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美人な師匠の愛が重い  作者: 乙黒


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第四話 迷宮

 最後の冒険に挑むからこそ、この日の為に僕は準備をした。

 剣も買った。ショートソードである。これの為に親から貰った軍資金の殆どを費やしたので、鎧は粗末な革の胸当てしか買えなかった。

 残念ながら高価な回復薬など買えるわけもなく、剣と鎧だけで僕は迷宮――ミラに挑むこととなる。

 買った剣は腰に釣るし、貰った剣は背中に担いだ。


 ミラは横に大きく広かったダンジョンで、上を見上げれば太陽と見間違えるほどの明かりが僕たちを照らしている。それは迷宮の一般的なイメージである閉塞的で、一般的な暗い迷宮内と比べると全く違う。


 僕は無限と思えるほど高い天井に輝いている太陽なものを見つめた。よくよく観察してみると、それは大きな水晶体だった。また太陽の周りは空のように青い。まるで外の光景と瓜二つだった。


 僕は迷宮に降りてすぐにある訓練場から、柵で区切られた先を見渡した。背の高い木々などに包まれた原生林が広がっていた。人の手が殆ど加わっていないので人が通るための道など整備されておらず、鬱蒼うっそうと生い茂っている。

 反対側は草原が広がっていて見通しがいいんだけど、あえて僕は密林を選んだ。


 理由は簡単だ。

 高い木々が生い茂っている密林は死角が多く、視界もよくはないが、それは相手にとっても同じ。いざという時にすぐに逃げられるようにあえて木々が多い場所を選んだのだ。

 視界が開けている草原で逃げたとしても、僕の足だとすぐにモンスターに捕まってしまうと思ったから。


 だけど、奇襲を受ける可能性もあるので常に気を張っていなくてはならない。

 そこだけがネックだけど。

 また空には鳥のようなモンスターが何体も飛んでおり、遠くにはモンスターと思えるような大きな声が聞こえてくる。遠吠えだろう。幾度となく訓練場で聞いた声とよく似ていたので、怯えは感じなかった。


このように、ミラは――地上のようなダンジョンと言っていい。

 僕は今日、初めて冒険者として、この先の密林の中に入るのである。

 訓練場の中から幾度となく見つめながらも、決して入ることのなかった領域に一人で入る。

 僕の心臓は期待と不安と興奮で高鳴っていた。


そんな場所に足を踏み入れるのは僕だけではなく、多くの冒険者も同じである。モンスターを狩りに、練場の東西南北に広がる門番によって守られた四つの門を行く多くの冒険者が通るのだ。


彼らはとても冒険者らしい姿をしていた。鎧を着て、武器を持っているのだ。顔つきも厳しく、傷跡がある冒険者も少なくはない。


 出て行く者たちはたくましい顔をしながら通り、帰ってくる者は疲れた表情をしながらもぱんぱんに膨れ上がったポーチを付けている。死んだモンスターを引きずっている冒険者さえいた。


 彼らのような冒険者に、僕は憧れたのだ。

 これから僕はあんな冒険者になりに行くと言うのに、彼らの姿を見ると思わず建物の影に隠れてしまう。


 まるで自分がしてはいけないことをしているような気分になる。

 でも、僕は胸の部分の鎧の下に付けたバッジがある。これは冒険者として認められた証拠である。こんなバッジが無くても迷宮に潜ることはできるが、おすすめなどされない。門番からは柔らかく止められるのだ。


