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危機コンサルのダンジョン経営!?~転生したら5歳児の僕、悪辣サスティナブルダンジョンで魔物にドン引きされる~

作者: きゅーび
掲載日:2026/05/10

「召喚に応じて下さりありがとうございます、我が主。

 貴方様こそこの『ニヴルの井戸』のダンジョンマスターさ、ま、で……ございま、す?」


 魔法陣の外に立っている魔物の口上が途中から鈍る。

 はっきりと見てとれる戸惑い。困惑した様子でそっとしゃがみこむ仕草は丁寧だ。

 それは巨大な狼だった。銀灰色の毛並みに、暗闇で発光する琥珀色の目。体高は1mをゆうに越すだろう。

 その狼がいかにも困惑した様子で顔を覗き込んでくる。


 ”僕”は魔物を見つめ返し、それから自分の手を見つめる。

 小さい。とても小さい。どうみても子供のサイズである。

 頬っぺたを触ってみるとマシュマロのようにぷにぷにだった。

 多分、五歳児くらいだろう。


「――事情が飲み込めない。ダンジョンマスターとはなんだ。いやそれよりも、なぜ僕は子供の姿なんだ?」


 問いかける声も変声期前の澄んだ清らかな音だった。

 狼は僕以上に困惑した様子で遠慮がちに口を開く。


「そ、それはですね、魔法陣召喚を行った場合、対象者はその”魔力量”に応じて”外見年齢”が決まるのです」

「……つまり、僕の魔力は五歳児レベルだと?」


 返答に困った狼はゆっくりと目を反らした。困り果てた時の犬とほとんど変わらない反応だ。


「解せぬ」


 僕は大きくため息を吐き出した。






「つまりここは、『ニヴルの井戸』と呼ばれるダンジョンの最下層である地下50階。

 僕はこのダンジョンを管理運営するために召喚された、という事で間違いないか?」


 ニヴルの井戸、最下層・地下50階。

 そこは洞窟というより、古代文明の地下神殿であった。

 石造りの床や壁には、血管のような青い魔導回路が脈打ち、無機質な駆動音を響かせている。

 中央に鎮座するのは、巨大なクリスタル『ニヴル・コア』。それを取り囲む無数のホログラム・モニターが、虚空にダンジョンの全容を映し出している。

 空間すべてを見通す高台には、透明な魔力結晶を削り出した椅子――主君の玉座があった。


 玉座に座り、床に届かない足をぷらぷらさせながら、狼から話を聞くこと小一時間。

 ようやく状況がつかめてきた。


 この世界は人間が住む『上層世界(ガイア)』と、魔物の住む『下層世界(ニヴル)』が存在する。

 二つの世界を繋ぐ(くさび)が、50階層のダンジョン、――『ニヴルの井戸』だ。


 その役割は一つ、ガイアから『マナ』と呼ばれる資源を吸い上げること。

 井戸を放置する限り、ガイアはマナを奪われ続ける事になる。

 ゆえに人間は討伐隊を送り、管理者を殺して井戸を潰す。だが、しばらくすると井戸は別の場所で復活する。

 新たな井戸が出現すれば、新たな管理者が召喚される、……それが今回は僕だった、という訳だ。


「……基本的にガイアの人間が召喚されるのですが、ごくまれに異世界の人間をお招きしてしまう事もあるそうです」

「井戸の目的が人間側の資源の奪取なのに、管理人も人間なのはミスマッチじゃないか?」

「それは、井戸を作り上げたのも人間であるからです。

 古き時代にはガイアとニヴルはマナを分け合って暮らしておりました。

 しかしガイアの文明が発展するに従い、彼らはより多くのマナを必要とし、井戸を破壊するようになったのです」

「なるほど、ガイアからすれば資源の”搾取”だが、ニヴルから見れば”一方的に梯子を外された”ということか」


 深堀りすればまだ理由がありそうだが、あらかたの事情は理解した。


「……そういえば君、名前は?」

「ヴァルディン・ハイマッカール・ディストレリアン・シディアン・クロウツ・ロベリタス・コーディア14世でございます」

