第三十話 買い物
さらに次の日、朝の仕事を終えた僕はエンリケさんから呼び出されていた。
その場所は僕たちが住んでいるセウの中でも『ミラ』にほど近い場所であり、商業地区でもあった。ここでは様々な冒険者と商人が集っている。
街中は太陽が真上に昇っている頃なので、人で溢れていた。馬車で物を運ぶ人、また鎧などは着ていないが屈強な体をしたおそらく戦士、厚いローブを着た物はギフト使いだろう、と僕は思った。
エンリケさんが指定した場所は、迷宮にほど近い商業地区の入り口であり、そこでは出店の前だ。サバサンドのお店である。焼いたサバのいい匂いが僕の食欲を刺激する。そう言えば、昼食を食べるのを忘れていたことを思い出した。
「やあやあ、待ったかい?」
エンリケさんはいつもとは違いラフな格好で現れた。ジーパンに白シャツである。それでも似合っているのはスタイルの良さだろうか。
「いえ、僕も来たばかりです」
「それはよかったよ。じゃあ、まずはサバサンドを食べながら歩こうか。ここのサバサンドは絶品なんだ。昼食はまだだろう?」
「はい!」
僕はお金を出そうとしたのだが、エンリケさんは年上でパーティーのリーダーである自分が払うのがマナーだと、先にお金を支払ってくれた。
大食漢な見た目をしている店主からサバサンドを受け取った。
サバサンドは、セウでは町民に愛されているファーストフードの一つである。セウは港町であるため、魚がよく獲れる。特にサバは大量に獲れて値段も安いので、よく食べられる魚である。
セウにおいてサバサンドの出店は数多くあるのだが、ここはどうやらサバの他にレタス、玉ねぎ、それにトマトを挟んでレモンで味付けしたものをパンにはさんでいる。
「ここのサバサンドはね、トマトを使っているのが珍しいんだ。トマトは高いから、他のお店ではなかなか使わないらしいよ」
エンリケさんの言葉に、確かに、と僕は頷いた。トマトの程よい酸味と甘さが油の乗った焼きサバとよく合う。これは絶品だと思った。
「とても美味しいです!」
僕はもぐもぐとしながらエンリケさんに行った。もしかしたらうまく発音できていなかったかもしれない。
「ゆっくり食べながら先に進もうか」
そんな僕に優しく微笑みかけながらエンリケさんは言った。
「今日は何を買いに行く予定なのですか?」
僕はサバサンドを食べ進めながら言った。
「迷宮内で必要な備品だよ。まだまだ駆け出しだからあまり多くはないけど、携帯食料といざという時の回復薬さ。どちらも経費がかかるからあまり買いたくないけどね。ティエ君はその荷物持ち。サバサンド分は働いてもらうよ」
「はい! 分かりました!」
どちらも迷宮探索に必須の物である。
携帯食料はもしも迷宮内で長時間過ごすことになった際に、体を整えるための食事である。冒険者たるもの体が資本の職業である為、どんな場合でも万全になるために全力を注がなければならないのである。
回復薬は、冒険者にとって必須のアイテムである。怪我などの傷口を追う狂処置として塞いだり、体力を急速に取り戻すための薬である。お金がない僕にとって買う機会がなかったものだけど、いざという時に備えておくのは冒険者にとっての常識らしい。
「さて、最初は携帯食料から買おうか。行きつけのお店があるんだよ――」
エンリケさんは笑顔のまま、僕を案内してくれる。どうやらそこは商業地区の中でも表通りにある店だった。
表通りはやはり栄えていた。
様々な商人が声を出しており、客を呼び寄せている。その者達の店は殆どが食べ物であり、ケバブや串焼きである。ミラではどれも見慣れた、とてもいいメニューがする食べ物であった。
そんな中でエンリケさんが選んだのは、変哲のないお店であった。看板には“乾物”と書かれてあった。
簡素な店である。
エンリケさんは遠慮なくその店に入って行く。がらんがらん、と扉にあったベルが鳴る。そうすると中にいた老婆が気づいて声を出した。
「――らっしゃい」
