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神託の降臨  作者: REXEL
幼章
7/9

必修科目その1:国語

 俺の家庭教師なる人物が来る日の朝のこと。

 いつものようにメイドに起こされ、いつもよりも貴族の子供らしい華美な服を着せられて。周りの気配の変わり様につられてやってきた緊張を隠すことができず、おろおろと部屋を行ったり来たりしていた。

 粗相をすれば両親の顔に泥を塗ることになってしまう。

 服の襟は曲がっていないか、髪の毛はハネてはいないか。そういえば俺はこの世界に生まれてから一度も自分の容姿を見たことがなかったなと気付いて、慌ててメイドに頼んで鏡を持ってきてもらった。

 見やすいようにと胸の前で鏡を構えるメイドに礼を言ってからそれを覗き込んで、ああやっぱり寝癖のようなハネた髪束がある、と頭に手をやり……ぽかんと口を開けた。

 磨き上げられた鏡が映していたのは、俺が知っていたどこにでもいるような平凡な顔立ちをした黒髪黒目の男の子ではなく、子供特有のふわふわした金色の髪の毛を短めに切りそろえ、吊り上った目じりが特徴的な碧眼を真ん丸に見開いた、アンティーク雑誌のビスクドールのような可愛らしくも精悍な顔をした子供だった。

 ……誰だこの子供。






「今日からランベール様にお勉強をお教えさせていただきます、パトリック・ゼブランと申します。よろしくお願いいたします」

「ランベール・ル・レオナール・リュファス・ド・リシュリューです、パトリックせんせい。きょうからよろしくおねがいします」


 結局のところ、ハネた髪束は寝癖ではなく元からのものだった。

 始めて見た自分の顔に一度は絶句したものの、そりゃあ両親が違うんだから顔も変わるだろうと自分を納得させてからとうとう昼になり。

 自分の顔に驚いたことで程よく緊張が抜け、子供用の小さな木の椅子にゆったりと座って待っていた俺の前に現れたのは、濃い茶髪を首の後ろで括った、優しげな青い垂れ目を持つメガネをかけた男だった。

 服装はそれなりにきらびやかで、貴族だろうということはわかるものの、父の普段着にも及ばない。肩には大きな革のカバンをかけていて、もごもごと重そうに膨らんでいる。

 俺が椅子から立ち上がって握手を求めると、パトリック・ゼブランと名乗るその男は少し面食らったように目を見開き、次いで感心したようににこにこと笑ってそれに応じた。


「コルネーユ様から賢い方だと何度もお聞きいたしましたが、いやはや。普段の礼儀に関しては私が教えることは少ないかもしれませんねぇ」


 満面の笑みを浮かべたパトリックは、独特の間延びした口調でそのまま何度もうんうんと頷き、俺の前にある椅子に座った。

 俺も遅れて自分の椅子に座る。


「まあ、私が教えるものは礼儀の他にもたくさんありますから、言うほどお勉強の量が減るわけではないんですけれどね。

 さ、ランベール様。初めてのお勉強を始めましょうか」


 肩にかけた鞄を膝の上に置いてごそごそと漁りながら言う彼に素直に頷き、自分でも驚くほど期待に高まる気持ちを抑えるようにぐっと身を乗り出した。






 勉強という言葉にこの世界の知識を詰め込むチャンスだと張り切っていた俺は、パトリック先生の鞄から出てきた白い紙束と羽ペン、そして子供向けに書かれた本に少なからず落胆した。

 考えてみれば当たり前のことだ。元いた世界でも、子供がいきなり社会科を勉強させられることはない。まずは文字と言葉を勉強して、両方とも満足に出来るようになった状態で次の段階へと進むはずだ。

 やる気をなくしている場合じゃないと自分を奮い立たせ、白い紙に文字を書き写し、礼儀作法も合わせて勉強するようになって、あれから一年が経った。

 この世界の文字はローマ字に似ていた。単語はイギリス英語とドイツ語とフランス語がごっちゃになったような感じでかなり混沌としているが、これがこの世界の共通語として使われているらしい。

 しかし俺が彼らの言葉を理解できているように、言葉として話すのは日本語である。つまりこの世界で本を朗読するには、様々な国の単語が混ざった文章を頭の中で日本語に変換してから口に出さなければいけない。

