第三話 組紐
帰宅途中の露店の前で額を擦り合わせて罵り合う男女と遭遇した。どちらもいい年をした大人なはずだが、人の目も気にせず「お前が悪いんだろうが!」「あんたのその態度ホントむかつくっ!」と喚き散らす。女が男の胸倉を掴み、男は上から睨みつける様子は見ていて心地いいものでは無く、道行く人々も遠巻きにしながら顔を顰めて通り過ぎて行く。
「ちょっと、便利屋さん。なんとかしておくれよ」
銀細工のアクセサリーを並べて売っている女がこれでは商売あがったりだと文句を言って、レットソムに仲介に入ってくれと頼んでくる。
「それは……依頼か?」
「冗談じゃないよ。今日の売り上げなんかとてもじゃないが期待できない。そんなあたしに金払えってんなら首括るしかないよ!それとも……他の方法を期待してんじゃないだろうね?」
女が婀娜っぽい目で流し目をしてくるので「それこそ冗談じゃねえや」と首を振る。この年になって女と男の面倒な繋がりなど御免こうむりたい。その日だけのつもりが、なんらかの事情で長く続くことも、新たな問題を生む可能性も否定できないのだから。
そんな疲れることはしたくない。
「くくっ……相変わらず枯れた男だね、あんた」
「放っとけやー……。それで誰に迷惑もかけちゃいねぇんだしよ」
「それもそうだけどさ。とにかくみっともないからなんとかしとくれ」
「……まったく、ここらの管轄はサルビア騎士団だろうが」
ここだけでなく王都の全てが管轄なのだが、サルビア騎士団は歓楽街だけは警備見回りを手薄にして厄介事万請負所の仕事を奪わないようにしてくれている。
「厄介事は万、あんたのとこに流れて行くようになってんのさ。諦めなよ」
「あー……今日は働き過ぎだっ。全く――はいはい、ちょっとすみませんね」
大股でいがみ合っている二人に近づくと両方の肩を掴んで左右に引き離す。同時に割って入って来た第三者に向けてギロリと鋭い目で睨んでくる辺りは息があっている。
妙な所に感心しながら眉を寄せて大きなため息を吐き「諍いの原因を尋ねてもいいかねぇ?」と聞けば「こいつが」「あいつが」と指差してこれまた声を重ねて一斉に話し始めるので、ここでは迷惑だからと事務所へと連れて行くことにした。
同席して話を聞くことが不可能であると考え、女を奥の応接室に待たせ男を事務所の机の椅子を勧めて座らせる。戻っていたカメリアが男とレットソムに茶を出した後、女のいる応接室へと入って行く。
態度はいつも通りだが視線を合わせない所をみるとまだ根に持っているらしい。
「で?公道で言い争う原因は一体なんだったのか教えて貰えますかねぇ?」
「あの女、アザレアが俺の仕事を馬鹿にするんだ」
だから腹が立ち女――アザレアの商売を侮辱するという流れで喧嘩が始まったらしい。それも今日が初めてでは無く、驚くことにここ一年も続いているというのだから呆れてしまう。
男はログと名乗り自分はある騎士の従者として働いているのだと主張した。そう言われ改めて男の身なりを眺めるが、従者が身につけるような仕立ての良い服でもなく、普通は騎士の従者が往来で恥ずかしげもなく婦女子と口喧嘩などするわけも無い。
そこら辺に居るような男が騎士の従者として働いているとは誰も思わないだろう。
「俺が雇われてるのは王都の騎士じゃないからな。仕方ないんだ。使いでディアモンドまでちょくちょく帰って来ることが多いから、アザレアから本当に騎士の従者をしているのかって疑われて」
「……口論になった、と」
「そうだ」
初対面のレットソムと話すのに丁寧語も使えないようでは、騎士の従者だという言い分は信じ難い。もし本当だとするならば下級貴族に雇われている騎士の従者ぐらいだろう。
従者と言うより下男だな。
「俺が昔素行の悪い奴とばっかりつるんでたから、アザレアはどうせ碌なことしてないんだろうって言いやがるから」
舌打ちする仕草も堂に入っていて歓楽街に出入りするチンピラと言われた方がしっくりくるのは否めない。
「あー……そんなに仲が悪いなら、顔合わせない様にとか出来るんじゃないんですかねぇ?」
「なんで俺があいつを避けなきゃならないんだ!」
「なんでと言われても……」
息巻くログに気圧されたというより面倒臭くなって、顔を背けて不精髭の覆っている顎をざらりと撫でた。
金にもならない諍いの仲介など誰が好きでやるものか。
「それではわざわざ彼女に会いに行っていると思われても仕方が無いですが……」
「なっ、なんでそうなる!?」
「失礼ですが、お二人は近所で?」
「違う。ただ同じ歳で学校も一緒だったから、幼馴染というか腐れ縁と言うか」
段々と言い訳めいたような口調になっていくログにレットソムはやれやれと椅子の背もたれに体重を預けて天井を見上げた。
人の恋路に関わることが一番面倒臭いのだが。
「さっさと素直になってしまえばいいものを……」
「あんた、なにをっ」
「彼女の気を惹こうと騎士の従者の職を求めたんじゃないんですか……?素行の悪い相手と手を切ってまっとうな生き方をしようと思ったのも彼女に認めてもらいたかったから……違いますか?」
だから馬鹿にされ腹が立ち、売り言葉に買い言葉で女の商売にもケチをつけた。素直になれないまま一年も口喧嘩は続き、弁明も謝罪もできぬまま今に至るのだろう。
