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第二十話 隠された王子


 小柄なパフィオと逞しい腕と肩をしたロメリアが二人連れだって事務所を訪れたのは婚約の報告と仕事の依頼をするためだった。幸せそうに微笑むパン職人は図らずも間を取り持つことになったレットソムに改めて礼を言って頭を下げる。


「私きっと便利屋さんが教えてくれなかったら、ロメリアのことずっと誤解したままだったと思います。本当にありがとうございました」


 二つの三つ編みを揺らして顔を上げて両手を合わせたパフィオは紙袋にパンを沢山詰めて渡してくれた。


「いやー……何もしてないんだけど、悪いなぁ」

「そんなことありません。この人の友達から聞いたら、本当に筋金入りの女嫌いだったみたいで……こうして婚約できるなんてまるで奇跡ですよ」


 確かにロメリアの店に話しを聞きに行った時にちらりと聞いただけでも、女性に振り回されて苦労してきたのだと解る程だったからそりゃ女嫌いにもなるだろう。

 パン作りに一生懸命打ち込んできたロメリアは、隣店のパフィオが作る丁寧で味わい深いパンに感心し、そしてその職人である彼女に恋をした。ロメリアの外見に飛びつかなかったことも良い方に転がったのだろう。


「なんにせよ、幸せそうで良かったなぁ」

「そこで、店を譲ろうかと思って」


 ロメリアがぼそりと呟き、その隣でパフィオが頷く。


「店を譲る?」

「はい。結婚するので店は二つもいらないんです。私は別に“小麦の恵み”を手放してもいいって言ったんですが、ロメリアが大切なお祖父ちゃんの店なんだからって」

「オレの店の方が器具もオーブンも新しい。その方が次の買い手もつきやすいからな」

「でも、借金して店構えたんだろうがぁ」


 店舗を借り必要な器具を揃えただけでもかなりの借金をしたと言っていた。その店を手放し次の借り手に譲ったとしても全ての金額を取り戻すことは出来ない。


「いいんです。借金があった方が張り合い出るし、二人で一生懸命返していけばいつかは無くなるんだし」


 今度はパフィオの隣でロメリアが頷く。

 勤勉で真面目な職人は前向きな言葉を吐くが、どこか不安な物を抱えているような顔をしていた。


「で、次の借り手を探して欲しいって依頼か?」

「……はい。できればパン以外を取り扱う職種の方が助かります」

「確かに商売敵は少ない方が良いもんなぁ」


 ロメリアの店ともう一軒のパン屋との間にパフィオの営む“小麦の恵み”があった。ロメリアが無くなったとしても、右隣りのパン屋との競争が待っている。


「私達は自分達が生活して行く為にパンを作っているけど、そのパンはお客様が生きる糧となるんです。パン職人がパンを作れなくなったらディアモンドは飢える……それだけ高く強い志を持って作っているんです」


 小さな指を胸の前でぎゅっと握ってパフィオは王城のある方を見た。オレンジ色の瞳が希望に縋るように瞬いてレットソムへと戻ってくる。


「王が変われば国も変わります。永遠に安穏とした日々が送れるとは思っていません。それでも――夢と希望を持つのは悪いことでしょうか?」

「すみません。パフは先日のカールレッド王子の祝典が書状読み上げのみで、元気な御姿を見られずに不安になっているんです」

「不安にならない方がどうかしてるわ」


 平然としているロメリアの美しい目元を睨み上げてパフィオは悔しそうに顔を歪める。意思の強さを表す眉をぎゅっと寄せて深い皺を作る。

 その唇から「第二王妃の王子がいて下されば」と切ない音を伴って零れた。


「噂の王子様か……」


 現ローム王には子供が二人。隣国に嫁いだロッテローザ王女と病床につくカールレッド王子。

 だが国民の希望と期待を込めて交わされる噂話の中に隠された王子のことが最近頻繁に上っている。ローム王には正王妃の他にもうひとり第二王妃がいた。それは今から十九年前の出来事。

