第14話:信用の死、あるいは天秤の引き渡し
旧王国の再編が進むさなか、世界経済に奇妙な沈黙が訪れた。
物価は乱高下せず、暴動も起きない。
だが、大陸中の市場から、帝国マルクへの注文だけが静かに消え始めた。
「……来ましたか」
報告書を一瞥し、レティシアはそれだけを呟いた。
「中央銀行が動いています。
“帝国は一個人の所有物となった。よって信用に値しない”
各国の商会と銀行に、同時通達です」
カシアンの声には、焦りよりも困惑が滲んでいた。
「売り浴びせではありません。
取引そのものを拒絶しています。
通貨を、存在しないものとして扱う……」
「ええ。正しい手ですわ」
レティシアは立ち上がり、窓の外を見た。
民は働き、街は動いている。混乱はない。
「空売りは“敵意”です。
でもこれは“判断”。
中央銀行はようやく理解したのですわ」
「……何を、ですか?」
「私を排除することは不可能だと」
帝国マルクは、信用を失いつつあった。
だが、それは破滅を意味しない。
なぜなら、帝国内の取引の九割は、すでにマルクを介していなかったからだ。
給与は物資連動契約。
税は労務単位。
国家間決済は、金と魔導エネルギーによる直接交換。
「中央銀行は“信用を断つ”ことで、私を屈服させるつもりだった。
でもその瞬間、彼らは自白したのですわ」
レティシアは机上の書類を一枚、裏返した。
「“通貨とは、信用がなければ存在できない”と」
沈黙。
「けれど私は、通貨の外側に国を再構築した。
――つまり」
彼女は淡々と言った。
「信用が死んだのは、帝国マルクではなく
中央銀行そのものですわ」
中央銀行は各国に通達した。
だが返ってきたのは、沈黙だった。
理由は単純だった。
彼ら自身が、すでに帝国の資本・物流・雇用に深く依存していたからだ。
取引を断てば、困るのは自分たち。
「カシアン。
中央銀行へ書簡を」
「内容は?」
「こうですわ」
レティシアは一言一句、正確に告げた。
『貴行の提供してきた“信用”は、本日をもって不要となりました。
つきましては、これまで担保として預かっていた資産を、
名義変更のうえ返却いたします。
天秤は、役目を終えました』
それは宣戦布告ではない。
解約通知だった。
世界を支配してきた機関は、その日、初めて理解した。
自分たちは神ではなかった。
ただの――仲介業者だったのだと。




