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美人な師匠の愛が重い  作者: 乙黒


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第三十三話 一歩


 あれから二日が経った。

 その間にも『ブロート』は何度もダンジョンに潜っている。狙いは依然と同じくロシャ・フォルミガだ。『ブロート』の動きは洗練されてきた、と僕は思っている。何度もロシャ・フォルミガと戦う事によって、自然と最適化されたのだ。一日にロシャ・フォルミガを狩る数も、最初は一体だったのが、今では四体まで増えていた。


 その間に僕が行ってきた仕事も以前とは変わらなかった。

 『空の剣アーカーシャ・カタール』によってロシャ・フォルミガの動きを止めて、翻弄し、他の誰かがとどめを刺すのを待つのだ。もしくは僕自身でとどめを刺すことがあったとしたら何とか隙を見つけ出して口内に剣を突き刺すことによってだ。

 もちろん、そのいずれの時も、僕の剣技と『空の剣アーカーシャ・カタール』が重なり合い、昇華することは一度としてなかった。


 ダンジョンが終わる。

 夕食までまだ時間がある僕は仲間と解散した後、一人迷宮内の訓練場に残る。他の仲間は先に帰って行った。


 僕が振るう剣は一つだ。

 それに『空の剣アーカーシャ・カタール』を纏わせ、剣技とアビリティを重なる訓練をするのである。


 と、言っても行うのは素振りで、さらに最も単純な剣の振り下ろしである。

 最初は単純な動作から行う事が重要だとエンリケさんが言っていたから、僕はそれに習って剣の中でも最も基本の動きの一つを行うのである。

 唐竹割りだ。

 真っ直ぐ振りかぶって、真っ直ぐ振る。それだけの動きであるが、注意する部分も多い。左足で床をしっかりと蹴って、上に跳ばないようにするのもその一つである。力が分散されないようにしっかりと振るのだ。また体の正中線にも気を付ける。身体が前傾したり、アゴが上がったりしないように常に姿勢は正すのだ。

 これらの動きはアビリティ無しならそれなりの形になっている。と言っても、熟練者と比べれば全然だけど。


 アビリティを入れるともっと悪くなる。

 体の動きに集中するとアビリティがついてこず、剣が途中で止まってしまう。引っかかりが生まれるのだ。

 反対にアビリティに集中すると体が上手く動かずぎこちない剣になってしまうのだ。体に集中するよりも剣の速さはアビリティに集中した方がいいのかも知れないけど、やはり剣技単体と比べると遅い。

 それら二つを繰り返しながら僕は訓練を続けるのだ。

 だが、何度しても上手くはいかなかった。


「あれ、久しぶりだね、ここで訓練しているのも――」


 僕の後ろから見知った声が聞こえた。


「そうですね、冒険お疲れ様です。プリムラさん――」


 僕は剣を振るうのを止めてプリムラさんに振り返った。

 そこにはいつもと変わらないプリムラさんの姿があった。冒険が終わったばかりなのか髪や鎧が少しばかり埃で汚れていた。


「ありがとう。今回の冒険は全然骨がなかったよ」


 プリムラさんは全く疲れている様子などなく微笑んだ。どうやら今日の冒険は無事に終わったみたいだ。

 僕が見ない間にプリムラさんの防具もアップグレードしている。今日は白いドレスみたいな鎧を着ているが、きっとその布の素材は僕がつけている金属の鎧よりも耐久力があるのだろう、と思う。だって、誰もが羨む冒険者のプリムラさんが着ているのだから。


「それは残念でしたね」


「そうだよ! せっかく新しい“はぐれ”が出たって言うから行ったのに、もう誰かに狩られた後だったからね! それでティエ君は何をしていたの?」


「特訓ですよ、特訓」


「何の特訓なの?」


「アビリティと剣を重ねる特訓です!」


「へえ――」


 僕の言葉を聞いた時、これまで朗らかにしていたプリムラさんの顔つきが変わった。


「――どんな特訓なのかな?」


「簡単ですよ――」


 それから僕は今行っていることを簡単にプリムラさんに説明する。

 プリムラさんに僕の『空の剣アーカーシャ・カタール』の全てを教えているけれど、それを踏まえた上で自身の剣技にアビリティを乗せる特訓をしていることを言ったのだ。

 それを聞いたプリムラさんはにんまりと嗤った。


「それはいい発見だね。私がもしもティエ君の立場なら同じ事を考えていたよ。ていうか、前から気づいていたけどね」


「あれ、そうなんですか?」


 まさか気づいていたとは思わなかった。もしもそうなら言ってくれればよかったのに。


「あれ、どうして言わなかった、みたいな顔をしているね」


「気づきました?」


 僕はバツが悪い顔をした。


「言って欲しかったの~? でもね、私はあまりそれに頼りすぎるのもよくないかな、って思ったんだ」


「どうしてですか?」


 剣が強くなればモンスターをより倒して、より強くなれるのだから冒険者としての正しい姿だと思う。それがよくない、とはどういうことだろうか?