「了解した、今日からお前はポチだ」

「え?」


 ヴァルなんとか、ことポチは顎が外れそうな顔になったが、僕は気にせず話を続ける。


「それじゃあポチ、ダンジョン構築について確認していきたい」

「あの、ご、ご主人さ、ま……?」

「ダンジョンは各層にモンスターや植物、鉱物を配置可能。配置のたびにDP(ダンジョン・ポイント)を消費する。間違いないな?」

「その通りです。さらにモンスターは召喚後も維持費としてDPを消費し続けます」

「植物などは維持費が存在しない?」

「はい、一度植えれば採取されても時間経過により復活します」


 ふむ、と僕は頷くとホログラム・モニターを玉座周辺に展開させた。

 ダンジョンの構築、――それは、ニヴルの井戸を破壊されないための防衛機構。

 つまり僕が生き残るための唯一無二の手段である。


 ニヴル・コアは情報端末として以外も監視や召喚装置としても機能する、ダンジョン運営におけるメインシステムだ。

 マスターであればダンジョン内のどこからでもアクセスが可能となる。


「DPを稼ぐ方法は、植物や鉱石をエネルギーとして変換する、あるいは侵入者の魂を捧げるか、だな?」

「はい、その通りです。質によりけりポイントは異なりますが、薬草が5DPに対し、魂は200DP程度と換算して頂ければ」

「侵入者を倒すのがもっとも効率的、という事か」

「左様です。ダンジョンの宿命として、冒険者の侵入は避けられません」


 マスターの魔力による自動補給もあるようだが、僕の適性では雀の涙。頼れるのは初期資金の2000DPのみだった。

 正直、カツカツにも程がある。

 参考までにドラゴン一匹の価格は、召喚に4000DP、維持費に1日200DPだという。

 1日の食費が人間1人分と考えれば格安だが、今の僕には初期費用すら払えない。

 

「まぁ、だが、やるしかないか。よし、ポチ、背中に乗せてくれ」

「はい?」

「ダンジョンの構造をこの目で直接確認する。だが僕の足じゃ時間がかかり過ぎるだろう?」

「……かしこまりました、ご主人様」


 ポチは僕が乗りやすいように伏せの姿勢をとる。

 毛並みは思ったより固かったが、毛量は多くもっふもふだった。






「ダンジョンが発見されても、はじめの頃は強い冒険者は滅多にやってきません。

 ガイアには、定期的にニヴルに通じる井戸が出来るため、全てが警戒対象となる訳ではないのです。

 ダンジョンマスターのいない井戸は危険性が低く、マナの吸引量もごく僅かです。そのため、素材収集に便利な場所として、放置されることがほとんどです」

「マスターのいる井戸は危険性が高くマナの吸引量が多い訳か」


 僕はポチに乗っかったまま、ダンジョンを見て回っていた。

 ダンジョンの各層は階段で繋がっており、ただ移動するだけでもそれなりの時間を浪費する。

 全ての階層はおおむね80m×80mほど、現世でいう都市部にある学校の校庭程度の大きさほどだった。

 それが縦に50層連なって形成されている。


「では、どんな冒険者が来るんだ?」

「まずはギルドから偵察隊が派遣され、脅威度によって立ち入りランクが指定されます」

「脅威度が低いと見做された場合は?」

「素材回収などを目的としている、非戦闘系の冒険者がやってきます」

「ふむ」

「その冒険者がたびたび帰還しなかった場合は脅威度の見直しが行われます」


 ポチの爪が床を蹴る「ちゃふ、ちゃふ、ちゃふ」という音が響いている。

 狼の背は横揺れが大きく、乗り心地が良いとは言い難い。

 コツをつかむのに多少時間を要したが、ポチもポチで出来るだけ揺れないよう気を付けて歩いているようだ。


「脅威度ランクがあがりダンジョンマスターがいると見做された場合、王国が『大征伐』と称して兵団を送り込んできます。マスターが倒されれば、ニヴルの井戸は数日内に自壊します」