 訓練場から一歩出れば、只人など危険なモンスターの餌でしかないのだ。

 武器を持っていても脆弱な人間はモンスターを対処できない。出来るのは、強力なアビリティを持つ冒険者だけだ。


 だから僕も止められた。

 他の冒険者がいない時に門を通ろうとすると、門番から声をかけられた。


「本当に君は一人でこの先に行くのかい?」


 どうやら彼は僕の事を心配しているようだ。

 そんな門番を安心させるように言う。


「はい。ちょっとそこまで迷宮の様子を見に行きたくて。すぐに戻ってきます」


「そうかい。気を付けるんだよ。迷宮は危険だからね」


「分かりました」


 僕は元気に返事をして、森の中に入って行った。

 そこは太陽の光が遮られた暗い場所だった。訓練場にあった乾いたグラウンドと比べると、ぬかるんだ地面はクッションのように柔らかい。故郷にある山とよく似ていた。


 だけど、僕の知っている森とは違い、ダンジョンにある森に虫の気配はない。それどころか普通の感じられる生き物の気配が、このダンジョンだと全く感じなかった。


 僕がこの冒険で狙っているモンスターは、『ロシャ・フォルミガ』と言われる蟻によく似たモンスターである。

 体は大きく三つに分かれており、手足は六本。力が強く、顎が強靭で、黒い目が恐ろしく怖いモンスターだ。


 ただ地上に多く存在する蟻は踏み潰せるほどに小さいが、ダンジョンにいる『ロシャ・フォルミガ』はそうではない。体長が六十センチほどもあるのだ。大きな個体である。


 人にとって踏み潰せるような存在ではなく、時には指を噛み千切られる事さえある。とはいえ、ロシャ・フォルミガに殺されるような冒険者はほとんどいない。彼らの甲殻は固いが、刃が通るほどの固さであり、刃を突き立てる事さえできれば簡単に殺せるというのだ。


 つまり、この剣の刃が通れば僕にだって殺せるという事だ。

 アビリティが使い物にならなくたって、モンスターの一匹でも殺せたら僕は立派な冒険者になることが出来る。


 その事が分かればどこかのパーティーに入れてもらうことだってできる筈なんだ。僕はそんなことを考えながら森の中を歩く。ロシャ・フォルミガを探すのである。まるで草根を分けて探すかのように。



 ◆◆◆



 こうして僕は一人で迷宮に潜ることになった。

 そして現在、オーガに追いかけられることとなった。

 僕にとって勝てるわけのないオーガ相手に、必死になって逃げるしか手がないのである。


 僕は命からがらオーガの振るう拳から身を捩って避けながら、必死になって自分の命が後どれぐらいか、必死になって考えている。

 

 分かっていた事だった。

 熟練の冒険者になろうと思えば、強力なアビリティを得た上で更に努力して腕を磨くしかない。


英雄になろうと思えば、より厳しいふるいにかけられる。

他の冒険者よりも強いアビリティを持たなければ、より深い場所にいる凶悪なモンスターを倒せないからだ。


 僕の持っているアビリティなんて、些細な抵抗にもなりやしない。

 現に今の僕の攻撃は、オーガへの目くらましにもなっていなかった。


 木々の隙間を縫って逃げる僕は、前のみを見ていたせいで足元がおろそかになっていた。

 僕の体が宙に浮いた。

 体が動かなくなった。

 視線を下に向ける。


 そうやってようやくわかった。

 僕は石につまづいてこけたのである。

 腐葉土に頭から突っ込んだ僕は低い鼻声が聞こえると、ゆっくりと振り返るのだ。

 ぎょろりとした大きな目が僕を射抜いていた。


 オーガが大きな雄たけびを上げた。

 僕の体がこわばる。

 まずい。

 死んだ。


 僕が愚かだった。

 英雄に憧れたからだ。

 弱いアビリティに目覚めた時点で、そんな絵空事は諦めてもっと身の丈にあった夢を見るべきだったのだ。

 

