妖精の泉
通常モードに戻ったアウラさんに案内され、十五分ほど新緑が生い茂る森の中をてくてくと歩いて行く。すると三階建のビルほどの高さの崖が見えてくる。さらに近づくにつれ、あんなに青々としていた木々や草花の元気がなくなり徐々に萎れていっているのが見て取れた。
そして崖の下まで着くとその崖の岩場にくっつく様に大小様々な岩に囲まれた泉らしきものがあった。その周りには小さな艶のない黄色い実った木々が泉を囲むように20本ほど生えており、そして崖の岩場に接するように巨大な岩が収まっておりその岩石が原因か泉だったものは枯れておりほんの少しその岩石の間から澄んだ水が浸み出していた。
「……落石か」
「はい。五年ほど前に少し大きな地震があったのですが、どうやらその時の揺れで崖の上にあった岩が剝がれ落ちてしまったようなのです」
「ああ……確かにアタシが十年位前にこっそりパク、げふん、遊びにきた時にはこんな岩はなかったな」
「しかし、もしこの岩が原因なら退かせばいいだけじゃないか? なんでやらないんだ? 魔法だって使えるんだろ?」
「それが……私たちにはそれが出来ないのです」
残念そうにアウラが言う。
「出来ない? なぜだ?」
「そりゃ、妖精には色々と掟があんのさ。 うちらは魔法が使えるがただ使ってんじゃなくて自然から力をもらって魔法を行使するんだ。 ここの植物たちはすでにだいぶ力を失っちまってるからな、あれを壊すほどの魔法をここで使うと周りが持たねえ。 それにむやみに自然の理に逆らうようなことはしちゃいけねえんだ。 だから使えねえのさ。 まぁ爺さんなら出来なくはねぇだろうが結界に力使っちまってるからな」
「そういうことか……じゃあどうやって退かすんだ。 必要なんだろ?」
「そこでおみゃーの出番よ、相棒。 お前があれを壊すんだよ。 それなら問題ないだろ?」
「いや……さすがに、あれを壊すのは無理だろ? 五メートルはあるぞあれ」
「そりゃ、普通にやってたら日が暮れちまう。 だったら魔法を使えばいいじゃない」
「だから……俺は魔法が使えないんだよ」
「たく……なんのためにさっき契約したんだよ。 アタシを使ってお前が壊すんだよ」
「いや……それって俺の魔力でお前が壊すんじゃ……」
「こまけぇこたぁいいんだよ! それにお前の魔力を使うんだからお前が壊したことになんの!」
「……んな屁理屈な」
「まぁいいから試運転も兼ねてやるぞ。 さっさと魔力よこせよい」
「っていったってどうやればいいんだ?」
「その胸の烙印から一本の道があたしと繋がってると意識するんだ。 それでその道を通してお前の魔力を送ればあとはアタシがやってやっから。魔力操作は出来るんだろ? はようはよう」
「はようて……ちょっと待てよ」
そういうと俺は胸の中心からパティへと向かう一本の道を意識する。そして少しずつだかゆっくりとゆっくりと俺の魔力をパティに送っていく。大体十ぐらい送ったところでやめておく。
「くうー! 来た来た! 望のがアタシに流れ込んでくるよ! 熱い! 熱いよ!」
「変な言い方すんな!」
「ったくちょっと言っただけで、これだから童貞は」
「どどど、童貞ちゃうわ!」
「はいはい、たくたった十かよ。 まぁ最初はそん位でいいか。 まっ、多分いけるだろ」
そういうと何かを唱え始めると同時にパティの手から緑の光がもれ出した。そして詠唱が終わったかと思うと一度振り返った。
「よっしゃ。 初めての共同作業だ。 相棒」と言ってにかっと笑い前を向く。
「貫けや。 ロムルスの槍」
そう言った瞬間地面から二本の四メートルほどの大きな木の根が生えてくるとぐるぐると絡み合い槍のように鋭く尖るとビュッと一直線に大岩にぶつかりドゴンッと砂煙と小石をまき散らしながら大岩を木端微塵にした。
さすがお姉様です。しかしあんな適当な呪文でよくあんな威力を出せますね。……そんなところも素敵です。
「お、おお……」
するといきなり岩場から行きよい良く水が吹き出し辺り一面にきらきらとした雨を降らせる。
「ひゃっほー! 気持ちっいいー!」
きらきらとしたその水滴は周りの植物たちに生命力を与えみるみるうちに草花が元気を取り戻してゆく。そしてなにより周りに生えていた木々がぐんぐんと葉を伸ばし黄色く小さかった実は丸々と成長した黄金色のアプルの実に変わり木々を輝かせた。
「おお! これがあのゴールデンアップルか!」
「やたー! 黄金アップルだー! 食べ放題だー!」
「お姉様、あまり食べすぎてはいけませんよ」
そう言ってパティが口いっぱいにアプルの実を頬張りながらアプルの実を渡してきた。
「……いいのか? もらっても?」
「ふぁふぁりふぁえだ」 シャリシャリもぐもぐ
「じゃ遠慮なく」そういって手に取る。
「ちゃんとわかるんですね。何言っているか……ちょっと妬けます」
そしてその黄金色に輝くしかし嫌味な金ではなく大地の恵みをたっぷりと含んだような自然な輝きの実にかぶりついた。
「……ごくっ。 ……シャリッ」 ……っ!!
