第三話 卒業
徒弟制度の卒業の日は、ほどなくして僕に訪れた。
あれからもう二週間も経っている。
その間にアビリティやギフトに目覚めた冒険者見習いは、別の教官となった冒険者から迷宮について学ぶのである。主にこれから冒険するだろうミラの迷宮についてだ。
冒険者を辞める人たちにとっては効く必要のない講義であり、期待の出来ないアビリティに目覚めた者は既にこの場にはいない。もう冒険者見習いを辞めて、これから先の職業の事を考えるのだ。
ある者はミラで定職につき、ある者は別の都市へと仕事を探しに行く。夢破れて故郷に帰る者だっているだろう。
僕だって、故郷に帰る選択肢もあるのだ。
旅立つ前の家族の言葉を思い出す。
それはとても温かなもので、故郷より遠く離れた土地で僕が頑張れる理由の一つだ。
「――跡取りになりたかったら待っているぞ」
「――いつでも帰って来てもいいのよ」
「――おにいちゃん、頑張ってね」
父、母、弟などの言葉を思い出す。
きっと今日帰っても僕は家族に歓迎されるだろう。
これまであった事を語っても、「頑張ったな」と言ってくれるはずだ。そして父の職業である漁師を継ぐ。そんな選択肢もある筈なのだ。それが僕にとって正しい選択肢であり、選ぶべき道の筈だ。
でも、僕はどうしてもそれを選ぶ気にはなれなかった。
きっと未だに“英雄”なるという夢が捨てきれないのだと思う。
弱いアビリティに目覚めた僕には到底無理な夢の筈なのに。
「――さて、君たちはこれより正式に冒険者となる。迷宮は危険なところだ。気を付けて冒険に励みたまえ!」
教官の激励と共に、卒業式は終わった。
冒険者“見習い”を卒業した僕たちは、冒険者組合から卒業証書と共にドッグタグを受け取る。首から下げられるドッグタグは一人前の冒険者と認められた証であり、この国にある他の迷宮に挑めることも出来るのだ。
ミラで冒険者として認められた多くの冒険者はそのままミラで活動するが、中には別の都市に移動して自分の実力を試す者もいる。はたまたミラで長年活動してから他の都市に移動する者もいるので、そんな彼らに対する配慮だろう。
卒業した僕たちは一人前の冒険者となるが、まだまだ駆け出しだ。
ほとんどの冒険者がちゃんとした武器を持っていないので、組合から粗末な鉄の剣を支給される。
ミラで活動する冒険者の最初の武器である。
僕もそんな剣を受け取って、ミラの卒業式を終えた。
僕は卒業式が行われた訓練場――以前にレイチェルとアビリティを見せ合った場所の端で、僕は一人で他の元見習いたちの様子を眺めていた。
卒業前にパーティーを組めなかった僕に居場所はない。
彼らの殆どが、アビリティやギフトに目覚めてから、新人同士でパーティーを組むのだ。パーティーを組んだ者同士で集まり、徒弟制度を卒業できたことを互いに喜んでいる。
数多くいる元見習いの中で、唯一中堅のパーティーに入ることが出来たレイチェルは、その中でも多くの元見習いに囲まれていた。
この中にレイチェルとパーティーを組む者はいなくても、優秀な冒険者である彼女と繋がりを持ちたい者は多い。
優秀な冒険者との繋がりは、強力なコネとなるのだ。
レイチェルとのコネは中堅の冒険者と繋がり、より上の冒険者とつながる。それを喉から手が出るほど欲しい冒険者も多いのだろう。
そんな光景を、肩ひじをつきながらあぐらで眺めていると、隣に大きな男が座った。
彼はよっこいしょ、とわざわざ言うのだ。
「ティエよ」
彼の名前はカラコゥと言う。
スキンヘッドでサングラスを被った男だ。ごつくて大きな体をしており、顔はいかつい。右頬に線のような傷がある。
カラコゥは僕の教官だった熟練の冒険者の一人であり、僕にとって最も長く接した冒険者だった。
以前に別の職業を探すように言ったのもカラコゥだ。
「何ですか?」
「いや、これからどうするのかな、と気になったのだよ」
「……そんなに僕の事が心配ですか?」
もしかしたら僕の声は厳しかったのかも知れない。
冒険者として弱いアビリティに目覚めた者の中で、ここにいるのは僕だけだ。冒険者としてやっていける僕を心配するのは、元教官としては当然なのかもしれない。
「そうかも知れないな」
「……冒険者として、お眼鏡にかなわないからですか?」
「そうじゃない。君の将来がね、楽しみになっただけだよ。この世の中にある職業は、冒険者とそれ以外じゃない。多くの職業がある。その中で君はどんな職業に着くのか私は知りたいのだ」
「そうですか」
冒険者以外の職業など、僕は考えた事はない。
僕の夢は昔から変わらなかった。
冒険者になって、英雄になる。
それだけだ。
「羨ましいよ。君には無限の未来がある。私にはないものだからね」
その中で唯一僕は、僕が望む英雄にはなれないのだ。
そう思うとどうしても気分が滅入ってしまう。
「はあ」
「でも、どうして君はこの式に出たんだい? すぐに他の道を探すという選択肢もあった筈なのに」
爽やかな顔をして言う教官に、僕は数十秒考えてからこう言った。
「もしかしたら心の奥底で、僕は冒険者になりたいという気持ちが少しだけ残っているのかも知れません」
だから――
「……君はここまで厳しい訓練に耐えたんだ。それも当然かもしれないね」
教官は曖昧に微笑んだ。
「だから、僕は最後に一度だけ冒険者として迷宮に潜ってみたいのです」
夢を捨てきれないから、捨てる前に一度だけ夢の舞台に立ちたいのかも知れない。
「パーティーは、いるのかい?」
「いません」
「一人で潜るのはとても危険だよ」
「知っています。でも思い出作りです。ここの近くにしか行かない予定です」
「そうかい。気を付けて行くんだよ」
「ええ、分かっています」
教官の言葉に頷いた僕は、足ばやに訓練場から去って行く。
最初で最後の冒険に挑むということで、僕の胸は期待と不安でいっぱいだった。でも準備が数多くいるのだ。武器もそろえなければいけないし、薬も買わなければいけない。最後の冒険だからこそ、僕はちゃんとした冒険がしたかった。例えモンスターが一匹とて殺すことができないとしても。