 オーガが大きな拳を振りかぶった。

 身体に力が入ってこわばってしまう。逃げる事もままならない。

 ああ、これで終わりなのか。

 くそっ――


「ふふん! 心配しなくていいよ! 君は私が助けるから!」


 その声と共に、“空”から流星のように人が振ってきた。


「『星のごとき一撃エスカトレッラ・カデンチェ』!!」


 艶やかな声を持つ彼女は輝く剣を持ち、オーガの後ろへと落ちた。

 彼女のあとをキラキラとした粒子が舞う。まるでそれは空から降り注ぐ星々のようだった。


 オーガはそのまま拳を僕に振るおうとするが、それは叶わない。オーガの正中線に赤い線が奔っていたからだ。

 その直後、オーガの体が左右にずれる。あまりにも切れ味のいい剣の為、オーガは斬られた事に気づいていなかったのだ。

 オーガは真っ二つになって地面に倒れた。赤い血が腐葉土の上に広がった。


「生きているようだね、よかったよ!」


 彼女は僕に手を差し伸べた。

 オーガの後ろから現れたのは、夜空に輝く星と見間違うほど輝いている女性だった。


 彼女はまだ穢れも知らない少女のようでいて、蠱惑的な魅力に満ち溢れた美しい。

 豊かで長い艶やかな黒髪は夜空ととてもよく似ている。白い肌は大きな月と見間違うほどだ。青い瞳は一等星のように光っている。

 

 その身に纏うのは白い鎧だ。しなやかに伸びる四肢を隠しており、首から下を白く染めている。けれども主張が強いのは、彼女の女性らしいラインである。とても魅力的な体つきをしていた。


 そんな彼女は輝く白銀の剣を持ち、まるで星の欠片を操るかのように刃にはきらきらとした粒子を纏わせている。


 彼女の事を僕は知っていた。

 ここセウにおいて、彼女ほど有名な冒険者はいない。きっと誰もが知っているだろう。


 ――プリムラ、という。


 ミラにおいてトップパーティーの一つ『アルタイル』に所属する冒険者であり、現在ミラで最も強い実力を持つ冒険者の一人と評される。

 英雄にも近い冒険者と言われることさえあるような人だ。


「それにしても悪かったね。私達が取り逃したモンスター達の一匹がまさか君のような冒険者を襲っているとは思わなかったよ。新しいメンバーを入れて迷宮探索に失敗しちゃったから、かな?」


 彼女はほっと安心したかのように胸を撫で下ろす。

 僕は命が助かったのに、まだ体が震えていた。

 だけど、英雄に近い彼女に僕は憧れていた。彼女こそ、僕の夢を体現している冒険者の一人なのだ。


「あ、あのっ!」


 きっとその時の声は僕が出た中で一番大きかったと思う。


「うん、何だい? 今の状況の説明?」


「い、いえ……」


 そう言った時、遠くから爆発音が聞こえた。

 爆風が僕の頬を撫でる。


「ありゃりゃ、あれはミカがギフトを使ったのかな?」


 彼女はとても楽しそうな顔で遠くを眺めている。


「あのっ!」


「悪いけど、まだオーガが残っているようだから私は行くね! 冒険を頑張ってね! 新人冒険者さん!」


「あっ――」


「『流星メテオル』!!」


 プリムラさんの艶やかな声が聞こえたかと思うと、彼女は白い光の帯を出しながら空中へと戻って行った。

せっかく希代の冒険者に会ったことに、僕の胸はどきどきとしていた。


「――プリムラさん。僕はどうやったら強くなれますか? アビリティが弱い僕は、冒険者を辞めた方がいいでしょうか? それともこんな僕でも強くなれますか? 立派な冒険者になれますか? 例えばあなたのように人を救えるほど強い冒険者になって、やがては英雄に――」


 まるで物語の主人公のように、数多くのモンスターを倒して、人々から讃えられる冒険者に。

 僕は空に消えていったプリムラさんに、そんなことを尋ねた。

 だが、答えは帰ってこない。

 もう彼女の姿はどこにもないからだ。


 オーガがこんな場所に現れている今の状況は、本来ならここで迷宮探索をやめて別の時間に改めて冒険をするのが冒険者の正しい姿だろう。

だけど、もしそうすればもう一度冒険者として挑戦することが出来ず、諦めてしまいそうな気がしたから。冒険者を諦めるのが正しい選択なのだと思って諦めてしまいそうな気がしたから。


 だから、どうにも僕はここで冒険をやめるという選択肢が選べなかった。

 諦めが悪いのかも知れない。

 まだ夢を見ていたいのかも知れない。

プリムラさんに出会ったことで、この胸に微熱がまだ灯ったから。


 何かきっかけさえあれば――僕のアビリティに変化があって、本当は強いアビリティだと証明できるかもしれない。

 そんな夢を追い求めながら、僕は当初の目的である『ロシャ・フォルミガ』を探す。


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