第6話:正義の騎士、首輪を受け入れる
「財務総監……!? 陛下、正気ですか!」
執務室の扉が乱暴に開かれ、怒声が響いた。
飛び込んできたのは、聖騎士団副団長カシアン・フォン・グラード。
彼の剣幕に、周囲の書記官たちが息を呑む。
「この女は祖国を売った! 帝国にとっても危険な存在だ!
そのような者に、帝国の財政を預けるなど――」
言葉は、途中で止まった。
レティシア・ヴァインベルクは、羽ペンを静かに置き、椅子の背に身を預けていた。
怒りも焦りもない。
ただ、事務的な視線で彼を見ている。
「あら、カシアン副団長」
淡々とした声。
「抗議は正式文書でどうぞ。……もっとも、受理される可能性は低いですけれど」
「貴様……!」
カシアンは机に手をつき、身を乗り出した。
「帝国騎士の誇りにかけて、私は――」
「その“誇り”」
レティシアは遮る。
「今年度予算で、いくら計上されているかご存じ?」
一瞬の沈黙。
彼女は書類を一枚、机の上に滑らせた。
「聖騎士団予算、三割削減。
理由は簡単ですわ。帝国全域の物流護衛を、傭兵ギルドと長期契約しましたので」
「……何だと?」
「彼らは安く、早く、命令に忠実です」
視線を上げる。
「少なくとも、“正義の名目で政治に口を出す”ことはありません」
カシアンの喉が鳴った。
「安心なさい」
レティシアは続ける。
「騎士団を解体するつもりはありませんわ。あなた方は――象徴として必要ですもの」
「象徴、だと?」
「ええ。帝国が“正義を掲げている”という看板です」
にこりともしない。
「ですが、実務は契約と金で回す。それだけの話です」
カシアンは剣の柄に手をかけた。
だが、抜かない。
――抜けない。
この女を斬れば、騎士団の給与は止まる。
部下の生活も、家族も、守れなくなる。
「……貴様は」
声が低くなる。
「正義を、金で踏みにじるつもりか」
レティシアは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「いいえ」
静かに言う。
「正義が“金なしでは立てない”現実を、可視化しているだけですわ」
彼女は立ち上がり、カシアンの前に立つ。
「選択肢を差し上げます、副団長」
扇子を閉じる音が、やけに大きく響いた。
「騎士団の象徴として、帝国を支えるか。
それとも、理想を抱いたまま、組織ごと沈むか」
長い沈黙。
やがて、カシアンは剣から手を離した。
「……条件は?」
その問いに、レティシアはわずかに口角を上げる。
「簡単ですわ」
「あなたは引き続き、騎士でいる。
ただし、剣を抜く前に――私の許可を得なさい」
屈辱。
だが、拒否すれば失うものが多すぎる。
カシアンは、ゆっくりと片膝をついた。
「……了解した。財務総監殿」
その姿を見下ろしながら、レティシアは思う。
――正義は折れたのではない。
首輪をつけられただけだ。
「歓迎しますわ、副団長」
淡々と告げる。
「これであなたは、“理想を語る騎士”ではなく、“帝国を守る装置”です」
それが、この国で生き残る唯一の形だった。




