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追放された悪役令嬢、帳簿一枚で王国を買い叩くことにしました ~金貨三千万枚の請求書を添えて。愛でパンは買えませんわ~  作者: かめかめ


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第9話:通貨の支配者、あるいは静寂の執行

 帝都から三日。

 いかなる王権も、いかなる軍旗も及ばぬ中立地帯に、その塔はそびえ立っていた。


 大陸中央銀行――《天秤の塔》。


 ここでは、剣も魔法も等しく無力だ。

 価値を決めるのは、血ではなく数字。

 命の重ささえ、金利で量られる。


 最上階、円卓の間。


 レティシアは一瞬たりとも足を止めず、当然のように席に着いた。

 その背後で、正装に身を固めたカシアンが一歩下がって控える。

 剣は抜かれず、だが――いつでも抜ける位置だ。


「ようこそ、帝国財務総監レティシア・ヴァインベルク」


 円卓の対面。

 そこに座る青年は、生きているのに死人のようだった。


 白磁の肌。

 感情を映さぬ灰色の瞳。

 呼吸さえ、効率計算の一部であるかのような佇まい。


「あるいは――国家解体屋と呼ぶべきかな」


 名を、エドワード・フォン・カロー。

 大陸中央銀行・静寂の執行官。


 世界の通貨発行と清算を一手に担う、数字の死神。


「呼び方はどちらでも構いませんわ」

 レティシアは脚を組み、微笑んだ。

「ただし、“評価者”の立場で座るなら、対等にしていただきたいですわね」


 空気が、わずかに軋んだ。


「……君は、自覚しているか?」

 エドワードが淡々と言う。

「君は一国を“破産”させた。通貨を殺し、信用を焼き払った。

 それは本来、我々だけが行う粛清だ」


「あら」

 レティシアは肩をすくめる。

「独占業務に割り込まれたから、お怒り?

 それとも、“素人”が正しい手順でやってのけたから?」


 カシアンの背筋が強張る。

 この場での一言は、戦争宣言に等しい。


「秩序が崩れる」

 エドワードの声は変わらない。

「君の行動は、大陸通貨網の結節点を一つ破壊した。

 神経が一本、断ち切られたようなものだ」


「神経?」

 レティシアは小さく笑った。

「なら安心なさい。壊したのは腐った末梢だけ。

 中枢は、これから――私が握りますわ」


 彼女は一通の書類を円卓に置いた。


 帝国魔導エネルギー独占権。

 金準備高。

 物流網・通信網・塩と鉄の流通比率。


 国家ではなく、通貨の裏付けそのもの。


「提案です」

 レティシアは指先で紙を揃えた。

「次期“大陸統一通貨”。

 その裏付けに、帝国資本を組み込みなさい」


「……条件は?」

「発行権の一部を、私に」


 一瞬。

 エドワードのまばたきが遅れた。


「通貨発行権を、個人に渡せと?」

「ええ」

 即答だった。

「国家より合理的ですもの。国家は感情で戦争をしますが、私は利益でしか動かない」


「拒否したら?」


「帝国は中央銀行網から離脱します」

 レティシアは淡々と言った。

「金本位制と魔導エネルギー担保通貨で、独自圏を形成。

 ――その瞬間、大陸通貨は信用を半分失う」


 沈黙。


「……世界恐慌だ」

 エドワードが呟く。


「ええ」

 レティシアは楽しげに頷いた。

「ですが“事故”ではありませんわ。

 私が、底値で全部買いますの」


 資源。

 港湾。

 債権。

 国家。


「混乱は、支配者のためのセール期間ですもの」


 円卓の空気が、完全に凍りついた。


 一国の財務総監が、世界経済を“手札”として提示している。


 やがて――

 静寂の執行官は、薄く口角を上げた。


「……なるほど」

「交渉成立、かしら?」


「いいや」

 エドワードは首を振る。

「これはもう、交渉ではない」


 彼は立ち上がり、円卓に手を置いた。


「共犯の確認だ、レティシア・ヴァインベルク」


 初めて、彼の声に温度が宿る。


「神の席を、二人で分け合う覚悟はあるか?」


 レティシアは立ち上がり、同じ高さで彼を見た。


「当然ですわ」

 微笑みは、深淵そのものだった。

「世界の値札を、書き換えるのですもの」


 背後で、カシアンが静かに剣を構える。


 彼女の犬として。

 そして――新しい時代の番人として。


 天秤の塔の鐘が鳴った。


 それは、戦争の合図ではない。

 世界経済の清算開始を告げる鐘だった。

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