第七話 記憶の中の少年
「貴方、本当に仕事の依頼でいらっしゃったんですか?他に目的があるようでしたら、こちらにも考えがありますけど」
「あー……勘弁してくれぇ」
メイドの探るような視線に晒されて、蟀谷を押えため息を吐く。簡単な仕事だと思っていたがどうやら少々面倒な依頼のようだ。
レットソムは仕方なく一歩後ろへ下がり他意は無いのだと両手を挙げる。
「カーウィグ子爵夫人に頼まれて、グロッサム伯爵家にいるオルグ殿を訪ねてきただけだって。落ち着いてくれよー……」
「何度も言っている通り、グロッサム伯爵家縁の方にオルグと言う名の者はおりません!」
「あんた……若いからなぁ。伯爵家全ての縁者を知っているとは――」
「ばっ!バカにしないでください!そんなことも知らないで伯爵家にお仕えしているのだと思われているのだとしたら酷い侮辱です!どうして初めて会う貴方にそんなこと言われなくちゃならないんですか!」
どうやら女の自尊心を痛く傷つけてしまったらしい。
すごい剣幕で怒鳴り散らす女に圧されてレットソムは「そんなつもりは」と焦り出す。
カーウィグ子爵夫人は52歳。若い頃社交界でたった一度だけ会ったグロッサム家の子息であるオルグと再会したいと依頼された。その当時14歳だった夫人は初めての夜会に出席し、少し興奮していたそうだ。
沢山の人と色んな匂いの混じったパーティ会場に辟易した夫人は、新鮮な空気を吸おうと外へと抜け出した。
そこに所在無く佇んでバルコニーの手摺に掴まっていた少年と出会う。
痩せた少年は困ったような表情で夜の闇に沈む庭を眺めていた。所々に灯りが灯されてはいるが、庭園を散歩するには心許なく、そして眺めても面白味は無い。
昼間に見ることができたならばきっと見事な庭園だっただろう。
だが今は木々や彫像が作る陰影がどこか沈鬱で、咲き乱れているだろう花の形も見えなかった。
きっと自分と同じようにあの喧騒から逃れてきたに違いない。
声をかけると少年はびくりと怯えたようにこちらを見た。その仕立ての良い礼服の衿に着けた金のピンに燕と弓矢の家紋が刻まれており、会場の眩い灯りを反射してキラリと光った。
先ずは自分から名乗り、相手の名前を問う。
少年はオルグとだけ告げ、おどおどと視線を泳がせた。
その緊張と怯えぶりに、オルグも初めての社交界なのだと気づいて親近感が湧く。二言、三言会話をした所で母が呼びに来て連れ戻された。そのまま帰路へとつく馬車の中で彼の衿のピンにあった燕と弓矢の紋章を父に尋ねると、グロッサム伯爵家の物だと教えられ少し残念に思ったのだと言って夫人は微笑んだ。
「仲良くしたかったのだけれど、位が違い過ぎて。あの方と私の人生が交わることなど無いのだと思ったら悲しくて」
結婚して男爵から子爵になったが、男爵の娘が伯爵家へ嫁ぐことはよっぽどのことが無い限り難しい。代々男爵家を細々と守り通してきた自分達より、爵位を金で買った金持ちの商人の方が余程豊かで勢いがあった。貧乏男爵の娘を嫁に貰う利などどこにもない。
忘れてしまおう。
そう決めて、親が持ってきた縁談をすんなりと受け入れてカーウィグ子爵へと嫁いだ。
王都に流れ込むグラム川を北へ遡った小さな森がその領地。ディアモンドまで馬車で三日の距離だと言うのにまるで辺境と言って差し支えない程の田舎だった。
だが子爵は穏やかで優しく誠実な男で、次第に不便だと思っていた田舎の暮らしも慣れれば快適になってくる。のんびりとした日々を過ごしている間に子宝にも恵まれ、笑い声に囲まれた人生を送ることができた。
そして5年ほど前に子爵が亡くなり、夫人は寂しさを募らせた。領地は息子が継ぎ、孫もいる。それでも長年連れ添った子爵の代わりには誰もなれない。胸が重く、頭では何も考えられなかった。
