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第二十七話 報告


 襲撃を命令したのが誰かはレットソムが調べるまでも無くライカの弟によって知らされた。どこのどいつか調べてくれと頼みはしたが、半日もせずに情報を持ってきた驚くべき行動力に頼もしさと恐ろしさを同時に抱く。

 ヘレーネは暫く外出を控えるように注意されたと聞いたが、じっと大人しくしておくような人物では無い。目の離せないヘレーネの傍からライカは動けずに、残された時間の少ない中で作業はまた困難になっていくだろう。


 今はその事に頭も時間も割けない。


「さて、どうするか—―」


 闇に沈む事務所の中で灯りも点けずに考え込んでいると、不意に空気が鳴動し耳鳴りが始まる。空間が歪められ距離の縮まる魔法特有の圧迫感と嫌悪感が狭い部屋いっぱいに広がり満ちて行く。

 道の通じていない場所へ無理矢理捻じ込んで移動してこようとする乱暴な魔法に部屋が壊れそうな勢いでミシミシと音を立てている。


「おいおい……」


 腰を浮かせて冷や汗を掻く。

 こんな無茶をするような人物はグラウィンド公爵しか知らないが、発動させているのがコーネリアならもっと手際よく最小限の時間で移動陣を発動させられる。

 まだ魔法陣がどこにも発現できていない様子から、使い手の未熟さが見えた。


「誰だ――?」


 レットソムの誰何の声に応えるように、一条の金色の光が暗闇の中に射す。それはぐるりと円を描き、ゆっくりと移動陣の形を成していく。もどかしいほどに緩慢な動きで光は陣を描ききると勢いよく回転して紫の光を発した。

 風が舞い上がり、せっかく片付けた書類の束が飛ばされて床に散らばる。

 目を細めて移動陣を使った相手が誰なのかを見極めようとしていると、歪んだ空間から四つの影が飛び出してきた。ひとつ目は上手くカメリアの机の前に着地し、二つ目はその前の人物にぶつかってよろけ、三つ目はよろけた相手に驚いて転倒し、最後の四つ目は魔方陣を回収してほっと息を吐いた。


「お前ら」

「おわっ。暗いから誰もいないのかと思ってたっ!」


 声をかけると転倒した男が跳ね起きて身構える。そのひょろひょろと細長い手足を縮こまらせてビクビクしている姿のどこにも怪我がないことに安堵して「よお、ルーク」と声をかけてやった。


「便利屋の……?無事にディアモンドについたのか?」

「無事にとは失礼だね」

「だって、自分でちゃんと繋がるか解らないって言っただろ?」


 懐疑的なルークの言葉に答えたのはフィル。未熟ながら学生の身分で空間を移動する魔法を成功させたことは称賛に値する。彼等は魔法都市トラカンに居たはずで、その距離は王都ディアモンドから馬で四日かかるのだから。


「所長、ただ今戻りました」


 紅蓮が手を上げ朗らかな笑顔で帰宅を告げる。そして背後にいる人物の肩を軽く押して前に出し「彼女はハスタータのティナだ」と紹介した。

 ティナは丸顔の可愛らしい女性だった。目尻だけがすっと上がっていて色気があるが、それ以外は何処となく幼さの感じられる顔立ちでその微妙なアンバランスさが魅力的に見える。汚れた衣服と身体を気にするような仕草をしながらも小さく頭を下げて「ティナと申します」と名乗った。


「他にも捕まってる奴沢山いたんだけど、若い女の人の方が色々問題ありそうだから彼女を選んだ」


 全員を救い出すことはできないので、その中で誰を助けるかはその場の状況で判断するのが正しい。紅蓮が言うようにこの場合は若い女性の方を優先するのは当然だ。


「子供も何人かいたから一緒に連れて来られたらよかったんだけどな……流石に見つかって断念した」

「子供の証言は重く扱われない可能性が高い。その場になって泣いてなにも答えられないってことも有り得るからな。もう暫く我慢してもらうしかないだろう」


 フィルが魔法の灯りを灯してくれたので部屋の中が明るくなる。そうするとティナが恥ずかしそうに赤くなり身を縮め、近くにいる背の高い紅蓮の背中の影に隠れた。

 改めてよく見ると寒いのに袖の無い、薄い綿のすとんとしたチュニックを着ていた。元は生成りだったのだろうが薄汚れて灰色になっている。剥き出しの腕と膝から下が気の毒なほどだ。