「一蓮托生という訳だな。兵団の具体的な人数は?」

「通常は500人ほどです。しかし今回はそれ以上の、千人規模での大征伐が予想されます」

「理由は?」

「この井戸はロマテリア王国の領地内に存在しております。ロマテリアでは昨今、王位の交代が行われました。人間はこうした転換期の直後に華々しい戦績を見せたがるのです」

「なるほど、納得だな。……ん?」


 ふと見ればポチの耳が悲し気に垂れさがっている。


「なんだ、僕が負けると思ってるのか? 心配するな。何とかしてみせるさ」


 まず僕がやるべきことはこんな感じだ。


 ① 低脅威度を維持し、安定したDP収益環境を構築。

 ② 脅威度が上がり始めたら、侵入者を排除できる環境を整備。

 ③ いずれ来る『大征伐』までに大人数型のシステムを完成。


 脅威度の低い状態を保ち続けられれば、それがもっとも理想的だ。

 だがその場合、最下層まで踏み込まれた場合の防衛手段がポチの戦力のみとなる。

 となれば、ある程度の深層以降は侵入者を確実に排除する仕組みが必要だった。


「ご主人様、ここが地下一階です」


 ポチの声に顔をあげる。

 地下一階は天井も低く、石造りの迷宮のあちこちから陽の光が細く差し込んいる。

 ここが冒険者視点ではスタート地点という事だ。


「さてそれじゃあ、素材となる植物から植えていこうか」

「しょ、植物から、ですか? しかしそれでは侵入者を倒すことは……」

「今の僕が侵入者を一方的に蹂躙するだけの兵力を賄えると?」


 問いかけにポチは目を反らす。尾も元気なくしなだれており反応が完全に犬だった。

 ポチに戦って貰う事も可能だが、その場合、一気に脅威度が跳ね上がるだろう。


「し、しかし、ここの素材を植えるのは、侵入者に好きに採取して良いと許可するようなものです」

「その通りだ。好きに採取させてやろう。まず、地下一階は、薬草や強壮薬の材料となる植物を植えていく。

 モンスターの配置もなしだ。ここを安全なダンジョンだと思わせる」


 僕はホログラム・モニターを展開し、お目当ての植物を選択(タップ)する。

 タップした植物を地面にドロップすると「ぴゅお」と音がして、にょきにょきと草が生え始める。ちょっと楽しかった。


「地下二階も同じように植物を植えていく。……ただしここに、ほんの少量の毒霧草を混ぜておく」

「毒霧草、でございますか? 少量ではほとんど効き目は出ないかと」


 毒霧草は、大量の花粉を吸い込むことで意識混濁や多量発汗、末端の痺れを招く毒草だ。

 最終的には死に至るが、致死量に達するには相当な滞留時間が必要なため、世間では「害のない雑草」として軽視されている。


「それでいい。今の所はな。さて、地下3階に行くぞ。この辺りから小細工をはじめよう」

「小細工を?」

「ああ、ここから先は冒険者の進むルートを限定していく」


 フロアは10m四方の部屋が規則正しく並ぶ格子状の構造だ。

 四方に開けた部屋もあれば、一方向を除いて壁に囲まれた行き止まりもある。

 石造りの壁に対し、床は土が露出した箇所が多く、植物や鉱石の「植栽」が可能だった。


 天井のクリスタルは監視カメラ兼光源として機能する。

 この光だけで植物が自生できるというのだから、古代文明の技術力には驚かされる。


「……人間は判断基準がない場合、無意識に左側を選びたがる。重心や利き足の構造上の癖だ。

 だが、ここに素材を置けば話は変わる。

 要所に素材を配置し、判断基準をこちらで制御するのさ。

 自らの意思で選んでいると錯覚させ、最も滞在時間の長い”遠回り”のルートを歩かせてやる」


 そして勿論、この階層でも毒霧草を混ぜておく。あくまで少量。

 ただしここは地下階層だ。空気の循環は悪く、長くとどまれば確実に身体を蝕んでいく。

 ちなみに僕はステータス異常系はほとんど無効化出来るらしい。ポチも高位魔族であるため、まったく問題ないそうだ。


「冒険者は『モンスターのいない安全な場所で素材が拾い放題だ』と歓喜するだろう。

 だが、その興奮こそが命取りだ。報酬を追い続ける脳は”トンネル視界”に陥り、判断力を失う。

 継続的な小さな成功体験で辞め時を見失わせ、気づかぬうちに致死量の毒を溜め込ませる……」


