第三十九話 決戦Ⅱ
最初に『ハト・デンテ』へとたどり着いたのが、最も足が速いエドワードさんである。『大山猫の爪』を活かし、大きく空中へと飛んだ。その勢いのまま、『ハト・デンテ』の頭をかち割ろうとしたのだが、『ハト・デンテ』は簡単に避ける。
どうやら動きは俊敏なようだ。
次に辿り着いたのが、ベンハミンさん、スティファーさんだ。そしてエンリケさんも当然ながら『ハト・デンテ』に辿り着いている。
三人はそれぞれ思い思いのアビリティで、『ハト・デンテ』に攻撃する。酸方向から襲われた『ハト・デンテ』は逃げ切れない。もっとも危険であったエンリケさんの攻撃のみを避け、他の二人はその身に食らった。だが、固い毛におおわれた体に守られて、少ししか切れなかった。
「いけるぞ! こいつは柔らかいっ!」
ベンハミンさんが叫んだ。
『血の霜』というモンスターを斬らなければ威力が上がらないアビリティであるが、『ロシャ・フォルミガ』を少し切っただけの攻撃力で『ハト・デンテ』は切れたのだから『ロシャ・フォルミガ』よりは防御が甘いと思ったのである。
「確カニソウダナ!」
エドワードさんも攻撃が避けられた後、すぐに地面を素早く蹴って『ハト・デンテ』に突撃する。その勢いに乗った剣は『ハト・デンテ』を浅く斬り裂いた。だけど、まだ威力が足りない。
そんな彼らを見て、僕はすぐに立ち上がった。
「大丈夫?」
もちろん、同じように倒れていたリーリオさんの手を付かんで立ち上がらせることは忘れない。
「私は大丈夫ですっ! ティエさんは、怪我はないですか?」
「ないよっ! 全然戦えるよ――」
僕はリーリオさんが無事な事を確認すると、仲間達が戦っている『ハト・デンテ』を見据えた。
僕も戦う敵だからだ。
「サポートしますねっ!」
リーリオさんはすぐに風のギフトを僕にかけてくれる。
より早く『ハト・デンテ』に近づける気がした。
「言って来る!」
「頑張ってくださいっ!」
僕はハト・デンテへと大きく足を駆け出しながら、『空の剣』でハト・デンテにその刃を伸ばす。剣の力は僕の普通に振るうのと威力は変わりはしない。だから固い毛に阻まれていて毛しか着る事ができない。その皮膚まで届かない。
勝つためには手に持っている刃じゃないと。
自然に持っている剣に力が入った。
まだ本番は試していない。迷宮で振るうアビリティを混合させた全力の一撃がどうなるかも、僕には全く分からなかった。
でも! 試さないと次には進まないんだ!
「行くぞっ!」
僕は集中する。
この体を動かす力と、『空の剣』を纏わせた剣の動きを連動させることを。
僕は剣を上へと振り上げた。昨日の晩に唯一にして最も練習した剣である。昨日の勘を剣に宿したまま、僕は剣を振り下ろした。
だが――剣は、ハト・デンテに当たる前に止まった。僕の身体の動きに『空の剣』が付いて来なかったのだ。
「駄目かっ!」
そんな落胆の声が僕から出ると共に、激しく振られたハト・デンテのお尻に僕は飛ばされた。ダメージはない。だが、体が大きく揺らいでしまった。後ろによろめいた尻もちをついてしまう。
「大丈夫か?」
エンリケさんの心配に、
「大丈夫です! ダメージはありません!」
僕はすぐに答えた。
もう一度先ほどの攻撃をするために立ち上がった。
仲間達は今もハト・デンテへと攻撃している。
ブロートさんは徐々に『刃』で確実にハト・デンテへ傷を作っていく。他の仲間達もそうだ。僕たちの誰も、殆どダメージを負っていない。皆で波状攻撃を行うことで攻撃を受ける者を分散させて、誰かが重点的に狙われないようにしているのだ。
これまでの冒険で学んだことだった。
これなら――何度でも試せる、僕は次のステップアップの為に、そう強く思った。もちろん、浮かせている剣で攻撃するのも忘れはしない。
立ち上がった僕は、ハト・デンテへともう一度、昨日の動きを試すのだ。
「今度こそっ!」
今度の剣はハト・デンテへと当たった。だけど、今度は普通に振るうよりも遅かった。固い毛に阻まれて何も切れない。失敗だった。
ハト・デンテは他の仲間の攻撃に体を振って対処している。このまま、もう一度剣を振れそうだった。
「何度でもっ!」
今度の剣も失敗だった。
先ほどの動きを学習して、剣の動きに反映したところ、アビリティの剣の軌道と体の動きが合わなかったのだ。理由は分からない。もしかしたら僕の気持ちが先行し過ぎて、体の使い方が少し違ったからかもしれない。
だけど、まだチャンスはある。もう一度僕が剣を振るえば、ハト・デンテへの攻撃は間に合う。
ふーっ!
