第7話:死神の税務調査
財務総監として帝国の金庫を掌中に収めたレティシアを、面白く思わない者が出ないはずがなかった。 筆頭公爵を旗頭にした守旧派貴族――血統と特権だけを食い扶持に生きる亡霊どもである。
「レティシア・ヴァインベルク! 騎士団の予算を削っただけでは飽き足らず、我が領地の治水予算まで凍結するとは何事だ! これは陛下への反逆も同然――」
怒鳴り込んできたバートランド伯爵の声を、レティシアは羽ペンの音で遮った。カリ、と静かな音。
「反逆……? ずいぶん軽い言葉ですこと。税の使途を問われただけで、王を持ち出すなんて」
視線だけを上げる。その瞳に、温度はない。
「まず一つ。あなたの領地の『港湾維持費』。昨年比で三・二倍。嵐被害の申告でしたわね?」
「そ、そうだ! 記録にも――」
「あら、不思議」
帳簿が一冊、机に落ちる。鈍い音が、処刑の鐘のように響いた。
「私の手元の気象記録では、快晴が続き、出港制限すら出ていません。むしろ干ばつ。……港が壊れる理由がありませんわ」
貴族たちの間に、ざわめきが走る。
「それから、こちら」
二冊目。三冊目。次々に積まれる帳簿は、罪状そのものだった。
「隠し口座。隣国の闇ギルド。密輸品。横領。粉飾。……あら、国家反逆罪に足りないものを探す方が難しいですわね」
「ば、馬鹿な……! 財務総監ごときが、そこまで――」
「“ごとき”?」
レティシアは微笑んだ。刃物のように薄い微笑。
「金の流れを握る者は、あなた方の生殺与奪を握る者ですわ。覚えておきなさい」
彼女は一枚の命令書を差し出す。
「本日付で、守旧派貴族全員に対し、過去十年分の特別税務調査を実施します。拒否権はありません。不備が見つかれば、領地没収。身柄拘束」
その視線が、静かにカシアンへ向けられた。
「執行は――この子に」
かつて“正義の騎士”と呼ばれた男が、無言で一歩前に出る。その存在だけで、貴族たちの顔色は土気色に変わった。
「……ふふ。ねえ、カシアン。あなたの剣、血よりも金に正直ですわね」
貴族たちは理解したのだ。 この女は説得しない。許さない。躊躇しない。
――死神の名刺は、帳簿だった。