「だって、君の『空の剣アーカーシャ・カタール』は剣を何本も操ることが出来る。その利点を捨てて、剣の威力だけを上げるなんてもったいないと思わないかい? 同じような事は多くの冒険者が出来る。私のアビリティだって大別すれば、似たようなものさ。でも、君のように多方向からの攻撃が出来る冒険者は少ない。それも立派な武器かな、って私は思ったんだよ」


「……なるほど、それも一理ありますね」


 プリムラさんの言う事も最もだった。

 『ブロート』のメンバーだって、エンリケさんやベンハミンさんは同じ剣の威力を上げるアビリティで、それぞれ条件は違うけれど大別すれば同じであり、剣の威力を引き上げること以外は出来ない。


 そう考えると、僕の『空の剣アーカーシャ・カタール』が同時に何本もの剣を同時に扱えるのが、僕自身の強さと言うプリムラさんの意見は凄く納得できた。


「でも、その訓練もいいと思う。剣を操る、という事に関してはそれなりの熟練度に成っただろうし、そのまま少しずつ操る剣を鍛えるよりも、一旦剣と体の動きの連動に集中するのは。それを鍛えれば、将来的に遠隔で剣を操りながらもっと体も上手く動かせるかもしれないからね」


「……やっぱりアビリティと体の動きはちぐはぐでしたか?」


「うん! 操る剣に集中すると少しだけ体が止まるのがティエ君の弱点だからね。私もよく言っていたでしょ?」


「よく覚えています」


 プリムラさんの言う通り、どうしてもアビリティに集中すると体の動きが止まってしまうのだ。どうやら僕はまだまだ“並列思考”が苦手なようで、熟練の冒険者はアビリティを使いながら自身の身体でも戦う事が容易に行えるらしい。


「もしかしたらティエ君の剣にアビリティを乗せる特訓が、それを克服する第一歩になるかもしれないね!」


「そうなればいいです!」


「よろしい。では、一つだけ、コツを教えてあげよう」


「え、そんなのあるんですか?」


 それはエンリケさんからも聞いていない事だった。ただ一言、努力あるのみ、しか言われなかったのである。どうやらエンリケさんは創意工夫だけで乗り越えたようだ。


「あるよ! 今でこそね、私も自分のアビリティを自由に扱えているけど、昔はとんだじゃじゃ馬でね、全然私の言う事を聞いてくれなかったの」


「それは意外ですね。僕はプリムラさんの強い姿しか知りませんから」


 プリムラさんのアビリティは何度か見たことあるが、トップ冒険者に相応しい威力のある素晴らしいアビリティだった。

 流星のような彼女の姿は忘れる事が出来ない。


「それはティエ君の先輩として誇らしいよ。でね、そんな私のアビリティだけど、今のように自由に扱かえるまでには時間がかかったんだけど、最初はね、小さなことから始めたの」


「小さなこと、ですか?」


「そうだよ。例えば、一振りだけに集中する。剣を動かすこと全てにアビリティを乗せようとすると、全然うまく行かないんだ。だって、横振りと、縦振りでは感覚が違うからね」


 プリムラさんは腰につけている自分の剣を抜き、横一文字と、唐竹割りを素の状態で行った。確かによく見てみると、剣の軌道が大きく違う。両方とも曲線を描いているが、やはり身体の構造上、完全な円運動にはなりえない。


「確かにそうですね」


「だからまずは一つだけ、“乗せる”事を考える――」


「一つだけ、ですか?」


「そうだよ。まずは自分の中での黄金パターンを探すんだ。例えば私の場合は横振りだった――」


 プリムラさんは横一文字による薙ぎ払いに、アビリティを乗せる。その剣は尾を引いており、まるで流星のようであった。

 僕が憧れたアビリティの姿である。


「凄いですね――」


 僕にはそんな感想しか出ない。

 こうなればいい、と僕は望むからだ。


「ティエ君もいずれなれるよ。私は憧れの人の印象が強かったから横振りにしたけど、君の場合は別の剣なのかもしれないね」


 プリムラさんの言葉は僕の胸にしっと染み込んだ。尊敬しているからだろうか。その理由は分からない。

 だけど、プリムラさんと話す後に、僕は一つだけ心に残った剣の振り方がある。


「僕の場合は――縦振り、なのかもしれません」


 正しく答えるなら、只の縦振りであり、唐竹割りである。まるで竹を上から下に真っ二つにする剣の振り方だ。僕にとって最も剣で振ってきた回数の多い振り方だ。


「さっきもずっと振っていたしね――」


 どうやら見られていたらしい。


「――なら、その振り方を極めるといい。その振り方でのアビリティの使い方を、自分なりに探すんだ。そうすれば、ティエ君も冒険者として成長できる」


 プリムラさんの言葉は、僕の胸にすっと染み込んだ。

 それだけ僕がプリムラさんを信頼しているかもしれないし、もしくはプリムラさんの言葉がもっとだと思ったのだ。


「この振り方に、アビリティを乗せる事が出来れば――」


 僕は手に持った木剣を見つめる。


「――ティエ君は、一歩踏み越える事が、出来るのかも知れない」


 プリムラさんは期待するような声で言った。

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