 風呂になど入れてくれるような思いやりも無い場所だったのだろう。ティナの黒髪は脂と汚れでべっとりとしていて、若い女性が男の前にそんな姿を晒していることはとてつもない屈辱に違いない。


「……疲れてるだろうから奥の風呂にでもゆっくり浸かってくれ。着替えもその間に準備するからよぉ」

「でも」


 一応遠慮したのか、それとも男ばかりの空間に萎縮しているのか。

 ティナは逡巡しているようだ。


「生憎男所帯でなぁ……。ルーク、お前姉ちゃんを呼んできてやったらどうだ?」

「あ!そうか、そうだな。そうする。ティナ、大丈夫だ。この人も信用できる人だから」

「本当に……信用していいの?」

「すぐ姉ちゃんも連れてくるから」


 行ってくると飛び出して行く背中に「気をつけろよ」と声をかけるが聞こえていたかどうかは解らない。


「紅蓮連れて行って、使い方教えてやれ」

「了解。こっちだ」


 紅蓮がさっさと動き出すので隠れていることができず、慌てて後をついて行く。扉の閉まる音を聞いてから更に靴音が遠ざかったのを確認してフィルが近づいて来ると懐から数十枚の紙の束を取り出した。


「急いでいたので使える物ばかりではないと思います」


 受け取って目を通すとハスタータと彼らが使う失われた魔法に関する内容の記述が書き連ねられていた。中には正式な書類では無く、走り書きが幾つも並んだ物もある。だがこれでは何処の誰が、誰に向けて作った書類なのかまでは解らない。


「どこで手に入れた?」

「アナナス魔法研究所です。ティナさんもそこにいました」

「魔法研究所は公爵の名義で運営されている。知らんかったでは済まされんがー……ティナが公爵と面識があり、なんらかの会話を交わしていれば」

「どうですかね……。可能性は低いかもしれません。あと魔法学校の魔法使いが頻繁にアナナス魔法研究所に出入りをしていました。トラカンの魔法使い総出で研究をしているんだと思います」

「そうなると、またまどわしの森に行ってハスタータを捕えようとするかもしれんが……。ティナが逃げたのを知ってるからな。迂闊に動きはせんだろう」

「これでも足りないですか……」

「情報としてはいいが、決定的な証拠としては足りん」


 浮かない顔をしているフィルの肩をポンと叩いて労う。「もうひとつ心配な情報が」と少年が灰紫色の瞳を上げる。


「トラカンの魔法道具商の息子パド・トオドが行方不明になっています」

「パド・トオドって、アルベルティーヌの」

「はい。一週間前ぐらいに学校帰り突然いなくなったと」

「成程ね……」


 ロビウム伯爵がアルベルティーヌを見舞う子供たちについて探っているとセシルが警告していたが、時間をかけて王子探しをするよりてっとり早くひとりずつ可能性を消していこうとしているのだろう。

 攫って王子かどうかを確認しているのか、それとも他の三人の中に王子がいるのかと詰問されているのか。

 例え拷問されたとしても彼は答えられない。自分が王子なのかどうかも、他の三人の中に王子がいるのかさえも。

 彼らは本当に何も知らされていないのだから。


「無事でしょうか?」

「解らん。だが他の子供も心配だなー……。一応気を付けるように忠告はしておくべきだろうな」


 顎を撫でてレットソムは苦笑いする。

 薄い肩を震わせて寄る辺の無い子供のような姿に憐れな気持ちになった。


「焦ってんのはお互い様だ。形振り構ってられないのもなぁー……」

「闇雲に動いても手に入る物は少なくて、一体なにが必要でどうしたらいいのか解らなくなります。実際苦労して手に入れた今回の情報でも決め手に欠けるというのなら、これからどう動けばいいのか……」