かぶりついた瞬間シャリッといった触感とともにみずみずしく甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり芳醇でそれでいてフレッシュな爽やかな香りが鼻を抜ける。一口、二口と次々と口に運びたくなる味だ。
そして、雨が上がった後の泉に、非常に透明感の高いスカイブルーの綺麗な水が満ちる頃には、みんな腹一杯ゴールデンアップルを食べ満足すると一息ついた。
「……いやぁ美味かった」
「ふう……どうだい? やってよかったろ?」
「ああ……なかば強制だったけどな。 なぁこれいくつか貰って帰ってもいいか?」
「そりゃ構わないけどなんでだい?」
「俺の泊まっている宿の女将さんがこれを使ったアップルパイを作るために欲しがっていたんで持って帰ってやりたいんだ」
「……!! それって私が食ったやつかい?」
「そうだな。 お前が全部食ったやつだな」
「えっ? なんですかそれ? お姉様、私聞いてませんけど! 全部食べちゃったんですか!」
「うるさい! もう食ったもんはない!」
「……はぁ。 作ってもらったら持ってくるよ」
「「ゼッタイだぞ・ですよ!」」
「わかった。 わかったから近い。 離れてくれ」
そういって二人を退かすと立ち上がる。
「よし、それじゃあ。 そろそろ戻るぞ」そういってアップルの実をいくつか貰いアイテムボックスの中にしまうと歩き出した。
「戻るかー」
「そうですね」
* * *
その後、結果を報告しにエンティアと呼ばれた大きな老樹のところまで俺たちは戻って来た。
「……ということで無事、泉は復活致しました。 エンティア様」
「そうかいそうかい。 それはよかった。 お礼を言わせてもらうよ。 有り難う、望よ」
「いえ、むしろ人間である俺が手出しをしてよかったのでしょうか?」
「ああ、気にせんでよい。 もともとはこちらが依頼したことだ。 それに理には逆らっておらんしの」
「それと、黄金アップルの実をいくつかいただいたのですがよろしかったですか?」
「ああ、当然じゃかまわんよ。 お主が治してくれたものじゃしな。 そうじゃ、これをやろう。 娘を助けてくれた件、それに今回の件のお礼じゃ」
そういって老樹は自身の枝を伸ばし俺に若枝を渡してきた。
「これは……?」
「それは『神樹の枝』という、わしの生命力が宿った枝じゃ。 少し前にとある魔法使いに『神樹の苗』というわしの生命力が込められた苗を世界各地に置いてもらうよう頼んだのじゃが、ついこの前その弟子だという女の魔法使いが小さな娘を連れてやって来ての、ついに終わったからとその鍵である『神樹の枝』を返しに来たんじゃ。そのまま渡そうと思っておったのじゃがな、せっかちなやつで渡し終えるとさっさと行ってしもうた」
「それでなぜこれを私に?」
「ああ、その『神樹の苗』はの、色々な町に設置してあるのじゃ『家』としてな」
「家……?」
「ああ、そいつを植えると好きなように改築出来る家になるのじゃ。 もし色々と旅をするならば、訪れた街でその鍵で開く家の扉を探とええ。 確か今お主がおる町にも合う扉があったはずじゃ。 まぁこんなもんしかやれんがよかったら使ってくれ」
「……それは助かります。 ありがたく使わせていただきます」
「気にせんでよい。 そいつが成長することでわしも各地の情報やエネルギーをもらう事が出来る。 それに家主が居った方が家の成長も早いじゃろうて」
「おっしゃ! それじゃあこれは私からだ」
それは小さな翡翠のような宝石が嵌った木で出来た指輪だった。
「なんだこれは?」
「婚約指輪!きゃ!」
大きく振りかぶり遠くに放り投げようとする。