 さらに、と僕は人差し指をたてた。


「徐々に体調に異変が現われても”正常性バイアス”が適切な判断を阻害する。

 少し苦しい気がするが大丈夫だろう。いざとなったら急いで帰ればいい。まさか自分がこんな所で死ぬ筈はない、と」


 その過信が彼らを取返しのつかない状況へ追い込んでいく。


「まずは、これと同じ構造の階層を10階分用意しよう。

 10階にはレア度の高い素材を置いておけば、さらに足止めになるだろう。

 10階まで苦労して降りてきたという”埋没費用(サンクコスト)”が、彼らの足を重くする。

 『ここまで来たんだから、より多くの報酬を持ち帰りたい』という心理が、毒による体調不良という警告を無視させるのさ。

 ――これで様子見を行い、うまく機能しなければ5階分ずつ追加していく」


 この方法ならば維持コストを割くことなく、冒険者を処理することが可能だろう。

 初期費用としてDPの半分以上を失うが、モンスターの召喚コストよりは遥かに安い。

 微弱なダメージを層のように重ねる『多重防衛』だ。


「し、しかし、冒険者の中には毒消し草を持ちこむ者もいるのでは?」

「当然そうするだろう。偵察隊が派遣されるならば、毒の存在は事前に周知される筈だ。

 だが道具とは適切な判断力があって効果を発揮する。そこにトンネル視線やサンクコストの罠がある」


 素材回収に夢中になりすぎて致死量に達したことに気付かない。

 大量の素材により移動時間を見誤り、毒消し草が足らなくなる。

 ダンジョンに慣れ始めた冒険者が、毒の濃度を甘くみて毒消し草を持たずにやってくる。

 必ずそういう奴が現われる。

 それが冒険者という個人事業ならなおのことだ。


「どのみち生還者のが多いだろう。やりすぎないのが重要だ。それに、その生還者こそが”新たな罠”として機能する」


 僕は五歳児らしく、無邪気に笑ってみせる。


「人は、苦労して手に入れたものほど、その価値を自分の中で膨らませる。

 毒に苦しんだという”負の記憶”を、素晴らしい素材を得た”名誉ある対価”へと書き換える。心の帳尻を合わせる訳だ。

 そこに”生存者バイアス”が拍車をかける。

 死者の沈黙は届かない。生還者の自慢話だけが響き渡り、……そうして『安全なダンジョン』という名の幻想が定着する」


 つまり、ダンジョンの脅威度をあげずに、地道にDPを稼いでいくには最適だ。

 僕が語るたびに、何故だかポチの耳が少しずつ垂れていく。


「そ、それは何とも悪辣で陰険な、……いえ、狡猾な」

「聞き捨てならない台詞が聞こえた気がしたんだが」

「いえ、その、ご主人様はいったい何者なのかと……」

「僕か? ……僕は、危機管理コンサルタントだ」


 転生前、僕は情勢不安定指数(カントリーリスク)が高い地域に進出する企業のコンサルタントとして活躍していた。

 設計図の段階から効率性を検問し、現地では民間軍事企業と交渉し配置につけることもある。

 見た目は五歳児だが、中身はバリバリの一流エージェントなのである。


「……いっぱい考えたら眠くなったな」


 しかしやはり五歳児なので、お昼寝はどうしても必要だった。






 ダンジョンは予想以上に上手く機能しているようだ。

 毎日、着実にDPが増えていくのを見守りながら、僕はポチのお腹の上で寛いでいた。

 なにせ主君の玉座は五歳児の僕にはデカすぎる。

 そこで、まずポチに玉座で丸くなって貰ってから、その上に座るのが一番居心地が良いことが判明した。

 ポチははじめこそ恐縮し、なんとか辞退しようとしていたが、最近はすっかり諦めたようだった。


「どうやってDPを稼ぐのかと思いましたが、まさか冒険者が集めた素材を強奪するとは」

「強奪じゃない、回収だ」


 ダンジョンマスターに就任して二週間。

 ゴブリンを10匹ほど召喚したものの、彼らの仕事はもっぱら『回収業』だった。

 毒に倒れた冒険者が手放した素材や、帰還を優先して放棄された荷物をかき集める。それだけで、かなりの収益になった。


 倒れる冒険者は一日平均5名。これで1000DP。

 ゴブリンが回収した素材がおおよそ500DP。

 二週間の『運営』の結果、ゴブリンの維持費を差し引いても、手持ちのDPは2万を超えていた。

 

