第2話 繁盛の代償
フィヨルドヘイム王国の第二王子フレデリクは、暖かい南の国に憧れて家出。
旅費を稼ぐため、交易都市ラグナスの酒場「南風の杯」でバイトを始めた。
ところが、店の帳簿があまりに杜撰すぎてほっとけず、つい教養をフル活用して改善。
結果、わずか2週間で店は黒字転換し、1ヶ月後には客が途切れない大繁盛に……。
「フレド! また今日も満席だぞ! すげえな、お前!」
マスターのボルドさんが、汗だくで厨房から叫ぶ。
俺はカウンターで酒を注ぎながら、内心でため息をついた。
(……旅費、貯まったよな?
もう十分だろ?
明日から荷物まとめて、次の街へ……いや、次の国へ行こう)
計算上、貯まった金貨はもう馬車代どころか、もっと南の港町まで船で行ける額になっていた。
理想のビーチリゾート、エルドラシア南部の「サンライズビーチ」まで、あと少しだ。
でも、現実はそう甘くなかった。
「フレドさん! この新しいフルーツカクテル、最高です! どうやって考えついたんですか?」
「店内が涼しいのに外は蒸し暑いって、不思議ですよね〜。秘密の魔法でも使ってるんですか?」
「常連の俺から言わせりゃ、この店は街の宝だよ! 市長も来週視察に来るってさ!」
客の声が、次から次へと飛んでくる。
俺が無意識に発動させてる【霜王の加護】の副作用で店内が常に快適温度なのも、
新メニューの「氷入りトロピカルジュース」が大ヒットしたのも、
全部俺のせいだ。
(俺はただ旅費を稼ぎたかっただけなのに……
なんでこんなに目立ってるんだ……)
閉店後、店内を片付けながら、ボルドさんが俺の肩をバンバン叩く。
「フレド、お前がいなきゃこの店終わってた。本当に感謝してる。
給料、もう一段階上げようか? いや、共同経営者扱いにしてもいいぞ!」
「いえ、俺はただのバイトですから……」
俺は慌てて手を振った。
共同経営者とか、冗談じゃない。
そんな肩書がついたら、もう南へ逃げられない。
「そうかそうか、謙虚だなあ。
でもよ、明日は街の商工会の連中が来るんだ。
『南風の杯の繁盛の秘密を教えてくれ』ってさ。
お前が講師やってくれよ!」
「……え?」
俺の顔が引きつるのが、自分でもわかった。
「講師って……俺、ただの旅人ですよ?」
「ははは! 謙遜すんなって!
この街の商人みんな、お前のやり方知りたがってるんだ。
原価率下げて客単価上げて、在庫回転させて……
あれ全部、お前が教えてくれたことだろ?」
確かにそうだった。
俺は「旅費のためだけ」と言い訳しながら、
つい国家予算レベルの知識を小出しにしていた。
仕入れルートの最適化、
季節メニューの回転率計算、
スタッフのインセンティブ制度……
全部、王宮で散々叩き込まれた「王国経済運営学」の応用だ。
(……俺、何やってんだ?
静かに旅費貯めて南に行くはずが、
街全体の経済活性化を手伝ってる……)
翌日、商工会の集まりは予想以上に大規模だった。
酒場の二階を貸し切って、商人30人以上が集まってる。
俺は仕方なく壇上に立たされた。
「えー……皆さん、こんにちは。
フレドと申します。
ただの旅人で、特に教えるようなことは……」
「謙遜すんな! さっさと教えてくれ!」
「原価率どうやって50%以下にしたんだよ!」
「うちの店も客が増えねえんだ!」
熱い視線が突き刺さる。
俺はため息を一つ。
そして、また「ほっとけない病」が発動した。
「……わかりました。
では、まず基本から。
仕入れ値の見直しと、在庫管理の重要性についてですが……」
それから2時間。
俺は無我夢中で講義した。
商人たちはメモを取り、質問を連発し、
最後には拍手喝采。
「すげえ! これでうちの店も黒字だ!」
「フレドさん、ありがとう! 街の救世主だよ!」
「今度、市長に推薦状書いてもらうからな!」
……終わった。
俺は店に戻って、荷物をまとめた。
もう限界だ。
旅費は十分。
明日、朝イチで街を出る。
夜中、窓から外を見ると、
街の灯りがいつもより明るく感じた。
新しい店が増え、通りには人が溢れている。
俺の講義を受けた商人たちが、早速メニューを変えたり看板を出したりしているらしい。
(……少しだけ、街が活気づいたな)
俺は小さく笑った。
でも、すぐに顔をしかめた。
(いやいや! 俺は静かに暮らしたいんだ!
こんなところで英雄扱いされてたまるか!)
荷物を背負い、俺は静かに宿を出た。
まだ夜明け前。
誰も気づかないうちに、街を後にする。
……はずだった。
朝方、ラグナスの街の門で、
ボルドさんと商工会の連中が待ち構えていた。
「フレド! 待ってたぞ!」
「逃げようとしてるだろ!?」
「市長が『フレド殿を名誉市民に』って言ってるんだ!
表彰式の準備が……」
俺は固まった。
(……またかよ)
暖かい南の国で静かに暮らす夢は、
またしても遠のいた。
次なる逃亡先は、街外れの森にある古い洞窟。
そこなら、誰も来ないはずだ。
俺は荷物を担ぎ直し、
ため息をつきながら歩き出した。
(今度こそ、絶対に静かに暮らす……!)
――続く
(第2話 終わり)




