第四十三話 成長
次の日、昼から僕たちはミラと呼ばれるダンジョンに潜っていた。
いつものように見上げると、太陽と見間違えるほどに大きな水晶体が輝いている。これが僕たちの行く手を照らすのだが、それは決して沈むことがない太陽のようにミラでは夜になる事がない。
この日、僕たちが冒険するのは草原だ。
前回はハト・デンテだったので、今度は大きな蟻型のモンスターであるロシャ・フォルミガを倒すのだ。
僕は背中に背負っている剣ではなく、持っている剣だけにアビリティ――『空の剣』の光の粒子を纏わす。
久しぶりのロシャ・フォルミガだ。自分の攻撃がどこまでロシャ・フォルミガに通じるのか試したいのだ。
「おや、やる気だね!」
「はい! 新しい技を試したいんです。練習でやっと物にしましたから!」
エンリケさんに僕は力を誇示するように剣を上げた。
以前にハト・デンテに致命傷を与えた“突き”の事だ。あれがロシャ・フォルミガに通じるかどうか試したいのである。
「いいよ。じゃあ、最初の一体だし、ちょっと予定を変えてティエ君のサポートを私たちがするよ」
「ありがとうございます!」
僕はエンリケさんの提案に嬉しくなった。
何度も練習した。初めて実戦で使うので、早く使いたくて体が疼くのだ。
「あっちにいました!」
そんな会話をしている時に、遠くを見つめていたリーリオさんがモンスターを見つけてくれた。
「よしっ、じゃあ、皆、行くぞっ!」
普段なら最も遅く行動し、モンスターのとどめ役をすることが多いエンリケさんがこの日は僕のサポートの為に特別に先に突っ込んでくれた。
だけど敵に最初に到着するのはエドワードさんだ。彼は『大山猫の爪』を使って、足が猫のようになって移動速度が速い。その勢いのまま真っ正面からロシャ・フォルミガの頭を叩く。
「チッーー」
だけど、金属が当たった時のような甲高い音がなるだけで、致命傷にはならなかった。
「じゃあ、私たちの出番だね」
エンリケさんは剣に『刃』を施し、斬れ味を上げる。そのまま足を切断するが、ロシャ・フォルミガに逃げられた成果根元から切断することは叶わなかった。だが、確実に機動力は減っている。
そんなエンリケさんに続くように、他の仲間達も次々にロシャ・フォルミガへと攻撃していく。その姿は手慣れていた。もう何度も倒しているのだ。当然だった。だけど、エンリケさん以外に、ロシャ・フォルミガにまともにダメージを与えられる仲間はやはりいなかった。
ここはやはり僕が――!
そんな思いを抱えながら、僕はロシャ・フォルミガへと突っ込む。
手に力を込める。剣の持ち方は変えるのだ。まるで柄を指で掴むように持つのだ。そのままロシャ・フォルミガへと真っすぐに剣を突き出すのだ。
「槍の如き一撃!」
真っすぐ剣を突き出すことによって、『空の剣』によって動かす剣の動きを単純にし、僕の身体の動きも単純にする。そうやって、二つの動きを一つに合わせるのだ。
僕の一撃は、ロシャ・フォルミガの胴体を貫いた。これまでエンリケさんしか出来なかったことを、僕が行ったのだ。
胴体を貫いた瞬間に、思わず僕の表情が緩んだ。
「やりました!」
遠くでリーリオさんの嬉しそうな声が聞こえる。
「今だっ! 畳み掛けるんだっ!」
エンリケさんは僕が開けた風穴に、他の仲間達も攻撃するように指示を出す。実際に僕の開けた傷を目がけて剣を突き出すのだ。エンリケさんは僕が作った傷からより大きな傷を作っていた。
「まだまだぁ!」
先ほどの攻撃を行ったとしても、僕のパーティー内での役割は終わらない。今度は剣を浮かして攻撃することによって、ロシャ・フォルミガの意識を散らすのだ。そうすることによって、他の仲間達が攻撃できる瞬間を作る。それから暫くして、仲間達の攻撃によって僕たちはロシャ・フォルミガを倒すことが出来た。
「凄いぞ! ティエ君! 君は本当に凄い!」
モンスターに勝ったと同時にエンリケさんが僕を褒めてくれた。それだけで凄い気恥ずかしい気持ちに僕はなる。
「皆のおかげです!」
だから僕にはこうとしか言えなかった。
「いいや、君の力だ! これで私のパーティーはまた一つ強くなった!」
エンリケさんはとても嬉しそうだった。僕が強くなることを、パーティーが強くなることを。
「僕はもっと強くなる予定です! だから――」
「――分かっている! 私ももっと強くなるよ! 『ブロート』はこれからもっと強くなれるよ! それをティエ君が証明したんだ!」
僕たちはこの勝利を分かち合った。
でも、冒険はこれからも終わらない。今日の冒険はこれからが本番なのだ。本日の冒険はロシャ・フォルミガを倒せるかどうかなのではなく、それは当たり前だ。本日の目的はどれだけロシャ・フォルミガを効率よく倒せるか、ハト・デンテと比べて、どちらの方がカルヴァオンを、お金を稼げるかが本日の目的なのだ。
それからも僕たちのロシャ・フォルミガ討伐は続く。
僕の役割は、ロシャ・フォルミガに致命傷を与える事も役割も一つだが、やはり『空の剣』の利点を活かすことが僕の最大の仕事の一つだ。
僕の剣は、四本の剣を空中に浮かして、多方向から攻撃をすることが出来る。もちろん、威力は僕のただただ振るう剣と同じく無力だけど、それども油断すれば致命傷を与える事が出来る、と思わせるような攻撃だ。無視することは出来ない。
