第8話:深淵からの招待状
帝国貴族の不正資産が次々と国庫に吸い上げられてから、数日後。
レティシアの執務室に、一通の封筒が届けられた。 漆黒の紙。黄金の天秤を象った封蝋。
それを見た瞬間、彼女の唇がわずかに歪む。
「……来ましたわね」
「レティシア様?」
控えていたカシアンが、言葉にならない違和感に眉を寄せる。
「子犬さんには、まだ強すぎる毒ですわ」
封を切るまでもなく、差出人は分かっていた。 前世で何度も相対し、ただ一度だけ――膝をつかされた相手。
大陸の通貨発行権を裏から握る、真の支配者。 “世界”そのもの。
『親愛なるレティシア・ヴァインベルク財務総監へ。 貴殿の国家買収の手腕、実に興味深い。 一度、大陸の「精算」について語り合いたい。 ――静寂の執行官』
「静寂の執行官……」
カシアンが小さく息を呑む。
「エドワードですわ」
「下水に落ちた王子と同じ名前の?」
「ええ。同名同質ではありませんけれど」
レティシアは封筒をキャンドルにかざし、迷いなく火を点けた。
「あちらは、数字だけで国家を殺す怪物。……ふふ、ようやく“本物”が出てきましたわ」
燃え落ちる紙片を見つめながら、彼女は続ける。
「一国の王子を踏み潰す遊びには、もう飽きていましたの。次は、この大陸そのもの」
窓の外。帝都。その先にある、見えない中枢。
「カシアン。身なりを整えなさい」
「……どこへ?」
振り返った彼女の瞳は、深淵の色をしていた。
「決まっていますわ。『国』ではなく、『世界』を買い叩きに行くのですもの」




