第六話 その時は よろしく
「すごい評判だな。便利屋」
扉を開けるのとほぼ同時に朗々と響き渡る声。見事に波打つ赤い髪にエメラルドグリーンの瞳を煌めかせて現れたのはコーネリア=グラウィンド公爵。女でありながら公爵を継いだコーネリアは魔法学園の学園長を兼任しながら日々忙しい毎日を過ごしている。
「はずだろうがぁ。なんでこんなしがない厄介事ばかりを引き受ける狭い事務所にいるんだよー……」
しかも開口一番嬉々として口にした言葉に正直うんざりしてしまう。だがコーネリアはにやにやと嫌な笑いを浮かべ肩にかけた黒いローブをマントのように翻して近づいて来る。
「お茶をご用意します」
「いらねぇよ。公爵様は直ぐに帰る」
立ち上がったカメリアを制止するが、雇い主の言葉を聞こえなかった物としてさっさと奥へと入って行く後ろ姿にがっくりと肩を落とす。
給金を払うレットソムより公爵であるコーネリアの方がカメリアの中では重いのかと不貞腐れると、先日気紛れにやって来たセシルと同様机の上にどさりと座り込み足まで組んだ。
「ちっ……どいつもこいつもぉ」
「自分は独り身の癖に、あちこちで恋を実らせてるそうじゃないか」
「やりたくてやってるわけじゃねぇっての」
そうだ。
恋の橋渡しをやっているつもりは全くない。
できれば遠慮したい。
金を積まれて仕事として依頼されれば別だが。
「露店で一年も険悪な幼馴染の男女の仲を取り持ち、パン屋の盗作疑惑から一転若い職人の輝かしい未来を導いた」
「だから……それは全部、偶々なんだよぉ」
頭を抱えたレットソムに「相手が悪かったとしか言いようがない」と公爵は楽しげに声を上げる。
そうなのだ。
腐れ縁で繋がったログとアザレアの仲は拗れ過ぎてしまい周りの者皆がお手上げ状態で、関係修復は無理だろうと諦められていた。
それをレットソムが間に入り、ちょっと話しただけで仲直りさせたものだから驚愕の事件だと宿場街に広まったのだ。
その上依頼されていたパフィオの盗作疑惑を解決する為にロメリアと話して見れば、どうやら盗作では無く誤解であると解り隣同士仲良くしたらどうだと勧めれば何故か熱いパン論議で二人の間も盛り上がったらしい。
女性不信の気があったロメリアに恋人を作らせることができた奴がいるなんて!とロメリアの友人からは崇められ、ロメリア親衛隊からは恨まれて。
不可能を可能にした男として何故か噂が広がり、恋の伝道師という寒い呼び名まで王都を賑わせているのだから堪った物では無い。
レットソムでなくても、他の冷静な第三者が間に入れば二組のカップルは直ぐにでも惹かれあったに違いないのに。
「その所為で最近は恋愛相談ばっかりでなぁー……」
この間は歓楽街で男の袖を引いて身体を売る姐さん連中の相談まで受けさせられた。彼女たちは身体を売って生活をしているが、心までは荒んでいない。未だに乙女のような純粋な気持ちで男を想いながら、汚れた身である自身の仕事を卑下して成就しない夢を儚く見る。
「どうぞ」
「ありがとう。カメリア。ところで父君の病状はどうだ?」
コーネリアは出された茶を受け取り、世間話の延長を装ってさりげなく尋ねる。冴えた美貌のカメリアの表情が少し翳り「あまり」とだけ答えた。
「そうか。なにか必要な物があったら遠慮なく言って欲しい。私はお前の味方だからね」
「お心遣い痛み入ります」
「なんだっていいんだよ。綺麗なドレスでも、高価なアクセサリーでも。カメリアは若く美しい。もっと華やかな格好をして人生を謳歌しても良いほど親孝行な娘なのだから」
「そんな。必要の無い物を欲しがるほど己の価値を勘違いする愚かな女じゃありません」
不相応な物はいらないのだと断るカメリアの微かな笑みにコーネリアが深く重いため息を零す。
「愚かじゃないから私は辛いのだ」
「グラウィンド公爵様、その言葉だけで十分です」
「……便利屋にもう少し甲斐性があれば」
「悪かったなぁ」
もっと仕事の依頼が多く、稼ぎも良ければカメリアの給料を上げることも出来る。だがそうするには人材が少ない。今は特に紅蓮がいないので夜の依頼を断り、サルビア騎士団に協力してもらうことも多くなっていた。
つまり経営は芳しくない。
「いいえ。所長には良くして頂いてます」
首を振りカメリアは自分用の茶の入った器をそっと両手で包み「本当に」と呟いてその声ごと茶を飲んだ。
「健気だな。カメリアさえよければうちのザイルと添わせてもいい」
「とんでもない!」
冗談か本気か解らない発言にカメリアが驚いて飛び上がる。
「私は庶民です。しかもとても貧しい家庭で育ちました。冗談でもそんなことは仰らないでください」