それから仲間が攻撃するための隙を作り、エンリケさんが攻撃する隙、またさらに仲間達が追撃することによって、僕の槍の如き一撃を使って、モンスターへと致命傷を与える攻撃をするのである。
この日は、全部で六体のロシャ・フォルミガを倒すことが出来た。僕たちのパーティーにとっては快挙である。これまで一体、あるいは二体、頑張っても三体程しか倒せなかった最弱パーティーの一つである僕たちの『ブロート』が、いきなり六体のモンスターを倒すことが出来たのだ。
「これはほくほくだね。一人一つほどのカルヴァオンの収入がある」
その日、冒険を終えた僕たちは、冒険者組合でカルヴァオンの売却を行ってからほくほくとした顔で帰り道についていた。
「これは凄い稼ぎですね! だって、久しぶりにちゃんとした収入があります!」
リーリオさんは帰り道で嬉しそうに言った。
それもそうだ。これまでの冒険で得られたカルヴァオンだと、命を賭けた冒険であってもロシャ・フォルミガを一体か二体ほどの収入なら、六人で分けると一食分の外食のお金にも満たない。
それなのに、今日はロシャ・フォルミガを一体倒すだけで、三日分の外食での夕食程のお金はあるのだ。
これはかなりの稼ぎだ。
これまで趣味程度の稼ぎが、やっと時間分の収入を得る事が出来たのである。この収入を時間分行う事が出来れば、バイトもしなくてよくなるほどだ。早くそうなりたいのが僕の本音である。
「この調子を続けて、もっと稼ぎを得たら、私たちは新しい装備を得る事が出来る。そうすれば、もっと挑戦が出来るんだ。今日は安全の為に早めに冒険を切り上げたけど、次はもっと長い時間冒険を行ってもいいかもしれない。」
エンリケさんは野心ある目で、そんな事を言っていた。
僕の気持ちも一緒だ。
今日も二時間ほどの冒険で6体のモンスターを倒すことが出来た。今度は三時間の冒険を行う事を僕たちの目標としている。そうなれば、モンスターに出会う運などに違いはあるかもしれないけど、単純計算で9体のモンスターを倒すことが出来る。そうなれば、今日の収入よりも1.5倍の収入だ。これは破格の収入だ。と言っても、長時間働く僕の一日のバイト代の方が収入は大きいけど。
「はあ、冒険者、やめようかな?」
「やめろよ。そんなこと言うなよ! もうちょっと頑張ろうぜ」
そんな時、冒険者組合を出ようとする僕たちの横で、落ち込んだ顔をして話している四人ほどのパーティーがいた。
次の冒険が今にも楽しくなっている僕たちの声を、黙らしてしまうほどの悲壮感が漂っているパーティーだ。
「だって、今日の冒険、ロシャ・フォルミガの次のモンスター、『フォーゴ・ラガルト』と戦ったじゃん?」
『フォーゴ・ラガルト』とは、簡単に言えば、火を吹く蜥蜴である。その大きさはやはり体長一メートル程度と、『ロシャ・フォルミガ』とそう変わりはしない。単純な強さも『ロシャ・フォルミガ』とそう変わりはしないが、『フォーゴ・ラガルト』は火を吹くのである。その特殊能力に戸惑い、敗北する初心者冒険者は多いと聞く。
「そうだな」
「で、負けたじゃん?」
「残念ながらな」
「勝てると思っていたけど、火に怯えてしまってさー、オレ、冒険者向いてないと思っちゃうんだよね。これから先、もっと強いモンスター、例えば龍みたいなモンスターと戦う事になったら、腰が抜けて戦えないと思うんだよ」
『フォーゴ・ラガルト』は、別名小さな龍と呼ばれている。その理由としては、一般的に存在するドラゴンと非常に容姿が似ているからだ。そして火も吐くことも多くの龍の特徴であり、『フォーゴ・ラガルト』も小さな火を吐くことが出来る。
「あー、それ、分かる」
「俺らの同期には、腕喰われたってやつもいれば、もう迷宮から帰ってこない人もいるしさー、これからも続ける事が出来るのかな?」
「……ちょっと、疑問だな」
僕たちは彼らとは違う道を進んだから、それ以降の会話は聞こえなかった。
彼らの冒険に対する会話を聞いてから、まるで日が落ちたかのように『ブロート』の全員が誰も喋らなかった。彼らの会話に一理思う事があったのである。
フォーゴ・ラガルトは、僕たちのパーティーの次の獲物として狙っていたモンスターの一つだ。彼らは勝てなかったのである。それに対して、エンリケさんが素直に思ったことを言う。
「彼らのパーティーはオレと同期でね、あの心が折れていた子は、私よりもいいアビリティだったよ。短槍を加速するアビリティで、同期で最も強いとされていたんだ。あんな奴でも……はあ」
エンリケさんは深いため息を放った。
気持ちはよく分かる。
冒険者は、選ばれた人間にしか出来ない職業だ。モンスターを倒す、ということは並大抵の事じゃない。強力なアビリティやギフトを持ち、モンスターと戦える精神性を持ち、それでいて向上心を持たなければならない。
どんな英雄も最初は小さな一歩からと言うけれど、その一歩は今の僕たちよりも遥かに大きな一歩だ。
「でも、頑張るしかないですよね――」
僕の言葉には諦観が混じっていた。
人と比べても仕方がないのだ。
弱い僕たちは、必死になって足掻くしかない。冒険者を続けるのには、それしか方法がないのである。
「そうだね。私もそう思うよ」
エンリケさんは深いため息をつく。