私も死にたい。
あの人のいない人生にどれほどの価値があると言うのだろう――。
結局死を自分で招く勇気も、待ち侘びている終わりの足音も聞こえず5年の月日が経った。ようやく前向きになり、過去を振り返りながら楽しかった在りし日に癒されるようになったのだ。
そして突然夜会で会った少年のことを思い出し、まだ元気なうちにもう一度会いたいなと淡い希望を抱いていた。
そんな時にレットソムの噂を聞いたのだ。
不可能を可能にする男だと。
「なぁ、ほら。幼名だったりとかするかもしれねぇだろぉ?だから当時を知ってる人を呼んじゃくれないかねぇ?」
下手に出て見ても若いメイドは機嫌を損ねたまま「お引き取り下さい」と冷たく言い放ち、厚い扉を勢いよく閉めた。
「……参った」
後頭部から首までかけて撫で下ろし、がっくりと肩を落とす。
最近依頼される仕事が通常とは違う方向の内容ばかりで調子が狂わされっぱなしである。失せ物も人探しも厄介事万請負所の本領ではあるが、同時進行で恋の悩み相談に惑わされていれば思考も行動もいつもとは勝手が違うようになるのか。
「自信無くすわ……」
重い足取りでレットソムは貴族たちの屋敷が立ち並ぶ通りを歩き、王城の城壁内に広がる城下町の高級宿屋へと向かう。一流の店や劇場がある華やかで上品な街並みに思わず舌打ちすると、すれ違った女性二人組から嫌な顔をされこそこそと陰口を叩かれた。
「そうですか……。グロッサム伯爵家にはオルグという名の方はいらっしゃらないと」
薔薇の花の模様を織り込んだ生地のカウチに深く腰掛けて、カーウィグ夫人は物憂げな表情で俯いた。
柔らかそうな細い髪を品よく結い上げて、趣味の良いドレスを着た夫人は年相応の皺を刻みながらもどこか少女めいた可憐さがある。少女というよりも、乙女と評した方が良いかもしれない。
「……もう少し別方向から探ってみます」
カーウィグ子爵夫人の話を聞いて、これは直接グロッサム家に聞きに行った方が早いと踏んだが、どうやら色々と事情があるようだ。
本当にオルグという名の子息がいないのかどうかは、つてを使って調べればすぐに解る。
だが若くプライドの高いメイドが「そんなやつはいない」と言い張っている以上、突いて気持ちの良い物が出てくるとは到底思えない。
きっと不愉快な話を夫人に伝えなくてはならなくなる。
それはようやく伴侶の死を乗り越えて前向きに生きようと思い始めた女性にとって、酷な仕打ちであるように思えた。
「…………とても儚げな少年だったから、風のように消え失せてしまったのかもしれないわね」
くすりと微笑んで夫人は記憶の中のオルグ少年を思い出しているのか、淡い水色の瞳を遠くへ向ける。目尻の小さな皺は優しく寄せられ、美しい思い出として残っている映像に思いを馳せる未亡人は既に現と切り離された世界で生きているのかもしれない。
これからどうするかな……と苦り切って顎を撫でていると、カーウィグ子爵夫人が白い手をそよがせてレットソムの気を引いた。
「私は諦めてはいないわよ。きっと貴方があの少年ともう一度会わせてくれるって信じているから」
「それは……責任重大ですねぇ」
ぽりぽりと頬を掻くと夫人はふわりと微笑んで「だって、不可能を可能にする男だと聞いていますから」と悪意の無い口調で期待する。
ひやりと背中を汗が流れた。
本物の不可能を可能になど出来るはずが無い。
それはフィライト国王であるローム王でも無理なこと。
それに次ぐ地位と権威を持つ実力者たる宰相と四大公爵にも。
誰にもできない。
不可能だと思っていた物事に何かしらの出来事が起こり、可能な物へと変化することはあっても。