「ザイルでは不満か。まあ、さすがにガキすぎるか……」
今年15歳になる自分の息子を子ども扱いして舌打ちすると残念そうに「諦めるか」と続けたのでカメリアが青い顔で頷く。
庶民がいきなり四大公爵家に嫁ぐなど有り得ない話だが、このコーネリアならばやりかねない。出自がどうだろうと公爵家にとって有益に事が運ぶならば取り込み、不要ならばバッサリと斬り捨てる潔さも持っている。
美しく聡明で、親孝行の働き者であるカメリアならば息子の嫁にもらってもいいなと本気では無いながらも少なからず思っているだろう。
他の貴族の令嬢を嫁に貰うよりは御しやすく、また面倒事も少ない。
それぐらいの算段はしている。
「すみません。学園の先生と話してたら、遅くなって――うわっ!学園長」
授業を終えたノアールが髪を乱して駆けこんできて、事務所に居る客人が自分が通う学園長だと知ると悲鳴を上げて後ろに飛び退いた。
「良い顔になったな。セレスティア」
にやりと笑ってコーネリアは自分の右頬を指差して揶揄する。はっとノアールが左手で自分の頬を隠すように覆うと恥じ入る様に俯いた。
「いいな。男はやはり痛みを覚えて成長しなくては。便利屋、どうだ?うちのザイルも少し鍛えてくれないか?」
「冗談じゃねぇ……大事な御子息だろうがぁ。鍛えたかったら自分でやれってぇの」
「人不足だろ?ザイルはただ働きでも問題ないぞ」
「うあー……面倒臭ぇ。怪我しないかとはらはらして寿命が縮んじまうわ」
公爵家のひとり息子を預かるなど荷が重すぎる。なにかあった場合、レットソムの命では償えぬほどの価値のある人間なのだ。
「便利屋。お前の評判は我が学園にも広まっている。歓楽街という如何わしい場所にある故、一応出入りすることは禁じているがそれでも依頼してくる場合もあるだろう」
その時は。
よろしく頼むと学生想いの学園長は艶やかに笑う。
彼女が自分の息子と同じように学生を大切に思っていることは知っている。学生たちが多く住む下宿街でなにかある度に直接出向き頭を下げ、学生ひとりひとりと密に関わることは出来なくとも、それぞれの担任からの報告で把握をしようと努めていることも。
四大公爵として国と王に仕えながら、魔法学園を運営する学園長でもある。
どちらが優先であるかを問えば勿論公爵としての立場だが、許されるならば学園長として学生の庇護を第一に考えたいと思っているのだ。
そして学園を卒業した中で優秀な人物だけが勧める学院のある研究塔では、国民の為の技術向上と開発に力を入れ、商品化し売り出すことにより生活が良くなり、またその収入で研究をする。
他でもないノアールも学園を卒業したら院に行きたいと願っている優秀な学生でもある。
ノアールは北方に領地を持つ伯爵家の三男坊だが、実家に頼らずに学園を出ようと国から奨学金を受けてバイトまでしている苦労人だ。
できれば学業を優先できるようにしてはやりたいが、今はコーネリアの言う通り人手不足である。
当初の予定では出勤は週に三日。二日ある学校の休日の内一日だけ出勤し、後の一日はゆっくりとしてもらうという契約を結んだが、紅蓮がいない間はほぼ毎日出勤してもらっている。
随分無理をさせている自覚はある。
それでも紅蓮の他にバイトを雇うつもりはないので、ノアールにはもう暫く辛抱してもらうしかない。
「僕の所にも所長に相談したいって子が沢山寄ってきて……。正直迷惑です」
「だからぁー……望んでそうなったわけじゃねぇんだって」
ノアールの冷ややかな視線にレットソムは崩れ落ち、机の上に顎を乗せて突っ伏した。
「誰もが幸せになりたいと思ってるってことだな」
コーネリアが苦笑して飛び降りる。ひらりと赤い髪と黒いローブが舞う。壮絶なほど美しい笑みを浮かべて「リッシャ・ラウル・紅蓮のことだが」と伸びやかな声で告げた。
その名前に全員が身体を固まらせて息を飲む。
そんな様子を面白そうに眺めて公爵は腰に手を当てて仁王立ちする。
「未確認の情報に踊らされる必要は無い。あいつのことだ。きっとケロッとした顔で戻ってくるさ。あの時のようにな」
邪魔したなと足早に扉の向こうに消える後ろ姿を見送ってレットソムは「敵わねぇなぁ」と呟いた。
いつでも現れる時は唐突で。
それでも訪ねて来る理由とタイミングはぴったりで。
励まされて。
同時に色んなことを考えて行動をするコーネリアは国や学生のことだけでなく、旧知の男の事まで心配してくれるのだ。
「本当に、敵わねえ」
ぼやきの中に感謝の気持ちを込めて。
そう呟いた。




