怪奇!遊園地木人拳!!
この書き物を、功夫映画を愛する人々に捧ぐ。
起
この男は、成田龍太郎。
三〇歳、独身。決して色男ではないが、とても笑顔が爽やかなナイスGUY。鼻筋は通ってはいるものの、形は大蒜に似ている。瞳は切れ長だが、眼差しは優しく好印象。輪郭も将棋の駒の如く、男らしくどっしりと構えている。ちょいと長めな半艶の黒髪は、真ん中で分け。身長は百七五で、六等身半。鍛錬を怠らず作り上げたその躰は、筋肉質だった。愛用の濃灰色のシャツに、薄手の苔緑色の上着を羽織り、カーキのスラックスと白い運動靴。どれもこれも使い古され、良い具合に綻びており、実に年季が入っていた。
その龍太郎はというと、『少林遊園地』という遊戯場に居た。長崎の埋め立て地を利用して、建設された遊園地である。各遊戯施設は、通常の遊園地と変わらない所もある。ジェットコースターにティーカップにメリーゴーランド、ミラーハウスにお化け屋敷。大迷路からゴーカートサーキットに絶叫マシンに至るまでに、施設は申し分なくある。最近になると、シューティングハウスまで出来て大盛況。
そして龍太郎は、ミラーハウスとお化け屋敷に大迷路へと、挑もうとしていた。ちょっとばかりシューティングハウスへと、心が移りそうになったりならなかったりして。しかし、そこは我慢。男である故に。
そのような己の邪心を、施設の前の広場にて独闘を行ってゆき、雑念を吹き飛ばしてゆく。この間に、野次馬から数々と突き刺されていく目線などは、気にしてはならない。
腕を交差させて、拳で空を捕らえる。
「破っ!!」
鉤爪の拳が、空を抉る。
「憤っ!!」
膝で空を突き刺した。
「破っ!!」
その状態で足刀を放つ。
「憤っ!!」
肘鉄で空を打ち潰した。
「破射っ!!」
両掌で、迫り来るモノを打ち砕く。
「憤っ!!」
独闘を終えて、呼吸を整える。
次に、施設出入口へ向けて拳と掌を合わせて一礼。雑念は消えた。完全に、消えた。打ち払ったのだ。そして、大迷路遊戯へと足を踏み入れた。そのとき。
「いやあー。オモロかったなぁー」
「(おかん)ウチなんか、五分やで。五分。―――意外に、簡単やったわー」
「良かったナァ、蝶子」
母娘が、大迷路遊戯から出て来た。満面の笑顔を浮かべて、実に満足げに去ってゆく。
「ごっ……、五分だと!?」
承
驚愕している暇などない。
襟を正して大迷路の門をくぐれ。
と、その前に。
「大人一枚、下さい」
「はいよ、六百円ね」
受付の、黒縁眼鏡の男へと代金を支払う。そうして、大迷路遊戯が始まった。入ってすぐに、道が二手に別れている。
右か。左か。
右左。左右。
左右左右左右。
右左右左右左。
左左左左右左。
右右右左右右。
左左右右左左。
右右左左右右。
右左右左――――
瞬間、拳が迷いを断ち切った。
「破っ!!」
左へ曲がります。
右に進んで、左折したら再び分かれ道。右か。左か。左なのか。右なのか。はたまた、隠し扉があるのか。
横一線に放った足刀が、雑念を斬る。
「憤っ!!」
右へ曲がります。
左に足を運んで、右折して左折。さらに、右折して左折して左折する。またまた分かれ道。再び悩み、そして、拳で迷いを打ち砕く。
「破っ!!」
以降、分かれ道に遭遇する度に独闘。
憤っ!!
破っ!!
憤っ!!
破っ!!
憤っ!!
破っ!!
憤っ!!
破っ!!
憤っ!!
破っ!!