「ああ! うそうそ! それは『契約の指輪』。 まぁ契約の証みたいなもんだ。 契約が不完全だったからな、それは補助みたいなもんだ。 着けといて損はないぜ」
「ふーん、まぁ便利だし。もらっておくか。 ありがとよ」 そういって指にはめるとぴったりとフィットした。
「まったく。のんちゃんったらツンデレ」
「……捨てるぞ。 あと外にいるときはホープと呼べよ」
「へへん。 もう認識したから外れないよ。 はいはい。 わかってるって」
「それじゃあ世話になりました」そういってエンティアに礼をする。
「ああ、こちらこそ。 色々世話になったの。 気をつけなされ」
「アウラさんもありがとうございました」
「いえ。 お姉様をよろしくお願いします」
「じゃ、アタシは森の入り口まで送っていくよ」
「ああ、任せたぞ、パティ。 またいつでも来なさい。人の子よ」
「それではありがとうございました。 それじゃあ失礼します。 またアップルパイ持って遊びに来ますね」
そういってパティと二人草原の方に向けて歩き出す。
「にしても何者なんだよ、お前の親父さんは」
パティと二人きりになるとパティに話しかけた。
「ただの死にかけの爺さんさ。 もう数万年は生きてんじゃねか。 まぁ老いたとはいえ七愚人だからな」
「なんだそれ?」
「あんなやつがあと六人はいるって話だよ」
「それは……すごいな」
「じゃあそろそろお別れかね」
そういうといつの間にか俺たちはいつの間にか草原の入り口まで来ていた。
「あとは真っ直ぐいきゃ一時間ほどで道に出る」
「ああ、世話になったな。じゃあまた遊びにくる」
「へっ、なにしけた顔してんだよ。 必要ねえよ! じゃあな」
「おう」
そういうと森の中に踏み出す。振り向くとやはりどこはもう深い森の中だった。
「……いくか」
そういって町へ向けて歩き出す。
* * *
一時間半ほどかけてまた町に帰ってくると門にライトの姿が見える。 俺の姿を見つけると駆け寄ってくる。
「おーい! ホープー! はぁはぁ。 おかえり!」
「ああ。 ただいま」
「どこいってたんだい?」
「ちょっと、友達に会いにな」
「え! また、ホープ友達増やしたの! でも一番の友達は僕だよ!」
「いや! あたいだよ!」
「なに張り合ってんだよ、おまえら」
「・・・? ホープ今なんかしゃべった?」
「だから。何張りやってんだよ……ってあれ?」
「よう! 相棒! 元気してっか?」
「……なんでいんだよ、おまえ」
「言っただろ? 必要ねえって」
「俺が呼び出さなきゃ。来れねえんじゃねえのかよ!」
「誰も来れねえとは言ってねえよ。 補助だって言ったろ? それがあれば勝手にこっちに出てこれんだよ」
「え! また聞こえた! え! え! なんかいるの!? 幽霊!? ねぇ! 幽霊!?」
「だれが幽霊じゃ! われこらかす!」
「ぎゃー! なんかいる!」
「お前、他のやつには見えないのか?」
「ああ、そうか。 見えないか。 少々おまちおー」
そういうといきなり出てきたパティはごそごそやっている、その間ライトはずっと両手を前に出しキョロキョロ見えない何かを探している。
「よーし! メタモルフォーゼ!」
「どこで覚えたんだよ。そんな言葉……俺か」
というと光とともに真っ白な三十センチの三つの尻尾持つ狸が現れた。
「ぎゃー!! いきなりヘンテコな狸が現れたー!」
「誰がヘンテコじゃこら! このチビワンコ!」
「ち、ちびってゆーな!」
ぎゃーぎゃーとうるさい二人を放っておいて一人てくてくと町に入る。
「はあ。 風呂に入って、ハンナさんの料理食べよう」
後ろからはぎゃあぎゃあとうるさいを聞きながらぐっと一度、背伸びをすると歩き出した。
森の泉……森いずみ。ボソッ