もしそのオルグという人物が既にこの世にいない場合、レットソムには彼女と彼を再会させる事は出来ない。
死は変化しない。
人は死んだら生き返ったりなどしないのだから。
もしそういったことをカーウィグ子爵夫人が望んでいるのだとしたらそれは間違いだと伝えなくてはいけない。
だがそんな妄信に憑りつかれている様子は無いので、今念押しすればレットソムの方が変な勘違いをしている男だと思われてしまう。現と夢の境を生きているような雰囲気の夫人は、それでも尚まだ正気を保っていると確信できるだけの様子は窺える。
「大丈夫よ。どんな結果でも私は受け止めて、満足しますから」
「……努力はさせて頂きます」
「うふふ。期待しているわ。便利屋さん」
少女のような笑い声を上げる未亡人に、立ち上がって一礼しレットソムはドアを開けて廊下へと出た。歩いていると洗い上がってアイロンの当てられたリネン類を手にした女性従業員が優雅な所作で会釈をして擦れ違う。
着ているワンピースも白いエプロンも清潔で上品だ。
やはり貴族や裕福な者が泊まる宿は違う。
「肩凝って居心地悪いったらないわー……」
坊主頭に不精髭、半分下りた目蓋に洗いざらしのシャツとズボン姿では浮いて仕方が無い。更に猫背で姿勢の悪いレットソムには不似合の場所である。
そそくさと追われるように玄関ホールから逃げ出すと、城壁外へと向かおうとした所で背後から声をかけられた。
「便利屋のレットソム様と御見受けいたしますが」
「はあ?」
振り返ると白髪を綺麗に撫でつけて、整えられた美しい髭を蓄えた年老いた男が立っていた。年老いたと言っても背筋の伸びたすらりとした身体に、黒いジャケットに臙脂色のスカーフをシャツの襟に巻いた上品な男性だ。
襟章の燕と弓矢の意匠を見て目を丸くする。
「まさか……グロッサム伯爵家の」
「先程は失礼をいたしました。私グロッサム伯爵家の執事でハミルトンと申します」
「じゃあ、」
「大旦那様の仰せで参上いたしました。御足労では御座いますが、どうかもう一度屋敷へお越しいただけますでしょうか?」
腰を折って丁寧に辞儀するハミルトンにレットソムは身震いする。仰々しい言葉遣いや態度を示されるような立場の人間では無い。
「頼むから……普通に接してもらえないですかねぇ?」
自分よりも遥かに年上で経験も豊富な人物にそんな扱いをされると畏れ多くて寒気がする。懇願すると優秀な執事はにこりと微笑んで「どうぞ、馬車をご用意いたしております」とレットソムの言葉は無い物として扱われた。
促されるままハミルトンの後ろについて行き、高級宿屋の脇に待たせていた小さな馬車へと乗り込んだ。用意されていたのが伯爵家の紋章入りの大きな物だったら辞退させてもらう所だったが、普通の馬車だったのでほっとした。
ハミルトンは御者台に乗り込んだらしい。
扉が閉められた後ゆっくりと動き出す。
レットソムひとりを迎えに来たにしては親切すぎる気がするが、貴族の考えなど常人には解りかねる。
「さて……どっちへ転ぶか」
良い知らせか。
悪い話か。
不思議な物で馬車に揺られていると段々と睡魔が襲ってくる。振動と車輪の音にまるで眠りへと誘う魔法でもこめられているのではないかと疑ってしまう。
うとうととし始めた頃、馬車はゆっくりとグロッサム家の門を入り正面玄関へと近づいて行く。だが減速せずにそのまま玄関を通り過ぎ、庭の道へと進む。昼下がりの陽射しは意外と柔らかく、夏の疲れを残す庭の木々たちを優しく照らしていた。
「離れか……」
ハミルトンは大旦那様に頼まれたと言った。つまり爵位を息子に譲り、離れに隠居した元グロッサム伯爵がレットソムに用があるのだろう。
オルグのことを知っている人物。