光輝いてゆく、爽やかな汗。そして、大迷路の各壁にそれぞれ龍太郎の痕跡を残すかの如く、飛び散って付着してゆく汗。汗。汗。汗。汗。汗。男の闘いが刻まれてゆく。
拳で突き、足刀が斬り裂く。
重い踵が天を突き、手刀で薙ぎ払う。
鈎爪で抉り取り、肘鉄が潰す。
掌打が打ち砕き、膝が突き刺した。
跳躍して―――――
『成田さん、時間ですよ』
無念の中断。
黒縁眼鏡の男が、マイクでお知らせした。既に一時間が経過していたのだから、当たり前。続いて、妙齢の細身の女が龍太郎の来た道から現れて、入口まで連れ戻していく。そして、受付まで見えたときに黒縁眼鏡の男は微笑んで、龍太郎へとひと言労ってゆく。
「惜しかったですね。三分の二まで到達していたんですが、時間切れです。―――なあに、あと少しです。次も頑張ってください」
これに拳と掌を合わせて一礼をした。
「有難うございました!!」
そして、大迷路遊戯の門を出る。
転
お次は、ミラーハウスに挑む。
独闘を行い、己の雑念を打ち払い砕く。野次馬の目を気にしてなどならない。己自身をただただ高めてゆくのだ、成田龍太郎よ。やがて出入口で、拳と掌を合わせて一礼して踏み入れていく。受付には、切れ長な目の猫顔をしたリーゼント男が身を乗り出すなりに、龍太郎へと笑顔を向けた。
「成田君、いらっしゃい。頑張るねー」
「はい。―――大人一枚下さい」
入場料を支払い、門をくぐった。
ハウス内は正に、鏡屋敷。優しい白い照明が水銀へと反射して煌めき、複雑化を増していた。そしてそれらの一枚一枚には、龍太郎が写し出されていく。だが、これには惑わされてはならない、所詮は虚空の存在者。虚像を打ち破ってゆけ、龍太郎よ。そして、鏡に背を預けて中腰を保ちながら、壁伝いに進んでいく。その矢先、己以外の人影が過ぎ去った。息を呑みつつも動揺を抑え込んで、音を立てぬように足を運んでゆく。
再び、人影が。
また、人影が。
みたび、人影が。
よたび、人影が。
またまた、人影が。
無情にも、人影が通り過ぎてゆく。これに圧倒されていく龍太郎。あとから来る人来る人から、次々と追い抜かれていったからである。
正直、焦る。
拳が徐々に強く握り締められてゆく。夏場も手伝って、汗の量が増して衣類を濡らしてきた。室内冷房は文句無く良好。が、しかし、龍太郎から放たれてゆく闘気は、周りに蜃気楼を生むほどに熱を帯びていった。眩い太陽光が水銀の膜に反射して、龍太郎の汗を輝かせていき、躰の部位を伝って次々と床へ落ちていく。煌めく滴が、拳から始まり肘や顎の先からとどめなく滴り落ちていったそんななか。
逞しき腕が、蛇を象った。
鎌首をあげて神経を尖らかせて。
周囲を威嚇していった。
その時。
男は直感した。
出口が近いと。
あと少しだが、油断は禁物。
蛇となれ。
嗅覚に触覚を極限にまで発達させて、出口を目指せ。
『成田さん、時間です』
無念の時間切れ。
男は、色黒いアフロの青年に案内されて出入口へと帰還。猫顔のリーゼントが、労いをおくる。
「惜しい成田君。あと少しだったよ。次も頑張るといい」
「はい、有難うございます!」
拳と掌を合わせて一礼。
結
最後は、お化け屋敷。
今までも本気であったが、さらに闘気を高めて雑念を打ち払ってゆく。再び野次馬がたかってくるが、気にしない。淡々と独闘を行い、己に潜む強大な敵を打ち倒せ!!
お前の筋力は鋼。
お前の躰は蛇の如く柔軟。
お前の鈎爪は喉を抉り取る。
闘え、龍太郎!!
独闘を終えたのちに、お化け屋敷の門をくぐって、受付で入場料を払う。そこには、髪を短く刈り上げた爽やかな青年が。龍太郎と歳は変わらないであろう。青年が男に、白い歯を見せた。
「成田さん、最終ステージ頑張って下さい」
「はい、有難うございます」
拳と掌を合わせ、一礼。
そして、暗闇の中へ。
内部を赤や緑や紫など僅かながらに照らしているものの、深い闇が勝っていた。龍太郎は膝を曲げて、中腰のになりながら屋敷を進んでいく。地獄の闇から遅い来る怪物達を、次々に流して避けてゆき凌いで、最終遊戯に辿り着いた。
木人の間。
未だに、このステージを切り抜けた者は居ない。正に最終局面。お化け屋敷の木人の間までには行かない客たちが、多数いただけだが。中でも今まで挑んだ者は、龍太郎と数える者のみ。そして精神を統一して、明鏡止水の心にして木人の群れへと飛び込んでいく。
木人。正に木の人。小さき丸太が頭を、太き丸太が胴体を、二種の長さの丸太が逞しい四肢を、太く重い球が拳を成していた。そして遂に、闘いが始まった。奴らの群れに打ち勝て、龍太郎!!
木人の拳が放たれる。
龍太郎が避ける。
木人の足が振り上がる。
龍太郎が跳ぶ。
両脇から木人の拳が唸る。
龍太郎が反る。
木人の肉を抉る踵が飛ぶ。
龍太郎が舞う。
木人の拳と足が交差する。
龍太郎が転がる。
木人の容赦なき拳槌の襲撃。
龍太郎が流す。
木人の肘と膝。
龍太郎が払う。
木人らの次々に遅い来る無情の追撃。
龍太郎が地を這い空を舞う。
お前は、龍だ。
龍になったのだ。
やがて全てを乗り越えて、遂に到達した。脅威に打ち勝ち、魔物を倒したのだ。そして、出口の門をくぐった男は、広場で祝福を受けてゆく。拍手の音は無い。出迎える者たちも居ない。ここに立っているのは、龍太郎のみだった。暫く躰を風にさらして浸ったのちに、遊園地を去って行く。
――また、来よう。―
『怪奇!遊園地木人拳!!』完結
最後までこのような書き物にお付き合いしていただき、ありがとうございました。
随分と好き勝手に書いたうえに、既存の歌を利用してしまうといった好き放題加減。
また、なにか出来たら、よろしくお願い致します。