 フィルの困惑はもっともだ。


 数多ある情報の中でなにが本当に役立つのかなど解らない。取るに足らないと思っていた情報が時には起死回生の一手となる時もあるのだ。

 だからこそ世に流れている噂や会話に耳を向け、常に新しい情報を手に入れておかなくてはならない。

 つい最近厄介事万請負所に入ったばかりのフィルがそれを理解はしても、身につけられるわけが無いのだ。

 にやりと笑い「心配ねぇよ」と呟くとフィルはきょとんと眼を丸くする。


「大丈夫だ。丁度いいタイミングでお前らが帰って来たからな。ここからは打って出る」

「え?」

「詳しい話しは後だ。隣の家からティナの為に服を借りて来てくれ」

「あ、はい」


 フィルは慌てて出て行く。それと入れ替わりに紅蓮が部屋に戻ってきた。身を屈めて飛び散った書類を拾いながら「早めに助け出してやりたい」とぽつりと呟く。紅蓮は未だ囚われたままのハスタータの身を案じている。

 下手をするとティナが逃げたことで、残りのハスタータが口封じの為に殺されているかもしれない。

 もしくは研究を焦って無理なことを強いているかもしれない。

 そう思うと苦しいのだろう。


「直ぐにとは無理だろうが、できるだけ努力はする。紅蓮」

「はい」


 呼びかけると顔を上げて熱く青い瞳を向けてくる。レットソムの言葉を待つその表情はどこか楽しげに浮き浮きとして見えた。

 戦闘民族出身の紅蓮には厄介事万請負所の仕事は心の湧きたつ物ばかりだろう。頭を使う仕事には向いていないが、人を思いやる心は強い。困っている人に寄り添い、力を貸すことを厭わない紅蓮にはこの仕事は天職とも言えた。


「ここからはお前の力が必要になる。協力してくれるか?」

「勿論万事請け負う」

「お前は本当に頼りになるなぁ」


 底抜けに明るい笑顔の紅蓮にレットソムは苦笑する。


「オレができるのは暴れることぐらいだろ。所長」

「お前は暴れるだけが能の単細胞じゃないから頼りになるんだよ」

「で?どこと喧嘩するんだ?」


 キラキラと目を輝かせて尋ねて来る紅蓮を待たせるのも可哀相だ。別に勿体つける必要も無いので「公爵だが、まずはロビウム伯爵だ」と教えた。


「いいね」


 拳を握って興奮した声を押える紅蓮の顔は今すぐにでも戦いたいと雄弁に語っている。相手にとって不足は無しと意気込み、気が逸っている紅蓮を留めるのは難しいだろう。

 しかもその理由を聞けば直ぐにでも飛び出して行きそうだ。


「借りてきました」


 フィルが帰ってきてその着替えを風呂場まで持って行く。声をかけてから戻ってきた少年の腕を掴んで、もう一方で紅蓮の腕を掴んで引き寄せる。


「落ち着いて聞けよ。特に紅蓮」


 声を潜めて注意すると神妙に頷いたので安心して続けた。


「今日の昼間、カメリアがひとりの時にヘレーネが訪ねてきた。そこを襲撃されカメリアが怪我をした」

「カメリアさんが!」

「大丈夫なんですか?」


 心配気なフィルと怒りに震える紅蓮の視線を受け止めて「まだ意識が戻っていない。大丈夫だと信じるしかない」と重い口で告げる。


「完全に油断していた俺の責任だ」

「……それを命じたのが公爵、実行したのがロビウム伯爵か。成程。暴れ甲斐のある」


 唇を持ち上げて笑うと紅蓮は指を鳴らし、うずうずとし始めた。逆にフィルは打って出ると言ったレットソムの言葉を思いだし不安そうな顔をしている。


 残念だがフィルにも戦いに参加してもらわねばならない。


 掴んでいる手に力を籠めるとフィルは眉を寄せて痛がる素振りを見せたが、逃げられないという圧力を受け入れて「方法を聞いても?」と質問してきた。


「数で勝負は出来んからな。卑怯な手を使って報復するさ」

「所長、いつ動くんだ?」

「今夜。時計塔の鐘が十二を報せた時」

「いいね」


 声を弾ませて紅蓮は破顔し、親指を立てた。


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