「そろそろ10階以降も着手していく。中級冒険者向けの対応策を考える必要がありそうだ」

「で、では、いよいよモンスター召喚を!」

「モンスターはまだいい」


 途端にポチの耳が垂れさがる。


「何が不満なんだ?」

「い、いえその、ニヴル通信での我がダンジョンの評価が、その、……」

「ニヴル通信?」

「はい、ニヴルの民は各地の『ニヴルの井戸』の進捗に一喜一憂しておりまして」

「暇人か」

「端的に言えばその通りです。ニヴルは娯楽が少なく、マナ濃度が薄い日には外にも出れません」


 マナはガイアにおいて必要不可欠なエネルギーだが、ニヴルもマナがなければ外出すら厳しい土地だそうだ。

 故にニヴルの井戸によって、ガイアのマナを吸い取っているという訳だ。


「それで、その『ニヴル通信』とやらには何が書かれているんだ?」

「例えば北のディズモンド国境付近の井戸は、『絶望の名を刻む、深淵の狂騒曲(ラプソディ)』という二つ名がありまして」

「なんだそれは。マンションポエムか?」

「ま、まんしょん? ご主人様の世界にもダンジョンがあったのですか?」

「まぁ、そうだな。一等地のタワマンは1日1千万DPくらいは稼ぐだろうな」

「なんと恐ろしい、それほど多くの人間が『たわまん』に命を吸い取られて……」


 あながち間違っていないので良しとする。


「それで、僕のダンジョンはなんと?」

「そ、それが、その、……『悪意が花咲く植物園、親の顔が見てみたい』と」


 後半はダンジョンじゃなく僕への悪口ではなかろうか。


「残念だがポチ、僕のダンジョンはもう暫く植物園のままだ」

「……左様で御座いますか」

「悪意はましましで行く」


 そんな訳で地下10階~20階を増築した。

 基本は今まで通り。毒霧草を撒き、レア素材を増やす。

 ただし11階以降には、新たな仕掛けとして『有刺鉄草』を配置した。


 有刺鉄線のごとき棘を持つこの植物は、樹液に触れれば激しい痛痒を引き起こす。

 水で洗えば済む程度の脅威だが、ここがダンジョンであることを忘れてはいけない。

 貴重な飲料水を洗浄に回せば、即座に枯渇を招いてしまう。かといって痒みを放置すれば、待っているのは集中力の欠如である。

 水を奪うか、精神を削るか。

 投資コストに対するリターンは極めて大きかった。


 さらに『有刺鉄草の先にはレア素材がある』という成功体験を数回擦り込んだ。

 その上で、途中からはレア素材なしに有刺鉄草のみを配置する。

 悲しいかな。冒険者は一度成功体験を学習してしまうと、空振りと分かっていても草を排除せずにはいられない。

 期待を裏切られる失望は、じわじわとモチベーションを削り取る。

 ダンジョンにおいて、意欲の減退は遅効性の毒である。

 確実に判断力を狂わせて、決定的な瞬間に致命的なミスをまねくのだ。


 さらに30階までを拡張し、今度は素材に鉱石系を追加した。

 理由は簡単。運搬コストの肥大化だ。

 植物系素材にくらべ、鉱石系は一つ一つの価値が高いかわりに重量がどんどん増えていく。

 それだけ移動速度が遅くなり、帰還リスクも上がっていくという仕組みだった。

 人間というのは運搬コストが高いものほど価値があると信じ込んでしまう。

 『これほど苦労して運んだのだから手放したくない』という保有(エンドーメント)効果である。


 かくしてダンジョンマスター就任から一か月、僕のダンジョンは『絶望の調律、玩具箱(ジャック・イン・ザ)の悪童(・ブラックボックス)』と呼ばれていた。

 ……やはりダンジョンでなく僕への悪口ポエムではなかろうか。






「高位モンスターを召喚する」

「ほ、本当ですか!?」


 ポチは驚きのあまり顎が外れそうな顔になる。


「して、何を! やはりドラゴンですか!? ドラゴンは一見気難しそうに見えますが、身体も丈夫でしっかり愛情を注いで育てれば、与えた分だけ愛情を返してくれる良いモンスターですよ! ただダンジョン内ではどうしても運動不足になりがちなので、朝夕2度、各階をお散歩させてあげると鱗の艶やサイズが整ってより快活な性格に育ちます!」

「君はペットショップの店員か?」

「いえ、すいません。興奮してしまいました」


 確かに尻尾が凄い勢いでぶんぶんしていた。

 勢いが良すぎて尻そのものが揺れていた。


「僕が召喚するのは、……」

「召喚するのはッ?」

「女王蟻だ」


 途端にポチの顔がスンっとなる。

 何もそんなに真顔にならなくてもいいだろう。


「不満なのか?」

「いえ、ただ、私の考えも及ばないような、ねちっこくて嫌らしく怖気がするほど陰湿な使い方をされるんだろうなという想像がついてしまいまして」

「なるほど誉め言葉か」


 女王蟻の強みは、一体の召喚で『働き蟻』を量産できる増殖性にある。

 産まれた蟻に召喚コストはかからず、維持費も微々たるものだった。

 単体の戦闘力は40センチ程度のサイズ相応で、初級冒険者にも容易に倒されるが、僕の狙いは別にある。


 また、この女王蟻は『貯精嚢(ちょせいのう)』に種を蓄えた状態で召喚される仕様だった。

 つがいとなるオス蟻を別途召喚する必要がない。

 当面は女王一体のコストだけで、『働き蟻』を無限に増やし続けられるというわけだ。


「それでは召喚する。ニヴル・コアに接続、4000DPを消費し女王蟻を召喚!」


 召喚魔法陣が青く光を放ち、中から女王蟻が現われる。

 てっきり虫そのものの形態が出て来ると思ったが、上半身は豊満な女性、下半身が蟻という姿だった。


「妾を呼んだのはおぬしかえ? ……ん、おぬし、もしや『玩具箱(ジャック・イン・ザ)の悪童(・ブラックボックス)』か?」

「……どうも悪童です」


 僕が答えると女王蟻が途端に表情を輝かせる。


「ほう! おぬしが噂の! 童と聞いてはおったが、本当に小さいのう! 