低く、しゃがれた声であった。中にいたのは老婆である。小さな丸眼鏡をかけた。だが、顔には年季の入った皺が刻まれており、どこか“魔物”めいた笑みを浮かべている。
「また来たよ、ソルテ――」
エンリケさんは、中にいた店員に声を変えた。中には老婆しかいなかった。
「ヒヒっ、また来たのかい。エンリケぼっちゃん。相変わらず、金にならない仕事が好きだねえ」
老婆のソルテは、前歯が無い口で知らし気な笑みを浮かべていた。
店内には少量の干し肉が並べられているぐらいで、他にはないもなかった。エンリケさんが小声で言うのは、どうやらここは一見さんお断りのお店みたいだ。
ここでは、注文に合わせて多種多様な食料が手に入る。冒険者だけではなく、料理人も使うお店らしい。
「……私の夢だからね」
エンリケさんは苦笑いで答えた。
「で、何がご所望だい?」
「いつものだよ――」
「今回は何人分かな?」
「仲間が増えたからね。六人分を二日分かな」
「あいよ――」
そう言うと、老婆のソルテは奥へと引っ込んで行った。
老婆が消えると、エンリケさんは僕へと振り返って言った。
「ここはね、質のいい携帯食料が沢山あるんだよ」
店の中には様々な乾物が用意されているが、その中でもやはり港に近い場所なので魚が多かった。
アジを干したもの。カツオを干したもの。タコを干したもの。貝を干したもの。そのどれらも一般の市場に生で流通しているものよりも乾燥というひと手間を加えているので何割か値段が跳ね上がっている。
「へえー、これら全部食べられるのですか?」
故郷でも乾物は漁が不作の時に食べるものだったが、生で食べる事は少ない。お湯でふやかしたり、焼いたりしてから食べる物なのだ。
「そうだね。でも、これらは料理人が買う高級な食材だ。私達が買うのは全く別の物だよ」
「そうだね。そんなもの、冒険者が食べるものではないね――」
奥から、ひひっ、と言いながら老婆のソルテは現れた。包まれた布を片手に持って、カウンターへと雑に置いた。
「そうだよ。これが私の欲しかったものだ」
エンリケさんは袋に包まれた物を開けると、その中からは乾パンと干し肉であった。どちらも鞄に入りやすいように四角形に成形されている。あまり一般的には見ない代物である。
「これが、なんですか?」
僕はその一つをつまみ上げた。
「そうだよ。私達には荷物持ちの役割のメンバーを雇うような余裕も、守る力もないからね。自分たちの荷物は自分たちで持たないといけないから、このような形の食料を買う事で少しでもスペースを削ることが重要なんだよ」
「へえー!」
僕は感心するように頷いた。
「それにここのは美味いんだ。普通に売り出してもいいと思うんだけど、ソルテは人の好き嫌いが激しいようでね。もっと商売っ気を出せばいいのに」
「大きなお世話だよ――」
干し肉を美味しそうにかじるエンリケさんに、老婆のソルテは吐き捨てるように言った。
僕はそんな二人にあははと嗤いながら、エンリケさんに勧められるがまま干し肉を口に頬り入れた。
「美味しいです! 全然パサついていません!」
感動するような味だった。干し肉だと言うのに、これは味気がないどころか、塩気とうまみを感じる。パンにはさむだけで上等なサンドイッチになるものだった。
「ふっ」
そんな僕の様子を、エンリケさんは吐き捨てるように笑っていた。
「どうやらティエ君も気に入られたみたいだね」
「で、エンリケ坊ちゃん、支払いはどうするんだい?」
「いつもので、頼むよ――」
「あいよ――」
エンリケさんはその場でお金を払う事はなく、布をもう一度纏めて店から出て行った。
僕たちが店を出ると、すぐに先ほどの疑問をエンリケさんにぶつける。
「どうしてお金を払わなかったんですか?」
「後から纏めて払う事にしているのさ。一か月ごとに払った方が、帳簿がつけやすいからね。私の癖さ」
「なるほどー」
どうやら立派な冒険者になるには、計算も必要らしい。
ちなみに本編の『迷宮のナダ』でも計算はわりと重要視されています。
本編の主人公のナダは苦手ですが。