「例え貧乏貴族の雇われ騎士の従者でも立派な仕事ではあるわけで……」
「は?何言ってんだ?俺の仕える騎士はちゃんとした国の騎士で、デシ砦にいる隊長殿だぞ!侮辱するってんなら、相手になってやる!」
「………………デシ砦?」
最近聞いたばかりの場所にレットソムはぼんやりとした思考を向けた。
成程、そういうことか。
「あんた従者って言うか遣いっ走りじゃねぇかよー……。サルビア騎士団のリステル殿に手紙を持ってきたんだろ?」
「何故それを!」
心底驚いた顔で仰け反るログに苦笑してのそりと立ち上がる。手招いて奥のドアへと向かいながら「ちゃんとしたとこで働いてるって証言してやるから、仲直りしろよ」と促せばログは一瞬狼狽えた顔をしたが直ぐに表情を引き締めてしっかりと頷いた。
ドアを開けて中へ入るとカメリアがアザレアの手元を興味深そうに見つめている所だった。覗き込めばアザレアの手の中には色鮮やかな組み紐が握られており、黄色と青色の二色を組み合わせて小さな袋を作成している。
「へえ……器用なもんだ」
「ありがとうございます。最近評判になってて、買ってくれるお客さんも増えたんですよ」
アザレアは顔を上げて誇らしげに笑うと作業を止める。そしてちょっと表情を曇らせて「すみませんでした。くだらないことに巻き込んでしまって」と謝罪した。
「くだらないってなんだよっ」
一年も続いた口論をくだらないことと断じられてログが頬を紅潮させて怒りを表す。その様子に目を伏せて肩を落とし軽く首を左右に振るアザレアには諦めと疲れが見えた。
「きっと平行線だわ。あんたとはいくら話そうとしてもいつも口喧嘩に発展する。私が露店を借りて組み紐で作った小物を売ってるのは将来自分の店を持ちたいからなのに。たまに戻ったと思ったら冷やかしに来て、喧嘩を売ってくる。あんな剣幕で口論している姿を見られたら折角ついたお客さんも離れて行っちゃうんだから」
「そんなつもりは」
「ないのかもしれないけど、実際はそうなってるの。だからもう、放っておいて」
広げていた組み紐を手早く籠にしまいさっと立ち上がると、カメリアによかったら露店に見に来てくださいねと挨拶をしてレットソムの横を抜けてドアへと向かう。
「待てよ!」
「ちょっと、放して。なにすんの!」
ログが焦って声を荒げてアザレアの手を掴む。乱暴に引っ張ったせいで籠が傾き、その中の商品と材料である組み紐が床に落ちて散らばる。
苛立ちと悲鳴が合わさってアザレアは幼馴染を責めるが、自分の行動が招いたことに驚き動揺しているのはログの方だった。
カメリアがさっと駆け寄り落ちている物を丁寧に拾い上げいく。レットソムも手を伸ばして組み紐を編み込んで作られた小さな入れ物を取りしげしげと眺めた。
色合いも斬新で編み込んでいる模様も手が込んでいる。均等の力で編まれた網目は狂いが無く、丈夫で使っている間に柔らかく馴染んで行くようになるのだろう。
「……こんなに気の長いもんを作るあんたが、この短慮な男の話に耳を傾けられないわけが無いと思うんだがなぁ。感情的なのはお互い様だが、少し引いてこいつの話聞いてやってくれんか?」
「私が、引くんですか?」
固い声にレットソムは額を押えて頷く。
「男って生き物は見栄を張りたいんだ。簡単に折れる訳にゃいかねぇって思い込んでんだよ。特に若い奴は。そこは女の方が柔軟で懐深いんだ、頼むわー……」
「………………聞くだけ聞いて、平行線ならこれっきりよ」
アザレアがログの手から自分の腕を取り返して渋々といった様に了承した。男の方は必死な顔で何度も頷いて「それでいいから」と訴える。
籠に商品を戻すとカメリアも拾った物をそっと入れた。
「そいつの……ログの仕えてる騎士はデシ砦の隊長殿であることは間違いない。そのことは保障するから。じっくり言い訳を聞いてやってくれ」
「ほんとだったの?」
「だから最初から言ってんだろっ」
照れ臭さの所為か口調が荒くなっている。また喧嘩を始められては困るのでログの背中を押して事務所内に戻り、更に入口までぐいぐいと押しやり外へと放り出した。
「喧嘩は余所でやっとくれや」
「しない!もう、喧嘩は」
ログの決意に満ちた瞳にレットソムは苦笑いする。
「頑張れ、若僧」
「ところで、おっさん。あの美人とはどんな関係なんだよ?」
声を潜めてログがにやにやと笑いながら事務所にいるカメリアの方をちらりと見るので脱力しながら「…………ただの事務員だ」と答えた。
「え!勿体無いだろ。滅多にいない上物だぞ?手だしてないのか?」
「ちょっと!下世話な話は止めて!それとも私への言い訳はもういいわけ?」
「いや。いいわけないだろ!」
「じゃあ、ほら。さっさと行く!」
腕を掴んでアザレアが引っ張りながら歩きだし、ログは戸惑いながらもどこか嬉しそうな表情でついて行く。
途中でこちらに会釈した女が男にもそれを強要してから去って行く姿は中々仲睦ましく見えた。
「…………疲れるわ」
久しぶりに日中から忙しく動き回って少し疲れたレットソムは「一眠りしてくる」と言い置いて応接室のドアを潜る。その背中にカメリアが「ごゆっくり」と優しい声をかけてくれたので、漸く機嫌が直ったことにほっとしながらドアを閉めた。