 だが、これは朗報じゃ。おぬしのダンジョンはホワイト運営。我が子に持つには最悪じゃが、召喚されるなら最高じゃろうと仲間内で評判であるぞ!」

「我が子には最悪……」


 解せぬ、とポチを見つめると、申し訳なさそうな顔で首を振る。

 何故そんな、手遅れの患者を見るような悲し気な目をされるのか。

 

「――さて、我が主は妾に何を望むのじゃ?」


 艶めかしい身体を揺らしながら女王蟻が尋ねてくる。

 僕は咳払いをして口を開いた。


「貴女にはダンジョンの41階~49階までのフロアをお任せする。そこに出来る限り行軍速度を遅らせる巣作りをして欲しい。

 冒険者が侵入した場合、交戦は基本的に不要。安全と判断出来た場合のみ排除すればいい。

 このフロアの目的は、攻略コストに見合った報酬をゼロにする事で、冒険者に帰還を促すことだ」

「それでは、31階~40階まではどうなさるのですか?」


 ポチが恐る恐る尋ねてきた。


「31階から40階は、20階以降の鉱物エリアを拡張する。ただし、そこからはさらに足枷を増やしてやる」

「足枷、というのは?」

「今後は死にかけの冒険者の2割を捕虜とし、高レベル冒険者の侵攻ルートに配置する。

 冒険者ギルド規約では、ダンジョン内で遭難者を発見した場合、救助しなければならないというルールがある。

 救助コストが高く、見捨てれば評価値(レピュテーション)に傷がつく捕虜を配置してやれば、冒険者達は弱った捕虜と行動する羽目になる。

 さらに捕虜たちをストレス過多と飢餓により、疑心暗鬼に陥いらせ内部崩壊を誘発。これだけの負債を抱えて蟻の巣に挑もうとする冒険者は……ん? どうした?」


 ふと見れば、ポチだけでなく女王蟻までやたらと渋い顔になっている。

 どうやらドン引きされているようだった。


「解せぬ」


 僕はぷにぷにの頬っぺたを膨らませた。






 ダンジョン運営は順調だった。現在の構成は以下である。


 ----------------------------------------

 階層 / 素材 / 侵入者向けデバフ

 ----------------------------------------

 01階~10階 薬草系 / 毒霧草

 11階~20階 薬草系 / 毒霧草、有刺鉄草

 21階~30階 薬草系、鉱物系 / 毒霧草、有刺鉄草

 31階~40階 薬草系、鉱物系 / 毒霧草、有刺鉄草、捕虜配置

 41階~49階 素材なし / 蟻の巣

 50階     主君の玉座

 ----------------------------------------


 各地で地獄のマンションポエムがつけられているダンジョンに比べれば殺傷能力は高くない。

 目指したのは「持続可能(サスティナブル・)な運営(ダンジョン)」だからだ。

 意識したポイントは三つ。


 ①維持コストの極小化。

 植えっぱなしで機能する毒草をメインに据え、管理費を限界まで削減した。


 ②踏破させない設計。

 深層へ至る前にリソースを枯渇させる。

 大量の素材で「荷物」を溢れさせ、毒と渇きで「消耗品」の底を突かせる。

 41階からの長すぎる『蟻の巣迷路』は、強制的に帰還を選択させるための物理的ボトルネックだ。


 ③冒険者を殺しすぎない。

 脱落者が増えれば、DPの源泉である冒険者が途絶えてしまう。

 適度な帰還者により「十分に備えれば安全」という評判を広め、新規冒険者を呼び込む「広告」とする。


 結論として、僕のダンジョンは「旨味はあるが、深追いは損」という、冒険者との奇妙な共存関係(Win-Win)を構築した。

 このまま平和(?)に運営出来れば安泰だが、大きな問題が残っている。


 王国軍による『大征伐』だ。

 コアの情報によれば、彼らはすでに準備段階。

 だが、迎える僕の準備もまた、万端だった。






 ロマテリア王国騎士団長、アイゼンフェルツは大征伐に反対していた。

 理由は、今回の『ニヴルの井戸』に漂う底知れない不気味さにある。


 冒険者たちは口を揃えて吹聴した。

「初級者でも問題ない。安全に稼げる場所だ」

「ゴブリンと蟻しかいない。負ける要素などない」


 だが、現実は違った。

 1日300人の攻略者のうち、5%が未帰還。毎日必ず15人前後が消えている計算だ。

 冒険者に危機感を抱かせるには不足だが、無害なはずの場所でこれだけの人間が消えるのは異常だった。