奥にある小さな館の日当たりは悪いが庭が良く見える場所に建っていた。玄関横のテラスにはイスとテーブルが置かれて、そこで茶を楽しむ50過ぎの男。
馬車に気付くと面を上げて大きな口を引き上げて人懐こく微笑んで、暁色の瞳をキラキラと輝かせて男は立ち上がった。
背が高く、その身のこなしは隠居するには勿体無い気がした。御者台に座っているハミルトンに手を振ると、大旦那は待ちきれない様子で玄関まで走ってくる。
「息子が優秀なのか……それとも名ばかりの隠居なのか」
元伯爵自ら停まった馬車の扉を開けてレットソムを歓迎する。
「ようこそ!便利屋殿。私はオドント=グロッサムだ」
「大旦那様自らのお迎え痛み入ります」
「良い。私のことはオドと呼んでくれたまえ。爵位も権利も全て息子に譲り渡した。私は余生を楽しむただの隠居だ」
速く来いと言わんばかりに手を招いてオドントは颯爽とテラスへと戻って行く。ハミルトンが苦笑して「大旦那様は少々破天荒な方でして。どうかお付き合いして頂ければ」と頭を垂れる。
「破天荒というかなぁ……」
頭を掻いてテラスへ向かいながら、独り愚痴る。
まるで悪戯好きの腕白小僧のような雰囲気と言動に、いい歳をしてと苦情を言う気にはなれない。爵位を息子に譲った後で抜け殻のようになるのではなく、更に活き活きとするのは別に悪いことではないだろう。
後を継いだ息子に迷惑をかけなければ問題は無い。
「便利屋殿は甘い物はお好きかな?」
手ずから紅茶を淹れてティーワゴンの上からチョコレートとクッキーを小皿に乗せて一緒に添えて出してくれる。
「……ありがとうございます」
オドントは自分の分にも紅茶を注ぎ足して席に座り、まだ立ったままのレットソムを不思議そうに見上げた。
「私と同席するのは嫌なのかな?」
「いえ、そんなわけではなく」
「じゃあ座りたまえ」
格上の者に勧められる前に席に着くのは礼儀作法に反する。特に貴族の男は自らの立場や力を顕示し、また確認する場として重要な位置を占める。
その事をオドントも理解しているだろうに、レットソムが声をかけられるまで待っていたことを心底不可解そうに見ていた。
変わっている。
「さっきはケイトが失礼したね」
「ケイト……?」
「君に対応した若いメイドだ」
「ああ、いえ。とても仕事熱心で素晴らしいメイドさんで――」
「はははっ。気が強くて、自尊心の強い扱いにくい子だよ」
楽しげに笑いオドントは本邸のメイドを扱き下ろす。だがその目には嫌悪や蔑みの色などはない。くくっと喉を鳴らしながら紅茶を一口含む。
「そこが良いのだ。ケイトは。つい苛めてしまう」
「大旦那様。ケイトも忙しいのです。用も無いのに呼びつけては可哀相です」
執事らしい物言いでオドントを嗜めるが、そのハミルトンの口元にも優しげな微笑みが浮かんでいて、この二人は共犯となってあの若いメイドをからかっているのだろう。
確かにあの負けん気の強さと真面目さで、どんな反応をしてくるのかと無理難題を吹っ掛けたくなるのも解る。
ケイトという名のメイドには気の毒だが。
「そういうな。私の余生の楽しみのひとつに若者をからかうことも入っているのだから」
「大旦那様は昔からそうでございます」
「そうだったな。私は同じようにオルグを困らせるのが好きだった」
話の中に突然出てきたオルグという名にレットソムは気づかれないように息を飲んだ。チョコレートを人差し指と親指の先で摘まみ、懐かしそうな瞳でそれを眺める。暫く見ていたかと思うと口の中にぽいっと投げ込んでもぐもぐと咀嚼した。
言動に唐突さを感じるが、そのこと全てに意味があるのかどうかは計れない。
子息に後を譲るまでは伯爵家を支えていたオドントの考えが簡単に解るなど思う方が間違いである。
見たままの人物なのか、それとも腹の中では別の顔が隠れているのか。
