


「ちょっとー、二人とも早く来てよう! あたし一人じゃ寂しいじゃない」


 小さく見えるムスカリアが、目一杯腕を突き上げて手招きをしている。

 二人は慌ててそれを追った。

 



 茶色い風景を赤く彩る少女。そのの導く先には、彼女が広場と呼んでいた、少し開けた空間があった。

 平らな地面に、苔の生えた倒木と、綺麗な断面をした切り株が二つある。

 切り株の片割れを選ぶと、ムスカリアは優雅な様で腰かけた。日傘も差したままである。その姿は、童話の世界から飛び出した可憐な少女そのものだ。


 スマイルと手振りで促され、透陽は彼女と向き合う形で倒木に腰掛けた。プレムナはもう一つの切り株だ。

 透陽は木材上に何気なく手を置いた。だがそこに木の感触とは違う固いものがあって、思わず手をひっこめた。

 何かと思って確認する。ちょうどそこに屋根瓦のようなものが何枚も重なって、朽木から飛び出していたのだ。

 謎の板状の物体の表面を、指の腹ですっと撫でてみる。ビロードのような思ってもみない手触りだ。その快感に、何度も何度も往復させる。


――確か木から生えるこういう奴って、サルノコシカケって言うんだよな。


 またも透陽のあやふや知識にヒットした。

 サルノコシカケ。煎じて飲めば癌に効くとか、免疫機能がアップするなどと言われているらしいけど、こんなもので病気が治れば医者なんていらないじゃないか。

 びっしり生える無機質なそれを眺め触り、透陽はそんな不満を内心で叫ぶ。


 そのまま、また難しいことを考えそうになったが、先にムスカリアの朗らかな声が割り込んだ。

 

「ねえねえ、トーヒ君はどうして森に来たの? やっぱりあたしに会いに?」

「……え?」


 意味が分からない、と目を開け閉めしていると、ムスカリアは誇らしげに言葉を繋げる。


「結構多いのよ、あたし目当てで来てくれる人。だから、こっちも嬉しくって!」

「いいよね、ムスカリアは。有名だもん。それに比べて、私は臭いし、注目もされないし。挙句の果てには蹴っ飛ばされるし」


 自嘲気味な姿勢を見せてプレムナが笑う。そんなことないよ、とムスカリアが微笑む。

 仲睦まじげなのは良いのだが、人間は少々話に置いてけぼりを喰らっていた。


「ちょっと待ってくれ。君って……毒だったよな? どうして君目当てで来る人間が居るんだ?」


 透陽の中で、キノコは二種にしか分けられない。食べられるか食べられないかだ。

 食べられるキノコはスーパーで売っている他、天然モノも存在すること。それを目当てに、山でキノコ狩りをする人がいることは当然わかっている。

 それなのに、なぜ毒キノコ目当ての人がいるのだ。むしろ、食べたら死ぬのだから、取らないように気を付ける方だろう。


 疑問符だらけの彼の言葉に、キノコの娘たちは顔を見合わせる。そして二人してくすくす笑っていた。


「やだなあトーヒ君、食べることしか考えてないなんて。人間さんの中にはね、あたしたちに会えるだけで満足って人もたくさんいるのにい」

「そうよ。そういう人たちに会えると、私たちも嬉しくなっちゃうの。……でも、あなたみたいに私たちに話しかけてくれる人は、さすがに初めてだけどね」

「見るだけで、満足……?」


 そう言われても奥羽透陽には理解しがたかった。彼は、自分に益の無いモノは尽く周りから排除して、確実に身になるものしか見ないように育ってきたのだから。


 見ること、出会うことで十分とは一体。

 よく考え、己の足跡を振り返ってみた。すると、何となくわかったような気がする。

 そう、森で出会った彼女たち。巨大なグランディに、触れるもの皆傷つけそうなカエン。一見、男らしいが愛嬌に満ちたファル。ぼんやりと、だがずっしと構える望星みほし。そしてメルヘンチックなムスカリアに、独特な香りを放つプレムナ。何より天使のような美しさを持つヴィロサの姿。