 何より「危険がない」と喧伝されていること自体が異常なのだ。

 アイゼンフェルツはそこに、計算し尽くされた悪意を感じていた。


 しかし、大臣や貴族たちは彼を「臆病風に吹かれた老兵」と嘲笑した。

 素材の宝庫に何を怯える必要がある。毒霧草が多いなら、毒消しを揃えれば済む話だ――と。


 その甘さが致命的だった。

 冒険者の急増で、毒消し草の価格は半年前の倍以上に高騰。千人規模の行軍に備えれば、その調達費だけで国庫を圧迫する。


 兵数を減らす進言も却下された。

 新王ヨハネスの地位は、四代貴族の政争に揺れて盤石ではない。

 ヨハネス派にとってこの大征伐は、王の権威を国民に誇示するための「華々しい凱旋パレード」でなければならなかった。


 かくして、かつてない規模の軍勢が『ニヴルの井戸』へと侵攻した。

 新王自らの出陣に兵たちの士気は高い。

 一方で、兵たちはそのほとんどが危機感を抱いていなかった。

 初心者向けの素材ダンジョン。唯一の脅威はダンジョンマスターだが、素材ダンジョンしか造れぬダンジョンマスターはさして強くもないだろう、と。


 ――綻びは、最初の地下20階の時点で見え始めていた。

 予想したよりも兵たちの毒の蓄積が早いのだ。理由は単純、素材集め専門の冒険者にくらべ正規兵は遥かに重装だ。

 その重さが体力を削り、毒の蓄積を早めていく。

 だが確保してある毒消しには限りがあり、兵たちは体調不良を感じながらも行軍を続ける事になる。


 さらに予想外の問題が発生した。

 兵士たちがひっそりと素材の確保をはじめたのだ。

 大征伐に参加した兵の多くが決して裕福ではないことが理由だった。中には兵を諫める隊長クラスの騎士たちまでも目先の利益を優先し、素材集めを奨励する者もあらわれた。

 結果、隊列はずるずると長くなり、進軍速度が落ちていく。


 そこに来て現われたのが、大量の捕虜たちだった。

 兵たちは始めこそ喜んだが、すぐにそれがとんでもない負債だと気が付いた。

 捕虜たちは毒に犯され、脱水状態に陥り、極度の飢餓状態だったのだ。

 毒消し草、水、食料、多くの資材が失われた。その上、捕虜たちは自力で歩けない者も多かった。

 それは撤退にかかる時間が倍増することを意味している。


 そうしてようやく辿りついた41階。

 待ち構えていたのは細く曲がりくねった蟻の巣の迷路だった。


「危険です。工兵たちに行軍スペースを十分に確保できる穴を掘らせるべきです」


 アイゼンフェルツは進言した。

 蟻の穴は一人ずつ通過することはかろうじて可能だったが、それは数の優位を無に帰すのと同義だった。


「残念ながらその時間はありません。すでに食料も水も半分以下になっています」


 真っ先に反対したのは王の側近である青年だった。

 その目にありありと焦りが浮かんでいる。


「進むしかないのです。成果もなく帰還すれば、王位そのものが危うくなる。次に起こるのは血で血を洗う内乱です」


 その言葉にアイゼンフェルツも重々しく頷く事しか出来なかった。

 過度のストレスが思考を鈍らせ「進軍か、死か」の二択しかないのだと悲愴な覚悟を迫ってくる。

 その時点で、最早結末は見えていた。







「やぁ諸君、玩具箱(ジャック・イン・ザ)の悪童(・ブラックボックス)の御前へようこそ。状況は理解できてるかな?」


 僕の声に、縄でがんじがらめになったヨハネスとその側近、騎士団長アイゼンフェルツの3名は力なく頷いた。

 千人の兵たちは長い長い蟻の巣の中で、低酸素状態に陥っている。

 全ての兵士が巣穴に入ったのを見計らい、入口と出口を塞いだだけだ。

 彼ら自身の呼吸によって必要な酸素が食い尽くされ、息苦しさと閉塞感によるパニックがより大量の酸素を消費する。

 僕はただ待っていればいいだけだった。


「なぜ、……なぜなのですか。なぜ、人である貴方が魔物に加担し、同胞である人を殺すのですか?」


 震えながら口を開いたのはヨハネスだった。

 僕は傍らのポチの頭を撫でながらにっこりと愛らしく微笑んだ。


「僕は犬派なんだ。映画でも人が死ぬのは構わないが犬が死ぬのは許せない。

 ……というのも本音だが、そもそも君は思考の前提が間違っている。

 ガイアにおける人間の死因は1位が疫病、2位が乳幼児の死亡、そして3位はマナ資源を巡る人間同士の戦争だ」


 僕は一度言葉を切ると側近の青年に問いを投げる。


「続く4位と5位は?」

