プロローグ:悪役令嬢による国家買収
「レティシア・ヴァインベルク!
貴様との婚約を破棄し、国外追放を命ずる!」
王城の大広間。
舞踏会の喧騒は、第一王子エドワードの声によって一瞬で凍りついた。
王子は、怯えた様子の聖女を庇うように抱き寄せ、断罪者の顔で叫んでいる。
その姿に、貴族たちは安堵し、期待し、そして嘲笑を浮かべた。
――これで、厄介な女は消える。
断罪の壇上に立つレティシア・ヴァインベルクは、しかし扇子で口元を隠し、ただ一度、瞬きをしただけだった。
(国外追放……一番、安直な手を選びましたわね)
彼女は一歩前へ出る。
「承知いたしましたわ。婚約破棄、謹んでお受けいたします」
ざわめき。
「ただし――条件がございますの」
ドレスの内側から取り出されたのは、感情の一切を排した事務文書だった。
「我が公爵家が王家へ融資していた王宮運営費。
ならびに、そちらの聖女様へ贈られた宝石類の代金立替分」
扇子が、きらめく胸元を示す。
「合計、金貨三千万枚。本日中のご返済をお願いいたしますわ」
「な、何を……!」
「“後で”は存在しません」
レティシアは静かに続けた。
「一時間前、我が家は全債権を帝国へ譲渡いたしました。
あちらは、情で契約を曲げませんの」
帝国大使から届いた文書。
そこに記されていたのは、徴税権の一部接収――段階的担保執行。
「国が即座に滅びるわけではありません」
彼女は、王子を見据える。
「ただ、“誰の許可がなければ金を動かせないか”が、変わるだけです」
王子は言葉を失った。
(完璧ではない。想定外もある)
だが。
(もう、この国は財布を失った)
レティシア・ヴァインベルク。
前世で国家財政の破綻を幾度も見届けた女。
これは復讐譚ではない。
――国家を、交渉の俎上に載せる物語だ。