だが、そんな僕の思いとは裏腹に、ハト・デンテは深く鼻を鳴らした。そして、狙ったのが――僕だった。
その時は僕は既に、剣を振り下ろしていた。アビリティをまじえた一撃である。
そんな攻撃中の僕は、無防備な状態ながら真正面からハト・デンテの突進を受ける事となる。
「ティエ君っ!」
エンリケさんが僕を心配して、名前を呼んだ。それと共に仲間達がハト・デンテの動きを制限してくれる。
ハト・デンテの動きが一瞬、鈍くなった。僕の剣は空振りしたけど、次の一手を打つことが出来た。完璧に避ける事は間に合わない。体の軸をずらす事だけに集中する。ハト・デンテの最も危険な角だけを避けるのだ。
僕の無防備な体は当然ながらハト・デンテの突進を喰らう。だけど、角だけは避けられた。僕はそのまま地面に横たわる。すぐに立ち上がろうとしたが、それよりも前にハト・デンテが僕の身体を踏みつけるように押さえて来た。
――動かせない。
僕は必死になって体を動かすが、遥かに重たいハト・デンテが前足で左肩を踏みつける事により、体は全く動かなかった。
ハト・デンテの牙が僕に向く。
「ティエ君っ!」
エンリケさんが叫ぶ。
仲間の誰もが僕を救おうとしたのだ。
ハト・デンテに剣を突き立て、その場から退かせようとするが、ハトデンテは体を揺らして剣を払い、仲間を退かすだけでどちらも致命傷にはならず僕の身体はその場に押さえつけられたままだ。
そんな僕は必死になってハト・デンテから逃れようとして体を捩り、手元にある剣や浮かせている剣をハト・デンテへとぶつけた。仲間の手助けに、僕がここから逃げられるように。
だが、僕の身体はその場から離れる事はなかった。
ハト・デンテに押さえつけられたままだ。
僕の目には鋭い牙を見せるハト・デンテの下顎のみが見える。もし仲間達がハト・デンテへの攻撃が止んだら、あの牙が自分の首を噛み千切るのだろう、という恐ろしい未来が想像できた。
それなのに、不思議と僕は嗤っていた。何故だかハト・デンテの無防備な下あごが見えたからだ。
ここだ――、と僕は思った。
僕が見る限り、下あごの毛は薄い。あの場所に剣を伸ばせばハト・デンテに致命傷を負わせることが出来る、という想像が僕の脳裏に浮かんだ。
だから体を必死になって動かすが、ハト・デンテの足から逃れる事は出来ない。もし立って、昨日散々練習した動きをアビリティと重ねる事が出来れば、ハト・デンテを一撃で倒せるかも知れないのに。
「――人の身体の動きは複雑です」
そんな時、僕の脳裏にランファの言葉が蘇った。
振り下ろしの剣の動きは複雑だと、ランファは見た感想を述べていた。絵という一瞬の場面を切り取るのが仕事の彼女が言う事だ。僕はそれを真実だと信じている。
複雑な動きを寸分違わずに合わせるから、僕のアビリティは体の動きとずっと合っていない。
そんな考えが頭に浮かんだ時、ある一つの“アイディア”を閃いた。
もっと簡単な動きなら、体とアビリティの動きが合うのではないか、という事を思ったのだ。例えば絵なら複雑な円ではなく、真っすぐな直線である。僕がそれを再現することが出来れば。
僕は土壇場で、剣の持ち方を変える。まるで指だけでつまむように剣を持つのだ。体の動きはシンプルに剣のみに集中する。イメージするのは、単なる“真っすぐな突き”。『空の剣』で描く軌跡は地から空に伸びる真っすぐな直線。
「いっけえええええ!」
僕は剣をまっすぐに押し出した。それと共に『空の剣』でも全力で押した。
その時――初めて全力の僕の身体と、全力の『空の剣』が“噛み合った”。
僕の剣は、隙のあるハト・デンテの下顎を貫いた。剣が深く刺さり、僕の手から離れる。
ハト・デンテはその痛みによって、その場で絶叫しながら僕を押さえていた腕が緩んだ。
その隙に僕は転がるようにハト・デンテの下から脱出した。それと同時にハト・デンテから僕の剣が抜けて、赤い血が激しく飛び出る。
「今だっ!」
エンリケさんが一斉攻撃をしかけるように叫んだ。仲間達によって滅多打ちにされた後、エンリケさんの『刃』によって僕の開けた風穴からハト・デンテの首を切り離した。