 ただ見ただけ、出会っただけ、少し触れ合っただけの娘たちだ。それでも皆、自身の心の中にはっきりと残り、思い出や感動を形作っているではないか。


 透陽が見たのは人間の姿である。それでも、キノコを心の底より愛でる人間たちには、キノコそのものを見て、似た様な感情を抱くのだろう。


――ああ、そうか。


 透陽は宙を仰ぐ。

 ようやく理解した。自分が知らないだけで、面白いものは世の中に一杯溢れていたのだと。


 そんな彼の真理の奥底など知りもしないムスカリアは、はしゃぐように話を続けた。


「それにね、毒だっていうけど、あたしはそんなに強くないよ? だから、上手に食べてくれる人だっているし」

「そうらしいわね。何だっけ、『ナガノケン』ってところで食べてくれてるんだっけ?」

「そうそう! 前にあたしを見に来た男の人はそう話してたよ。トーヒ君、どこか知ってる?」

「え? ああ、うん。長野県ね……」


 日本人としての常識だ。

 それにしても、夢の中の架空世界のはずなのに実在の地名が聞こえてくると、なんだか妙な気分になる。


 それはさておき、饒舌なムスカリアはことさらに言葉を続けていた。


「でもね、あたしが先に有名になっちゃったせいで、人間さんに勘違いさせちゃったの」

「へえ。どんな?」

「聞いたことない? 『派手なキノコは毒、地味なら安心』って。それで、ヴィロサちゃんとかヴェルナちゃんに手を出して……あの子たち、真っ白だから」

「あー……」


 天使の翼を生やして、美しい微笑みを浮かべながら、ドクロのネックレスを揺らして大鎌を振るうヴィロサの姿が目に浮かぶ。

 なるほど、毒キノコなら殺すのは得意だとうそぶいていてもおかしくない。

 無意識に顎に手をやり、にやりと笑む。

 が、そんな透陽の顔は、一つの疑念と共に真顔に引き戻された。


――おかしい。これは俺の夢なのに、何で俺が知らないようなことまで出て来るんだ?


 奥羽透陽にはキノコの知識は全くなかった。当然、長野県でベニテングタケをどうにかして食べると言うことも、ヴィロサの本体の白いキノコが毒だと言うことも、知らなかった。

 それなのに、だ。もし目の前の世界が脳が作り上げた映像だと言うなら、ムスカリアの発言は一体どこから来たのだ?

 あるいは、彼女が語った「事実」だということすら、己で創り上げた空想の産物なのかもしれない。


 しかしそれ以上に、透陽の頭を占めているのは一つの疑惑である。

 冷や汗を流しながら、真顔で、恐る恐る彼は真実を確かめるべく、質問をする。なるべく遠まわしに、しかし白黒はっきりつくような物を選んで。


「なあ……ここは一体どこなんだ?」

「どこって、森よ?」

「そうじゃなくて、もっと現実の地名とか……そう、森の名前とか!」

「名前ねえ……それはわかんないけど、人間さんが管理している森らしいわ」

「あ! あたし、ナントカ森林公園、って聞いたことあるよ」


 透陽は愕然とする。県立の森林公園は、彼が住む町に実在する公園だ。

 遊歩道が整備された自然公園。広くて、植生豊かな雑木林。森林浴のスポットとしても有名な地。虚ろな記憶をたどれば、家を出た自分は、確かにそちらの方角に向かっていた気がする。


 公園は現実に存在する。取った行動も現実のものだ。その延長線上にある点に自分は立っている。

 夢かどうか確認するべく、無意識に刷り込まれた行動を取った。蒼白な自分の頬を思い切りつねる。

 ……痛い! ただ、痛覚があるのは散々わかっていたことなのだが。


 血の気を引かせながら、透陽はうろたえる。


「ここは夢の世界じゃないのか? あるいは、死後の世界とかでもなく……なあ、俺は現実世界に居るのか?」


 目を見開いて、二人のキノコたちにそれを問う。

 聞かれた方は、爆笑だ。


「何言ってるの! トーヒ君、寝てるの? 夢なわけないじゃない!」

「現実よ。あなたが居るのは現実世界。眠っても無いし、まして死んでるわけないじゃない! どうしたの? ムスカリアの毒にでもやられた?」


 明るく響く言葉は、透陽の聴覚を揺さぶる頃には、暗く重いものとなる。

 これは現実だ。生きて、経験している、リアルな世界だ。

 そう突きつけられた真実は、しかし透陽には受け入れがたい事実に違いない。


 必死に頭を整理する彼の最大の疑問は、一言に尽きた。


――だったら、どうしてキノコが女の子の格好をして、歩いて、喋っているんだ!?


 そんな空想的なこと、現実的にはあり得ない。

 これが夢幻ゆめまぼろしでないというのなら、自分は本当に頭がおかしくなったのかもしれない。ああそうだ、勉強して知識を詰め込み過ぎて、おまけに人生の道を絶たれたのだから、脳がパンクしたに違いない。


 彼は脱力し、枝葉の隙間からぼんやり天を仰ぎ見た。そこには厚い雲がかかって、青い空は見当たらなかった。


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