第13話:価値の再編、静かな統治
レティシアが旧ヴァインベルク王国の統治権を取得してから、三ヶ月が経過していた。
王都の空気は、かつてとは明らかに異なっている。
叫び声は減り、路上に座り込む者もいなくなった。代わりに増えたのは、早朝から決められた時刻に職場へ向かう人の流れだった。
「旧王都第一地区。失業率、前月比でさらに二・三%低下。食料配給に頼る世帯数も、想定を下回っています」
カシアンは淡々と報告書を読み上げる。
そこに感想はない。数字だけが並んでいる。
「あら、順調ですわね」
レティシアはテラスの椅子に腰掛け、紅茶を口に運んだ。
視線の先には、再編された市場と工房区画が整然と並んでいる。
「教会跡地に設置した職業訓練所ですが、初期投資は回収段階に入りました。読み書き、計算、簡易魔導操作――修了者の七割が即戦力として各所に配置されています」
「当然ですわ。無償の施しは価値を生みませんもの。技能だけが、唯一安定した担保です」
レティシアはそう言い、特に誇る様子もなくカップを置いた。
彼女が行ったのは、革命でも慈善でもない。
土地、労働力、通貨、医療、教育――
すべてを「費用」と「回収率」で再定義しただけだった。
「民の間では、あなたを“救世主”と呼ぶ声も出ています」
「……不正確ですわね」
即座に返される。
「私は救っていません。価値の低い構造を廃棄し、効率の良い形に置き換えただけ。結果として生存率が上がった、それだけの話ですわ」
その言葉通り、街では新しい診療所が稼働していた。
祈りではなく、規格化された魔導医療。
治療費は安価だが、未払いには即座に労働契約が結ばれる。
誰も拒否しなかった。
広場の端で、荷車を押す二人の男女が視界に入る。
かつて王子と聖女と呼ばれた者たちだった。
彼らは目立たない。
特別扱いもされていない。
ただ、決められた仕事を与えられ、決められた報酬を受け取っている。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
「……彼らについて、何か処置を?」
カシアンが一応確認する。
「必要ありませんわ」
レティシアは街から目を離さず答える。
「契約を守り、計算を誤らなければ、誰であっても同じ生活水準を保証していますもの。例外を作る理由がありません」
言葉は冷静だった。
そこに恨みも、満足も、憐憫もない。
紅茶を飲み干し、彼女は立ち上がる。
「秩序とは、感情で維持するものではありません。
“逆らうより従った方が得だ”と、全員が理解した状態――それが最も安定していますわ」
カシアンは黙って頷いた。
この街に、かつての王冠はない。
代わりにあるのは、帳簿と契約書、そして破られない計算式だけだった。
そしてそれは、どんな理想よりも強固に、この世界を支え始めていた。




