第八話 妹Ⅱ
「なるほど。そんな訓練をしていたのですね」
でも、僕が詳しく話したのはここ数日にあったことじゃなくて、この半年以上の中にあった訓練の事だった。
ランファに伝える事は数多くあるのだ。徒弟制度では友達が出来て、どんな訓練を行っていたか。そもそも迷宮はどんなところだったのか、久しぶりに会うランファには伝える事が沢山あったのだ。
「で、ランファはどんな生活を送っていたの? ルイザさんの下で修業を積んでいたの?」
「はい! 丁寧に教えてもらっています。ルイザさんはちょっと変わっている人ですが、お手すきの時には絵の事を教えてくれるとてもいい人です。こんな私でも対等に接してくれて、お手伝いをすればお駄賃もいただけます。まだ絵を売るような実力がない私にもとてもよくしてくれるのです!」
ランファは弾むような声を出した。
ルイザさんはこのアパートの二階に住んでいる画家である。絵を売って生計を立てており、その筋では有名らしく、パトロンも何人かいるらしい。
そんなルイザさんに師事しているランファが目指しているのも画家であり、僕が迷宮内で訓練を積んでいたようにこの半年の間ずっと絵を習いながら、弟子として必死に励んでいたようだ。
「そっか。それはよかった」
僕は胸を撫で下ろしてほっと一息ついた。
訓練を積んでいた間もランファの事はずっと気がかりだった。ここでは僕の大切な一人家族だし、両親からもランファの事は頼まれている。太陽の光に弱いランファは日常生活において不便な事が多くて、体もそれほど強くない。太陽の光を浴びると、まるで火で炙られたかのように火傷をするのである。
思い返せば、島から出た時も大変だった。
僕は薄着で済んだけど、ランファは分厚いローブで全身を隠して顔にはターバンも巻いていた。目だけを出して、それでも太陽を直接見ると目が痛むから足元だけを見て歩くのだ。先が見えないランファは凄く危なっかしいので、ずっと僕が手を引いて島から出る船に乗ったのだ。それからは揺れる船の中で船酔いと戦いながらベッドの上で休む。僕はそんなランファをずっと看病していた記憶がある。
それからミラに来ると、最初の基盤作りだ。ランファを弟子に取ってくれそうな画家を探して、ミラ中を歩き回ってようやくルイザさんを見つけたのである。
ルイザさんはこのアパートも格安で紹介してくれたので、とても感謝している。
「で、兄さん、念願の冒険者になれたのですから、これからは冒険者として活動するのですよね!」
ランファはふーふーと息を吹きかけて紅茶を冷ましながらキラキラとした目をしていた。
一足先に夢を叶えた僕に尊敬のまなざしを向けているのだ。
だけど、僕にはそれがとても眩しくて直視できなかった。
「いや、実はね――」
僕は頭をぽりぽりとかきながら、ここ数日の間に迷宮内で起こった事を簡単に告げる。
とても弱いアビリティに目覚めた事。
一人で冒険に出かけた事。
死にかけた目にあった事。
そして僕を強くしてくれる冒険者に出会ったことも、全てをランファに報告した。
ランファは物分かりがよかったので、余計な口を挟まずに僕の話をすべて聞くまで無言で頷いてくれた。死にかけた事を言った時は唇が震えていたけど。
――そして、僕は思い出す。
あの日、病室でのプリムラさんとの会話の続きを。
プリムラさんは僕に冒険者として成長する道を示してくれた。
だけどそれは、決して生易しいものではなかった。他の冒険者とは違って冒険に出かける事無く、再度見習いたちと同じように訓練を続けなければならない。
プリムラさんは強くなる方法についてこう述べていた。
――アビリティは鍛えれば強くなる。もちろんモンスターを相手にするのがお金も稼ぐことも出来るし、一番効率がいいとは思うけど君にはその力がない。だからミラの訓練場でひたすらにアビリティを使うんだよ。牛歩かも知れないけど、頑張れば確実に強くなる。
僕の遅い剣も訓練によって多少は改善するとプリムラさんは言うのだ。
でも、その訓練に問題は数多くある。
見習いの時は食事が用意されていたけど、冒険者となった僕にそんな恩遇はない。このアパートの家賃だってランファと折半なのだから、冒険者以外の方法で稼ぎながら、冒険者としての訓練も積まなくてはならないのだ。
だからプリムラさんは、普通に昼は働いて、仕事が終わってから迷宮に潜って訓練を積めばいいと言っていた。
それしか方法はないと。
「つまり兄さんはまた家に帰ってこない日々が続くのですか?」
ランファは不安そうな目をする。
彼女は人との繋がりが極端に少ない。島にいた頃は両親か兄弟だけだったし、セウに来てからは僕かランファの師匠のルイザさん、もしくはこのアパートの主人であるスーザン夫人ぐらいなので、人との繋がりが減ることを恐れるのが多い。
僕が冒険者になる為に、この宿舎には戻らないと伝えた時は一日中抱き着かれたものだ。
「大丈夫だよ。夜ご飯はここで食べるつもりだから。ここに帰ってくるのは今までよりもずっと多くなるよ」
「そうですか。なら美味しいご飯を頑張って用意します!」
ランファはとびっきりの笑顔で言った。
「うん! 楽しみにしているよ!」
「ランファもですよ。私は兄さんといられる時間が、何よりも幸せなのです。それなのに暫くほったらかしたのだから、当分は一緒にいて下さいね」
「はいはい」
「もう、本気なのに」
ランファは拗ねた様に唇を尖らせるが、その姿は小動物みたいでほんとうに可愛かった。