「……4位は餓死、5位が魔物の襲撃による死亡です」

「その通りだ。最も多くの人間を殺したのは君たち自身だ。人である事が、人を殺さない理由にならないと君たち自身が証明しているじゃないか」

「ですが、我々にとってマナ資源はなくてはならないのです」

「それはニヴルも同じだ」


 僕は静かに言い放った。


「君たちがマナ資源の簒奪を生きるための是とするならば、僕がやっているのと同じことだろう。

 そもそも下層世界(ニヴル)が崩壊すれば人間界(ガイア)も滅びることを知らないのか?」


 ヨハネスの目が驚きに大きく見開かれる。だが側近と老騎士は目を伏せた。

 そもそもニヴルの井戸という機構を作り上げた古代人とはロマテリア王国の祖先である。

 彼らはマナの独占がいかに危険か分かっていた。当然その知識は王国に受け継がれている筈なのだ。


「若き王には伏せていたのか。……今、話した通りニヴルの崩壊はガイアの崩壊と同意語だ。

 君たちは必死に井戸を封じてマナを独占しているが、それこそが君たち自身の首を締めているに他ならない。

 目先の豊かさを追及し、百年後の負債には知らぬ存ぜぬを押し通す、……異世界でも人は変わらないな」


 大きくため息を吐き出すと、僕は改めてヨハネスに振り返った。


「さてここからは現実的な取引きといこう。僕の要望はいたってシンプルだ。

 その1、今後いかなる理由があっても大征伐を行わないこと。

 その2、ダンジョンの脅威度ランクをこれ以上あげないこと。

 その3、ダンジョンマスター不在の『安全な素材ダンジョンであった』と宣言すること。

 以上の3つを約束するならば、千人の兵たちとともに、君たちを地上に帰してやろう」

「な、なぜ、そのような」

「僕の目的はこのダンジョンの持続可能な運営だ。現状が維持できればそれ以上は望まない」

「では、ダンジョン周辺を封鎖し、誰も立ち入らないことを約束する。それでは駄目か?」

「却下だ。君たちが不意打ちを仕掛けてこないという保証がない」

「……つまり私に、この国の民を定期的に犠牲にすることを選択しろと言うのか?」

「その通りだ」


 僕は大きく頷いた。


「君は王として、国家を持続させるための運営コストを支払うんだ」


 ヨハネスは力なく項垂れたまま、絞り出すように承諾を口にした。






 ニヴルの井戸の最深部、主君の玉座にて悪童はポチの頭を撫でていた。

 最近のポチは積極的に甘えて来る事が増えてきた。

 僕の語った「犬派」の言葉がよほど嬉しかったのか、目があうだけで尻尾を振るようになったのは実に嬉しい変化だった。


「そろそろこの50階も改装するか……」


 僕が呟くと、途端にポチが怯えた様子で耳を伏せる。


「ま、まさか、この50階も悪意ましまし構造に?」

「……お前のためのドッグランを作ってやろうかと思ったが、今回は見送りだな」

「ど、どっぐらん? どっぐらんとは何ですか? 何だかわかりませんが、やけにワクワクする響きですね!?」

「さて、どうしようかな」

「ご主人様、ご主人様、ぜひどっぐらんを作って下さい!」


 興奮で尻尾を振り回すポチに、僕はあえて考え込んでいるふりをする。

 地下50階にドッグランが出来るのは、そう遠くない未来の話になるだろう。






最後まで読んで下さりありがとうございます。

現在、「召喚された聖女がおっさんだった件。~聖女召喚された事故調の野良犬は奇跡を科学で解体します~」という事故調査委員会のスペシャリストが異世界に召喚され、様々な重大インシデントを解決していく話を連載中です。

本作が面白いと思って頂けましたら、連載作品も読んで頂けましたら嬉しいです。

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この話しの、もっと内容盛り盛りの中編が読みたい! 最後はそのままで! 続きが読みたいんじゃなくて、 このキャラの色んな、このキャラらしいいろんなやりとりに、 ニヤニヤしたい それに、猫が多い中で、 犬…
行動経済学をもっと活用して運営してほしいなー♪わんこラブわい、歓喜でした!!王様がんば!
『我が子に持つには最悪』 最高です。 笑いすぎて読んでいた箇所を見失ってしまいました。 『たわまん』に限らず不動産所有すると人生蝕まれますもんね。 そうか、不動産とはダンジョンだったんだ。ならば納得…
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