第六話 悔恨
僕が目覚めたのは白いベッドの上だった。
全身に白い包帯を巻かれて、両手両足はギブスで固定されて全く動かない。僕が目覚めた事に気づいた看護師に、医者を呼ばれてすぐに体の状態を検査された。
大怪我を負ったみたいだけど、とある高名な冒険者の寄付で回復薬をふんだんに使ってくれたようでたったの数日で治るようだ。僕にはそれが誰かすぐに予想がついたけど。
どうやら僕を助けた冒険者から医者も状況を聞いたみたいで、医者からは盛大に叱られた。冒険者として自分の実力を見極めず、高い実力を持つモンスターと戦ったことは愚行だと。大怪我を負うのは冒険者として失格だと言われた。戦う時と相手を選んでこその冒険者だと、強く教え込まれた。
僕の担当の医者は元冒険者らしく、癒しの神のギフトを持つらしい。かつては有名な冒険者だったようだ。
そんな医者からの言葉だからこそ、僕の胸には強く響いた。
やっぱり僕は弱くて、冒険者の資格がないらしい。
検査が終わると高齢の看護師にオートミールを食べさせてもらい、僕はベッドの上から窓の外を見た。
石や煉瓦で造られた建物の上にある外は快晴だった。
僕がベッドの上で考える事は一つである。
冒険者として弱かった。
英雄という夢は、僕には分不相応なものなのだろう。
冒険者なら誰でも殺せるモンスターと言われているロシャ・フォルミガすら、僕には殺せなかったのだ。英雄になるどころか、冒険者にだって向いていなかったのだ。
でも、後悔はない。
幼き頃よりなりたかった冒険者を目指して、これまで必死に努力してきたのだ。訓練所での厳しい訓練にも耐えてきた。人よりも多くの訓練を自分に課したが、それでも僕には遠い夢だったのだ。
あの一瞬、少しでも英雄に近づけた事が僕にとってはよかったのだと思う。
「それでも、悔しい――!」
いや、そんな風に自分を納得させようとしたけど、やっぱり僕には無理だった。
ベッドの上でぽろぽろと涙を流し、僕は右手を強く握る。
冒険者としての才能の無さを知った。
僕は、弱かった。それだけが、僕の頭を占める。だけど、どれだけ考えても、現実は何も変わらなかった。
「――目を覚ました、って聞いたからここに来たよ!」
そんな時、僕の病室の扉を勢い良く開けたのは、プリムラさんだった。
迷宮内で見た時と同じような格好で凛々しくそこにいた。
その声はとても懐かしくて、胸が温かくなった。
「助けてくれてありがとうございます。オーガにもう一度やられていたのを助けてくれたのはプリムラさんでしょう? それにここの治療費だって出してくれた」
僕は目元の涙を隠すようにふき取りながら言った。
「うん、そうだよ。それにしても君って初めて会った時には分からなかったんだけど、思ったよりも無茶な人だね! まさかオーガにコテンパンにやられたのにも関わらず、また戦うなんて無謀が過ぎるよ!」
ベッドにいる僕に、プリムラさんは端麗な顔を近づけてくる。頬が熱くなった。
思わず惚れそうになる。
素敵な女性だと、やはり強く思うのだ。
「そうですね。僕もそう思います。すみません。もう二度としないと思います」
「いいや、君が謝る必要はないよ。オーガを逃がしたのは私たちの不手際だから」
「そう言ってくれると嬉しいです」
「それで、無茶な真似をしてまで、オーガと戦った気分はどうだった?」
「最悪ですね」
僕は正直に言った。
立派な冒険者になりたかった。
英雄になりたかった。
そして英雄になって、この世の全ての願いが叶うと言われる英雄になって――叶えたい夢があった。
その夢が途絶えたのである。
心の中が無茶苦茶になって、どうなるか分からなかった。
「そっか。そんな怪我をしたもんね――」
「いえ、違います。こんな僕の弱い力が嫌なんです。ねえ、プリムラさん――」
「何かな?」
素直に聞いてくれるプリムラさんに、僕は最初会った時に聞けなかったことを聞いた。
「アビリティが弱い僕が、英雄を目指すにはどうしたらいいでしょうか? 僕は――もっと強くなりたい。あんな理不尽なモンスターに勝てるほどの力が欲しい」
感情を吐き出した僕の目からは涙が出ていた。
悔しい。
“果たしたい夢がある”僕には、どうしても英雄を諦めるという事が出来なかった。
やはり、その気持ちだけはこの胸から消えることはなかった。
「ねえ、ティエ君は――英雄になるのに一番必要なことを知っている?」
プリムラさんの僕を見る目は優しくて、それでいて驚いたように嗤っていた。
「強いアビリティでしょうか?」
「ううん、違うよ。これはね、私の師匠から聞いたアルタイル様のことなんだけど」
「アルタイル様、ですか?」
「ああ、そうだよ。わざわざ私のパーティー名にするほど尊敬している人なんだけど、そんな私の憧れの人はこう言っていたよ。冒険者にもっとも必要なのは、英雄になるために最も必要なことは――不屈の心だと言ったんだ。大丈夫だよ。君は英雄になるために、とても大切なものを既に持っているよ。だって――まだ諦めてないんだから」
「でも、僕は――アビリティが弱いですよ?」
僕が前の冒険で知った事だ。
「ねえ、知っている? これは昔に聞いた話なんだけどアルタイル様も――アビリティが弱かったらしいんだよ。周りから冒険者の引退を薦められるほどね」
「えっ――」
僕は驚きのあまり声を失った。
アルタイルさんの事は勿論知っている。
有名な英雄の一人である。
アルタイルさんの功績は数多くあって、今もその影響は冒険者たちによく残っている。特にアルタイルさんが作ったパーティーは今でも冒険者たちに引き継がれているみたいで、『アギヤ』、『アクィラ』、『ディケファロス・アエトス』などが未だにあるらしい。
その中の一つである『アクィラ』は、ここミラで活動していると聞いている。
でも、そんな有名なアルタイルさんのアビリティが元々弱かったなんて初耳だった。
英雄の話は伝説的なエピソードのみが人々の間で広がり、そう言った些細な事は意外と広がらないのかも知れない。
「弱い? 心配ない。戦って生き残れば、いずれアビリティは“進化”するよ。どんなに弱い力でも、果てしなく努力すれば他の冒険者よりも輝ける力になると言っていた。だから――」
プリムラさんはすうーっと息を吸い込んで僕の肩を優しく抱いて、大きな声で言った。
僕は目を固く瞑って俯いたまま堪える。
「君には“英雄の資格”がちゃんとあると思う。だって君は一度負けたオーガにすぐに“勇気”を持って立ち向かったんだから。そんなのは誰にだって出来るわけじゃない。私の師匠が言っていたんだけど、どんな強敵にも立ち向かっていけるのは、冒険者にとって最大の“才能”だって!」
「そんなこと――」
プリムラさんの言葉を聞いた時、僕は未来への期待に体が思わずぶるっと震えた。
「大丈夫だよ。きっと君は強くなる――」
――ここから全てが始まるのだ。
冒険者としての僕の人生が。
英雄への第一歩が。