貴族間では騙し騙されの駆け引きをし、生き残るために熾烈な争いを水面下でしているものだ。
「便利屋殿が訪ねて来てくれるまで、私はあの大切な少年のことをすっかり忘れていたのだよ。驚くべきことにね」
大切なのに忘れていたのは、忘れていたかったからなのか。
それともただ過去の出来事として、様々な日常の中に埋没していただけなのか。
「私が身代わりとしてテラスにオルグを置き去りにした夜会で、君の依頼人であるカーウィグ子爵夫人と会ったのだと思うよ」
「身代わり……ですか?」
「気取った大人と生意気な貴族の子供が集まる夜会など楽しくは無い。私は駄々をこねて行きたくないと反抗したが、妹から懇願されて仕方なく行く事にした。オルグを従者として連れてね」
オドントは昔から風変わりな子供だったようだ。オルグは従者にするには庭師の息子という身分の低い少年だったが、彼は気にせず父親に掛け合いオルグを傍に置いた。大人しくて引っ込み思案のオルグをオドントが引っ張り回して困らせたりオロオロさせたりするのが楽しくて仕方が無かったそうだ。
そして夜会で退屈が過ぎたオドントは闇に沈む庭園の探索をしようと言い始め、それを青ざめて引き止めるオルグに自分の着ていたジャケットを羽織らせ、逆に着ていた上着を奪って置き去りにした。
深い意味は無く、暗い庭園内を歩き回って汚したり破いたりしないようにと軽い気持ちで行ったこと。
その時にカーウィグ夫人が現れ、オルグに声をかけたことで勘違いが生まれたらしい。
「私のふりをして名乗ればいいものを、正直にオルグと名乗るからこんなことになるのだ」
「それができないからお気に入りだったのでしょう?」
ハミルトンの言葉にオドントは「確かに」と素直に首肯する。
「これが真実だ。真実と言うのは本当につまらない物だが、夫人は納得してくれるだろうか?」
その暁の瞳に一抹の不安と寂しさを過らせてオドントがレットソムを見つめた。
グロッサム伯爵家にオルグという名の子息はいなかったが、子息であるオドントの従者として仕えていた少年はいたのだ。
夫人が出会ったのは子息であるオルグではなく、オドントのジャケットを着た従者のオルグ。
「きっと笑って受け入れてくれるでしょう」
だが夫人の望みは再会することだ。
そう告げるとオドントとハミルトンの顔色は途端に悪くなる。
予想はしていたがレットソムの胸が重く沈む。
「35年ほど前に伝染病が流行ったのを知っているかな?」
「……はい」
そのお陰で今は下水が完備され、風呂やトイレなどの環境が一気に良くなった一因でもある。かなりの人間が罹患し、医者にかかることのできない貧乏人や薬を手に入れられない貧しい者は重症化し死ぬ事も多かった。
「オルグはその時に」
それ以上を口にすることはできないとオドントは首を振った。ハミルトンも黙して俯き、レットソムは失望のため息を洩らす。
「そうですか……。残念です」
「オルグは墓所に埋葬されている。管理人にグロッサム家の名を告げればすぐに案内してくれるはずだ。もしよければ、そこに行ってもらえるとオルグも喜ぶだろう」
「伝えておきます」
これ以上は聞くことも無かろうと腰を上げると、オドントが何か言いたげに見つめてくる。言うべきかどうか悩んでいるような素振りにレットソムは「他になにか?」と水を向けると、逡巡したのち「カーウィグ子爵夫人とゆっくり話がしたいので、墓参りの後にでも訪ねて来てくれるように頼んではくれないだろうか」と消え入るような声で呟く。
らしくない。
そう思える程の様子に苦笑しながら「それも伝えておきます」と応じると嬉しそうに微笑んで便利屋殿もいつでも訪ねて来てくれてかまわないからとお招きの許しを頂いた。