 なんてデタラメな世界だと悲鳴をあげそうになった。しかし、だからといって放棄してはちょっとした書類ですら読めないまま大人になることだろう。

 予想以上に厳しい勉強にすっかり気勢を削がれてしまったが、それでも父の期待に応えるためにはやらなければならない。

 必死に勉強を続け、どうにもならなくて時々ふて寝することもあったが、半年もすると子供向けの本ならばつっかえながらも読むことが出来るようになった。


「うんうん、4歳でここまで出来たら上出来です」


 疲れてぐったりと机に突っ伏した俺をしり目に、ミミズがのたくったような字がびっちりと書き込まれた紙を片手に持ったパトリック先生は笑った。

 出会って間もない頃は二人ともどことなくよそよそしかったのだが、一年もたつと教師と生徒という線引きがありながらも他愛のない世間話を交わせるようになっていた。


「パトリックせんせい、つぎは?」

「おや、今日の分はこれで終わりですよ?いつもより早いかもしれませんが、今日はこれで終わろうと思っているのですが……」

「あしたのぶんのべんきょうをすることはできないんですか?」


 本心で言うならば、今日はもうこれで終わりにして部屋でぐうたらしたい。しかし、自分の身になる勉強は出来る限りしておきたいのも事実だ。

 のそのそと起き上がってパトリック先生を見ると、彼は顎に手を当てて考える素振りを見せた。


「そうですねぇ……。じゃあ、礼儀作法はもう殆ど教えることがありませんし、今日からはこの国の歴史を文字のお勉強と混ぜながらお教えすることにしましょう」


 この国の歴史!やっと俺が期待したような勉強ができる!

 一年前に削がれたやる気を取り戻し、思わず歓声を上げる。パトリック先生はそれを咎めることなくくすくすと笑って、新しい紙を一枚取り出した。


「この国の歴史を知るにはまず、地理から学んでいきましょう」


 俺の手元にあった羽ペンを手に取った彼は、白紙の紙の左側に勾玉のような形を描き、次にその右側にくの字が逆になったような形を描いた。

 そして左の勾玉の上にYeneodwarloss、右側の逆くの字の上にKaropairetosと、俺の書く文字とは比べ物にならない程綺麗な字体で書き込む。


「この世界は二つの大陸から成り立っていて、左がYeneo(エネオ)dwarloss(ドロス)大陸、右が Karop(カロプ)airetos(エレトス)大陸と呼ばれています。左のエネオドロス大陸は、この世界を創った神が右手をついた時に出来た大陸であるために神の手形大陸と呼ばれ――――」


 Yeneodwarlossという文字の上に「神の手形」というルビがふられる。


「右のカロプエレトス大陸は、エネオドロス大陸を創った神がその手を引き抜こうとして足をついた時に出来た大陸であるため、神の足跡大陸と呼ばれています」


 Karopairetosという文字の上にもまたルビがふられた。今度は「神の足跡」と書かれている。


「まあ、どっちが先に出来た大陸かは本当の所わからないのですが」

「え?」


 顔を上げて思わず聞き返すと、パトリック先生は困ったように笑った。


「エネオドロス大陸の神学者――――神さまを研究する人たちですね。彼らは神さまが先についたのは手だと主張していて、一方カロプエレトス大陸の神学者は足が先だと言うんです。双方とも自分の大陸が出来たのが先だと言い合っているんですよ」

「それは……なんというか……」

「ええ、くだらないですね。どちらが先でも人が生まれたのは大陸よりも後なんですから、そんなことで張り合っても仕方ないというのに」


 うんざりした顔をして溜息を吐いたパトリック先生は、気を取り直すと再び紙に向かった。

 紙に描かれた形は俺の掌より少し大きいぐらいだが、実際の大陸は想像もできないほどの大きさなのだろう。

 ……俺の記憶に残る神々は人間で考えられる背丈ぐらいしかなかったが、本当に彼らがこの大陸を手と足で創ったのだろうか。

 元いた世界では「一つながりだった大陸が長い時間をかけてバラバラになった」という学説が主流だったな、とそこまで考えて、たとえそうだとしても証明するものがないし、その学説を証明出来たところで俺にはなんの意味もないことに気付いた。

 俺が今やらなければならないことは、この国で生きていくための常識や父の跡を継ぐための知識を学ぶことであって、勝手な論争を収束させることではない。

 余計な考えを打ち消してもう一度紙を見ると、パトリック先生の手によって、左側に描いた勾玉は一本線で三等分されており、三つに分かれた勾玉の一番上の部分に小さくAilecriniereと書き込まれていた。


