第2話:愛の代償は、一筆の絶望
羽ペンを握るエドワードの手は、隠しようもなく震えていた。
卓上の羊皮紙。
帝国の紋章が刻まれた
《債務弁済および統治権限一部委託合意書》。
それは降伏文書ではない。
だが、王冠が万能でなくなる契約だった。
「……貴族が、民が黙っていないぞ!」
「あら?」
レティシアは首を傾げる。
背後で執事が掲げたのは、別の書類。
ギルド、騎士団、港湾管理局――整然と並ぶ署名。
「半年分の未払い給与と活動資金は、私が立て替えましたわ」
「……買収したのか」
「違います」
即答。
「彼らは“理想”より“明日”を選んだだけ」
彼女は淡々と告げる。
「署名を拒めば、帝国は徴税権を接収します。
今月の兵糧配給は――小麦で一トンほど減るでしょう」
王子は、泣き崩れる聖女を見た。
「……君が……仕組んだのか……」
「私はただ、あなたの望みを尊重しただけ」
低く囁く。
「政務は嫌。帳簿は不要。
――愛さえあれば国は回ると」
彼女の手が、王子の手に重なる。
「その信念を、私は裏切っておりませんわ」
逃げ場はなかった。
王子は、羊皮紙に署名した。
ペン先の音が、重く響く。
「ありがとうございます」
レティシアは書類を受け取る。
「最悪の選択肢は、避けられました」
(第一段階、成立)
国家はまだ彼女のものではない。
だが、もう誰が決定権を持つかは変わった。