 遠い海の向こうから嫁いできた第二王妃アルベルティーヌは、七年経ってもローム王の子を宿すことができなかった事から四大公爵と元老院の決定で離縁された。王の計らいで王都から二日離れた場所にあるフォーサイシアへと移り住み、後宮を出された後で懐妊が解り、そこでローム王の男児を産んだという。


 それが隠されし王子の噂。


 プリムローズ公爵が王となるぐらいならば、離縁された第二王妃の子供である隠された王子の方がどんなにいいか。


 国民全てが抱く想い。


 それの噂が真実かどうか解らないが、フィライト国民は好戦的で乱暴な王を望んではいないのだ。


「確かに戦になりゃ国は乱れるな」


 パンを作りたくても小麦が手に入らなくなったり、高騰したりするだろう。そうすれば国民は飢え、疲弊していく。若者が武器を持たされ戦地へと連れ出され、残された者は貧困と飢餓に襲われる。

 良好な隣国との関係を悪化させ無理に領土を拡大した所で国民になんの旨味があるのか。


「でもその噂の王子がローム王と同じく国を正しく導いて行けるかどうかは解らないだろう?」


 盲目的に信じているパフィオとは逆にロメリアは懐疑的だ。

 王族としての知識も王宮で育ってもいない隠された王子が、どうしていい王になれると言い切れるのか。

 その王子は今どこで何をしているのかと、彼を探し求めているのは国民だけではない。


「大丈夫よ。きっと、公爵よりはマシなはず」

「この世は何が起こるか解らない。オレだって女性を好きになれる日が来るとは思っていなかったが、実際今はこうしてパフと婚約をしている。大丈夫だと安易に信じていては裏切られて辛い思いをする」


 そっとパフィオの肩を抱いて言い聞かせるようにロメリアは言葉を連ねる。彼が危惧しているのはプリムローズ公爵が王位を継ぐことよりも、過度な期待を抱いてパフィオが傷つくかもしれないということだけだ。


「どんな未来も、現実も二人でなら乗り越えて行ける……。だから」


 オレを信じて欲しい。


「……ただの嫉妬かよ」


 顔も名前も知らない噂の王子を慕うパフィオの気持ちを自分へと向かせたいだけの抗議だったようだ。

 依頼書を引っ張り出して依頼人の名前と内容を書き込み、依頼達成時の報酬の話をした後で二人は仲良く帰って行った。


「どいつもこいつも」


 ため息を吐いた所でカメリアが集金から帰ってきた。途中でパフィオとロメリアと会ったらしく「幸せそうでよかったですね」と柔らかく微笑む。何が一体良かったのかと口が滑りそうになり慌てて閉じる。

 何気ない一言がカメリアの機嫌を損ねることを最近学んでいるので余計な事は口にしないようにしていた。


「折角紅蓮が帰って来たばっかりだったのに、また仕事で遠くに行かせて……。良かったんですか?」


 銅貨の入った革袋を差し出しながら問うてくるので、レットソムは頭を掻きながら「しょうがねぇだろう。仕事なんだからよ」と答えた。


 昨日から紅蓮とフィルを魔法都市トラカンへと派遣している。レヴィーが囚われているハスタータを探し出すのなら顔見知りがいた方がいいだろうとルークも一緒に連れて行けと言ってくれたので有難く同行してもらった。

 何かしらの情報と証拠を手に入れてくれると信じて送り出したが、危険な依頼でもあるので十分気をつけろと言い含めてはいるが心配ではある。


「またノアールだけになってしまいましたね」


 言外にまた怪我するようなことがあったら許しませんよと言われているようで背筋がぞっとした。


「腕の立つ奴とトラカンの地理に詳しい奴が必要だったんだよー……」


 フィルは魔法都市トラカンの魔法学校で小等部から中等部までの十年間を過ごしている。その点で問題なく依頼遂行の為の力となるだろう。


 信じて待つしかない。


「さっき、もらったパン。食うか?」

「いただきます」


 それではお茶を淹れてきますねと応接室へとカメリアが入って行った後で、事務所の扉が開いた。


「こんにちは」


 お仕着せの侍女の服とポンチョ型のコートを着たケイトがにこにこと挨拶をした。手を擦り合わせて寒そうにしながらレットソムの近くまでやって来る。最近では朝晩めっきり冷え込み、布団から出て起き上がるのも気合がいるようになってきた。昼間でもじっとしていると手足が冷たく感じるほどなので、ケイトの仕草に秋が終わろうとしているのだと季節を実感する。