「エネオドロス大陸には二つの大国があります。そのうちの一つが我々の国、Aile(エル)criniere(クリニエール)王国です」


 書き込んだ国の名前を指先でとんとんと叩いた後、今度は勾玉の一番下の部分にThronwegと書き込む。


「そして下にあるここがThronweg(トローンヴェーグ)王国。昔からエルクリニエール王国と仲のいい国です」


 トローンヴェーグ、と俺が復唱するのと同時に、パトリック先生は右の逆くの字にペンを移動させ、それを十字で四等分した。


「カロプエレトス大陸には三つの大国があって、ここがVermelho(ベルメリオ)海上同盟国、ここがPrideroar(プライドロアー)王国、そしてここがAlbasole(アルバソーレ)新王国となります」


 四分割された逆くの字の左上の部分にVermelho、右上の部分にPrideroar、右下の部分にAlbasoleと次々に書き込まれ、エネオドロス大陸にある国とはずいぶんぞんざいな形で説明される。パトリック先生が書き込むのはそれだけで終わりらしく、ペンを返すとともにその紙を手渡された。

 少しでも頭に詰め込もうとして簡略化された地図が書き込まれた紙をじっくりと眺めた俺は、区分けはされているのになにも描かれていない部分が気になって、そこを指さして顔を上げた。


「せんせい、このなにもかかれていないところはなんですか?」


 ああ、とたった今気付いたかのような声を上げて、パトリック先生はその空白の部分を指さす。


「ここはどの大国の手も届かないところです。非軍備地帯と言われていて、余程の理由がない限りはここに国が所有する軍が入ることはできません。大なり小なり国と国の間に設けられる地帯なのです」

「こんなにおおきいのに?」

「ええ、まあ……非軍備地帯と聞こえはいいですが、地図に書き込めるほど大きなものは、国が管理するには手に余る土地である故に非軍備地帯になっているのだと思っていいでしょう」

「なんでてにあまるんですか?」


 俺の突っ込んだ質問に先生はううむと唸り、子供がわかりやすいようにと言葉を選びながらゆっくりと説明してくれた。


「魔物や猛獣といった危険な動物がいたり、人が足を踏み入れると気が触れてしまったりする場所があるから、ですね」

「まものですか……え、まもの?」

「ああ、ランベール様はまだ魔物を知らないのですね。魔物とは普通の動物よりも強い魔力を持つ動物のことです。……ん?いや、そもそもランベール様はまだ魔法のことを知りませんでしたね。」


 魔物と聞いてきょとんとした俺に、パトリック先生はにっこりと笑ってしつれいしましたと頭を下げる。

 いや、魔法は知っている。館の中を探索していた時に寄った厨房では竈に火を入れるために使っていたし、湯を沸かすためにも魔法を使っていた。メイドに自分も使ってみたいと言ったことがあるが、子供が使うのは危険だと止められて渋々諦めた覚えがある。

 俺が聞きたいのは魔法のことじゃない。この世界には魔物がいるのかということだ。それも、国が領地にすることを放棄するぐらいの危険な魔物が。

 この世界はまさにファンタジーだと常日頃から思っていたが、まさか魔物まで出てくるとは思わなかった。次は魔族だなんて言わないだろうな。


「魔法については追々お勉強しましょう。話が長くなってしまいますし、年齢的にも早いですから。大丈夫ですよ、魔法や魔物のお勉強は今でなくとも必ず学ばねばならない時が来ますから」

「な……か、かならずですか?」


 必修なのは歴史や礼儀作法だけではないのかと絶句したその瞬間に夕方を知らせる鐘が鳴って、ああもう時間ですねとパトリック先生が呟いた。


「それではお疲れ様でした、ランベール様。また明日もよろしくお願いします」

「あ、うん。ありがとうございました」


 丁寧にお辞儀して重そうな鞄を肩にかけて立ち上がったパトリック先生は、口をぽかんと開けた俺に気付かず、いつものように背筋をピンと伸ばして部屋から出て行った。彼の背を遮るように軽い音を立てて扉が閉まる。

 残された俺は五つの大国が書き込まれた紙の見やり、がくりと肩を落として大きなベッドに歩み寄る。

 ああ、ただでさえ生前でだってマトモに勉強したことがないのに、今生では何が何でも学ばなければいけないことが増えていく。全てを投げ出して自由に生きることができればどれだけ幸せなことだろう。

 捨て去ったはずの夢を思い出して小さく嘆きながら、ふかふかの羽毛布団にもぐり込んでひっそりと溜息を吐いた。


こうして人に見せるために小説を書いたことで知りました。



私、登場人物の心情の描写が苦手な上に下手だわ。



……精進します。

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