第三十一話 買い物Ⅱ
「まあ、気にしなくていいさ。『ブロート』は全て僕がするしね。それよりも次に行こう!」
エンリケさんは元気に言った。
次の目的地は、回復薬である。
どうやらそこもエンリケさんの行きつけのお店のようだ。
そのお店は表通りではなく、裏路地にあった。高い壁に阻まれ太陽の光もまともに届かない場所で、少しだが潮の匂いに混じって生ごみの異臭が混じるのだ。地面には鼠が我が物顔で散歩し、浮浪者がアルコールによって赤くなった顔で寝ていた。
「ここ……何ですか?」
僕は思わず顔が引きつってしまった。
そのお店には看板すらなかった。
木製のドアがひっそりとたたずんでいるだけである。
「そうだよ。ここの“魔女”が凄腕でね。行きつけなんだよ。あまり……他の人には教えたら駄目だよ」
エンリケさんは怪しげなお店の前で、片目を閉じながら言った。
どうやら傾いている扉を開ける事に躊躇はないようであり、力任せに木製のノブを思いっきり引っ張った。
木が擦れて、きぃ、と鳴った。
「あら~、誰なの~」
中にいたのは煽情的な薄い服を着たお姉さんだった。
露出した肌は少し焼けており、たっぷりと育った胸元は大胆に開いており、男である僕の目線は思わず釘付けになってしまった。
「……私だ」
だけど、そんなお姉さんの姿にもエンリケさんは汚いものを見るかのような目で蔑むような目線を送っている。
「あら~、エンリケちゃんじゃないの。久しぶりね~。元気にしてた~?」
お姉さんはとても魅力的な流し目でエンリケさんを見ている。どうやら胸元も寄せているようだった。
大人な男性なら本当に好きそうな女性のように思える。
「……本題に入るんだけど、前に買った回復薬が欲しいのだが――」
「え~、おしゃべりに来たんじゃないの~? 私と話に~、暇なんだけど~」
「それは遠慮する」
誰に対しても温かい対応をするエンリケさんだけど、お姉さんに対して厳しかった。
「そっか~、相変わらずエンリケちゃんは厳しいわね~。でも、いいわよ~、回復薬でしょ~? でもでも~、まだこれを使う冒険には~、エンリケちゃんは屋早いと思うわよ~?」
「そんな事は知っているさ。仲間が増えたから、予備としてもしもの時の為に用意するだけだ。回復薬をがぶ飲みできるほど、冒険者では稼いでいないからね――」
「そうね~。その方がいいわね~。どんな回復薬にする~? 色々な種類があるわよ~?」
「それは任せる」
「分かったわ~」
お姉さんは笑顔で店内を物色していく。
店内は狭い。瓶に入った薬も殆ど数がなくて、緑や青、赤など様々な色の薬が数個ずつ置かれているだけだった。その他には店内に商品があまりなかった。怪しげな紙の包みが数個ずつ期の他に分けられて置かれているだけである。
「そう思えば~、この子は誰なの?」
そんな風に薬を物色しているかと思えば、お姉さんはいきなり振り返って僕を覗き込んだ。僕の前に大きな果実が現れた事で、恥ずかしくなってすぐに顔を反らしてしまう。
「あら~可愛い反応~! 初心ねえ~! 持ち帰っていい?」
お姉さんはにんまりと僕に向かって笑いかけて抱きしめた。なんか柔らかい感触に包まれて苦しいけど、ここで死ぬのなら本望かも知れない、と僕は全くの抵抗をしなかった。
「私の新しいパーティーメンバーだ。ティエ君が潰れるだろう? 早く離せ」
「厳しい言葉ね~。昔のエンリケちゃんも似たような感じだったのに~。あの時みたいにリオお姉ちゃんって呼んでいいわよ~」
「あれは幼少期の話だ!」
エンリケさんは声を荒らげて取り乱した。
いつも冷静なエンリケさんには珍しい反応だった。どうやら思っていたよりもお姉さんとは古い関係みたいだ。
「あらあら~」
そう言いながらお姉さんは僕を離してから笑顔で、また薬を選んでいった。エンリケさんが望む薬を選ぶのにそう時間はかからなかった。エンリケさん曰く、あのような会話もアクアリオさんの性格らしい。昔からずっと変わらないみたいだ。
「じゃあ、これで全部ね。支払いはいつものでいいの~」
「ああ」
「じゃあ、また来てね~、今度は冒険の話でも待ってるわよ~」
エンリケさんはアクアリオさんから薬の入った紙袋を受け取ると、僕をせかすように店を出る。どうやらこの空間には少しでもいたくないみたいだ。
外はもう日が落ちていた。人並みも少しずつ少なくなっている。だけど、港町であり商業街でもあるセウでは、未だに商人たちが必死に客呼びをしていた。
「リオさんは私が幼少期からの知り合いなんだ。元々は親がリオさんと繋がりがあってね、その頃は綺麗なお姉さんという印象があったんだけど、あれから姿が全く変わっていないんだ――」
エンリケさんは神妙な面持ちで言う。
「変わっていない? ということは当時のままの姿なんですか?」
「ああ、そうだ。私の母は時と共にすっかりと老けたと言うのに、あの人はあのままの姿なんだ。全く、魔女のような若作りをしているんだよ。凄いよね」
エンリケさんは何か怖いものを見たかのような反応だった。
「それは凄いですね」
僕としてはそんなに長い間若さを保っているのは、凄い努力だと思う。若さの為にどんな苦労をしているのか、故郷の母の為に是非とも聞きたいぐらいだ。
「で、今日の買い物はどうだった? 冒険者ならどれも必要な買い物だろう?」
「そうですね!」
薬に食料、どちらも冒険者にとっては命に係わる大切な物だ。これまではそんな事あまり思わなかったけど、エンリケさんにその重要性と他の店との些細な違いを教わると、冒険についてより勉強しなくてはいけないな、と強く感じる。
「普通の冒険者はどうしても強い武器にお金をかけがちだけど、私はこういうものもとても大切だと思う。だって人が生きる為に最も必要なのは武器じゃなく食べ物で、怪我を負った時に武器じゃあ命を繋いでくれないからね」
エンリケさんの言う事は最もだった。
僕も訓練生時代はいかに高い武器と高い防具を買う事が、冒険者として成功するのに必要な事だと友人のオイレと眠る前に何度も話しあった。やれモンスターの牙を使った武器がいいだとか、有名な鍛冶一族であるウェントュスが作った武器がいいだとか、迷宮内でのみ出土する特殊な武器がいいだとか、沢山の事を話し合ったと思う。
だけど、そんな中で一度も食事や薬の事などでなかった。そんな物は圧倒的な強さがあれば必要ないと思っていないのかも知れない。今となってはなんて馬鹿な考えだと思う。
「確かにそうですね!」
「安心してくれよ。『ブロート』は私のパーティーだ。皆がそんなに強くはないけど、私は全員の事を大切に思っている。これまで学んだことは活用して、冒険に挑むつもりだ! もちろん、強さは欲しいけどね!」
エンリケさんは拳を上に突きあげた。強い意思が感じられる。どうやらエンリケさんは本当に冒険者になりたくてなった人なんだと思った。
「僕も頑張ります! 一緒に強くなりましょう!」
僕だって同じだ。
もっと強くなりたい。
果てには――英雄を目指しているのだから。
「そう言えば、その強さで思い出したよ。ティエ君、君の剣はもっと強くなれるんじゃないか?」