「頼まれていた招待状をお持ちしました」

「おう。早かったなぁ。流石グロッサム伯爵は行動が早い」

「大旦那様が旦那様を嗾けて急がせたんです」


 ケイトが持ってきた招待状は三日後にグロッサム家で行われる夜会の物だ。普通招待状は招待される側の準備と時間調整の為に最低でも二週間前には届けられるが、今回は悠長にその段取りを踏んでいる場合では無かった。

 突然の夜会に足を運んでくれる者は少ないだろうが、目当ての令嬢と騎士が来てくれれば来客が多かろうが少なかろうが問題はない。

 丁度いい規模と面子のパーティーが無かったので、グロッサム伯爵の大旦那オドントに協力してもらい貴族会を中心に評議会の人々と名のある騎士を呼んだ夜会を開催してもらったのだ。

 ブルースター侯爵の令嬢のフローラとプリムローズ公爵の四男坊との結婚に反対だったカーウィグ子爵夫人が全面的に協力しますと約束してくれてこの無理な夜会が実現した。


 策という策は無いが、とにかく出会わせることが最優先。

 自然に恋に落ちるということはまず無理なので、そこが一番頭の痛い所である。


「あの難儀な御方がその気になってくれりゃいいが」

「あら?不可能を可能にする男が何言ってんですか」


 あははと飾らない笑い声を上げてケイトはレットソムの肩を親しげに叩く。頑張ってくださいねと言われれば「ああ……」と頷くしかない。


「だがな。今まで不可能を可能にしたことなんて一度も無いんだぜぇ?」

「王都の噂ではかなりの武勇伝が流れてますけどね。それも全部嘘なんですか?」

「武勇伝……?なんだ?それは」

「聞きたいですか?」


 含みのある顔で覗き込んでくるケイトの視線から目を反らして顎を撫でると身を震わせて拒否した。


 どうせ碌な内容ではないはずだ。

 それならば知らない方がマシだった。


「とにかく全部とは言えんが、殆どは眉唾もんだからな!信用するなよ」


 皆噂が真実ばかりを伝えているとは思ってはいない。それでも面白がったり、それに縋りたい思いと、願いと、希望で夢を抱く。


 パフィオやケイトのように。


 女性は比較的現実的な感性で物事を判断するが、男より噂話が好きなのは女の方だ。そして信じたいと強く思い、時には惑わされて失敗する彼女たち。


 賢いのか、愚かなのか。


 解らないが現実的なくせに感情的な女という生き物は、男には理解できない相手なのにひどく可愛く見えるのだから不思議な物である。

 肉体的な強靭さは持っていないが、精神的な強さと同時に脆さも持ち合わせるあやふやさに男は惹かれ守らねばならないと意欲を燃やす。


「女の魅力ってのは何なんだろうなぁ……」


 アルフォンスがフローラに好意を抱いてくれれば簡単なのだが、肝心の近衛騎士団長の女性の好みが解らない。


「愛嬌です」

「は?」

「器量では敵わないので、愛嬌で勝負するしかないんです」

「それは何の話だぁ?」


 思わず洩れた疑問にケイトが即座に答えたが、問い返したレットソムに何故か宣言してグロッサム家の侍女は微笑む。

 まるで誰かと勝負をしているかのような言い方に首を傾げるが、ケイトは「それでは三日後にお待ちしております」と愛嬌の良い表情で辞儀をしてさっさと帰って行った。


「……最近の若い奴のことは解らんなぁ」

「所長はやはり女心が解ってないんです」


 ため息交じりの声が応接室側のドアから聞こえて、茶の準備をしたカメリアが戻ってくる。机に乗せられた茶器は温くなっていたので、ケイトが帰るまで優秀な事務員は応接室で待っていたらしい。


「解らん……解らんが、だからこそ」

「もっともっと努力してください」


 お願いですからと何故か懇願されて、レットソムは苦い顔のまま茶器を掴むとぐっと飲み干した。


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