第3話 洞窟の隠遁生活、始まる……はずだった
(前回までのあらすじ)
フレデリク(フレド)は、暖かい南の国に憧れて家出。旅費を稼ぐためにラグナスの酒場でバイトを始めたが、根が真面目すぎてほっとけず、店の会計を直したら大繁盛。街全体の経済が活性化し、商人たちから英雄扱いされて表彰式の危機に。
夜中にこっそり街を抜け出し、今度は街外れの森にある古い洞窟に逃げ込んだ。
洞窟は思ったより快適だった。
南の暖かい気候のおかげで、内部は湿気はあるものの寒くなく、
入り口近くに小さな泉があって水も確保できる。
外からは木々が密集していて見えにくいし、野生動物もあまり寄ってこない。
完璧だ。
俺は荷物を広げ、干し肉とパン、水筒を並べた。
そして、深く息を吐く。
「ようやく……静かに暮らせる」
寝袋を敷き、壁に背をもたれて座る。
外の風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。
誰もいない。
誰も俺を「経済の神」とか「街の救世主」とか呼ばない。
ここなら、旅費はもう十分貯まってる。
数日休んで、体力回復したら次の南の港町へ。
それで終わりだ。
……そう思っていた。
初日は本当に静かだった。
朝起きて、泉の水で顔を洗い、干し肉をかじる。
昼は洞窟の奥で昼寝。
夕方は外の木陰でぼんやりと空を眺める。
夜は早めに寝袋に入る。
「これだよ、これが欲しかったんだ……」
俺は天井の岩肌を見上げながら呟いた。
王宮の堅苦しい儀式も、酒場の喧騒も、商工会の熱い視線も、全部遠い昔の話みたいだ。
でも、2日目から少しずつおかしくなった。
朝、洞窟の入り口近くで奇妙な足音がした。
「ガサガサ……」
俺は寝袋の中で身を起こす。
野生の兎か何かか?
いや、もっと重い。
そして、低い唸り声。
「……ん?」
俺は静かに近づいて、入り口から外を覗いた。
そこにいたのは、3匹の狼サイズのモンスター。
体毛が灰色で、目が赤く光っている。
『グレイストーン・ウルフ』——冒険者ギルドの資料で見た、低級だが群れで襲ってくる厄介な獣だ。
(……なんでここに?
この辺はモンスターが出ないはずの安全地帯じゃ……)
狼たちは洞窟の入り口を囲むように近づいてくる。
どうやら、俺の匂いか荷物の匂いに釣られたらしい。
俺はため息をついた。
「……ほっとけないな」
本当は無視して奥に引っ込めば、狼たちは諦めて去るかもしれない。
でも、もしこのまま放置して、誰かが通りかかったら?
森の入り口は街への近道だ。
旅人や子供が迷い込んだら……。
「仕方ない」
俺は荷物から短剣を取り出し、静かに外へ出た。
「オイ、そこの狼ども。
ここは俺の隠れ家だ。
帰れ」
狼たちは一斉に牙を剥いた。
そして、飛びかかってきた。
その瞬間——
俺の体が勝手に動いた。
【霜王の加護】が発動した。
周囲の空気が一瞬で冷え込み、
地面に薄い霜が張る。
狼の動きがわずかに鈍る。
「くそ……またかよ」
俺は短剣を握りしめ、
無意識に【氷雪支配】を呼び起こした。
手のひらから白い霧が噴き出し、
狼たちの足元を凍らせる。
一匹が凍りついた足を振りほどこうとして転ぶ。
もう一匹が俺に飛びかかろうとした瞬間、
俺は反射的に拳を振り下ろした。
「——【北風の咆哮】!」
小さな吹雪が洞窟前を覆った。
狼たちは悲鳴を上げ、
一瞬で全身に霜を被って逃げ出した。
……終わった。
俺は息を吐き、地面に座り込んだ。
周囲は氷の結晶でキラキラ光っている。
狼たちの足跡は凍りついて残り、
洞窟の入り口まで白い霧が漂っている。
「……最悪だ」
これで完全にバレる。
この辺のモンスターは普通の冒険者でも倒せるレベルだが、
こんな大規模な氷雪魔法を使った痕跡は、
ただの旅人じゃ説明がつかない。
案の定、数時間後。
「ここだ! 氷の痕跡があるぞ!」
「マジか……本当にレアモンスター退治した奴がいるのか?」
「ギルドの依頼で探してたんだよな。報酬出てるぞ!」
冒険者パーティの声が近づいてきた。
俺は洞窟の奥に身を潜め、
荷物を抱えて息を殺した。
(……来るな。
頼むから気づくな……)
しかし、運命は残酷だった。
リーダーらしき剣士の男が、洞窟の入り口に立った。
「おい、中に誰かいるぞ!
出てこい! 俺たち、君の助けを求めてるわけじゃ……いや、
いや、君があの氷の魔法使いだろ?」
俺は観念した。
「……はい、俺です」
洞窟から出てくると、
パーティの4人(剣士、魔法使い、ヒーラー、斥候)が俺を取り囲んだ。
剣士が目を輝かせた。
「すげえ! グレイストーン・ウルフ3匹を一瞬で凍らせて追い払ったって聞いたぞ!
しかも吹雪まで!
あれ、どこのギルド所属だ?」
「……無所属です。ただの旅人です」
魔法使いの女性が興奮気味に言った。
「旅人であんな魔法使えるの?
あれ、絶対上級氷雪魔法だよ!
ねえ、うちのパーティに入らない?
報酬もいいし、暖かい街の宿も用意するよ!」
ヒーラーの少年が頷く。
「そうだよ! 俺たち、最近モンスターが増えてて苦戦してるんだ。
君みたいな人がいたら、絶対助かる!」
俺は頭を抱えた。
(……またかよ)
旅費は貯まってる。
洞窟は快適だった。
静かに暮らせるはずだった。
なのに、
根が真面目すぎる俺は、
狼をほっとけなかった。
そして、スキルが勝手に発動した。
「…………わかりました」
俺は小さく呟いた。
「少しだけ……手伝います」
冒険者たちは大喜びで俺を囲んだ。
「やった! 名前は?」
「フレドです……」
(今度こそ、静かに暮らせるはずだったのに……)
暖かい南の国への道は、
またしても遠回りになった。
――続く
(第3話 終わり)




