第二話 アビリティ
暫く毎日19時に更新します。
僕のアビリティである『空の剣』は、簡単に言えば剣を空中に浮かすアビリティだった。
剣にキラキラとした線のよう粒子を螺旋状に纏わせて、自由自在に扱うのだ。
最初も僕は剣を強化するアビリティを手に入れた、と歓喜したさ。
でもね、それは間違いだったよ。
僕の『空の剣』で操る剣の振りは、実際に持って振った時よりも遅い。まるでゆらゆらと揺れているだけだ。三百六十度僕の思うがままに操れるけど、剣の振りの速さだけはどうにもならなかった。
まるで手品師が操る剣を浮かす手品みたいである。
宴会芸としては、同じ冒険者見習いにも受けたがそれだけだ。
僕が目覚めたアビリティを教官に見せると、彼は渋い顔をしながらこう言った。
「ティエ君のアビリティはこれだけかね?」
「そうです」
「私はあまりこう言う事を口に出したくはないのだが、君のアビリティはあまり役には立たないと思う。ここを卒業してから正式な冒険者になるかどうかは君の自由だが、冒険者とは優れたアビリティと高い戦闘能力が評価される職業だ。君は若いから早く別の職業を探した方がいい」
教官の言葉は、きっと親切心なのだろう。
冒険者を諦める者は多い。
冒険の過酷さから逃げ出す者も多いが、“弱い”アビリティに目覚めて辞める者も多い。そういう者は別の職業を探すのだ。
別に珍しいことではない。
冒険者と言う自分の身を削る厳しい職業をこなそうと思えば、より強力なアビリティ、より強力なギフトが必要だ。
だが、僕のように弱いアビリティのまま冒険者を続けると、凶悪なモンスターの歯牙にかかって迷宮内で命を落とす者は珍しくない、そう教官は言いたいのだ。
例え強いアビリティを持っていても、命を落とす冒険者が絶えない、迷宮とはそういう場所なのだ。
「でも、僕は……」
――英雄に、なりたいのだ。
だから冒険者になりたい。
夢のような道の果てに辿り着きたいのだ。
「そうだね。冒険者になるのは私が決める事ではなく、君の自由意思だ。アビリティに目覚めた君は、冒険者になる資格がある。おすすめはしないがね」
教官の言葉が心にしみる。
彼は僕の為を思って言ってくれているのだ。
どうしようもない苦い気持ちのみが、僕の心の中に残った。
◆◆◆
「やあ、レイチェル」
僕はアビリティに目覚めてから初めてレイチェルと再会した。人ごみの中にいる彼に話しかけたのだ。
彼女はアビリティに目覚めてから、どうやら忙しい日々を送っているようだ。多くの先輩冒険者に声を掛けられて、僕と同じように新しくアビリティに目覚めた新人冒険者にパーティーへと誘われる。
有能な冒険者の囲い込みはよくあることだった。
僕の周りには誰もいないけど。
「ティエ君! 皆、ちょっと話があるから離れるね!」
レイチェルは人垣の中から抜け出して僕の前に立った。
どうしてだろう。
彼女がアビリティに目覚めてからまだ二週間と経っていないのに、以前よりも大きく成長したように感じる。
アビリティを得たという事がレイチェルを成長させたのだろうか。
レイチェルが移動するので、僕も付いて行く。
向かったのは、草が生い茂る訓練場だった。そこでは教官の冒険の指示に従って今も木剣を振っている冒険者見習いがいて、僕は少し前まで彼らと同じように同じように剣を振っていたことを思い出す。
そんな訓練場の端に、レイチェルは腰を下ろした。
「ティエもアビリティが目覚めたんでしょ?」
「そうだよ……」
僕の声は暗かった。
目覚めたアビリティは望んでいた物ではなく、奇術にしかならないものだった。手品師として見世物になれば流行るかもしれない、と同期の冒険者見習いから言われた事もある。
「どんなアビリティだったの?」
どうやら聞いていないらしい。
冒険者見習いが目覚めたアビリティはすぐに仲間内に流れて、能力の詳細は皆で共有されるものだが、僕の異能はそこまでの価値はないようだ。
まあ、仕方がないと思う。
僕だって自分のアビリティは誇らしくない。
「……剣を浮かすアビリティさ」
僕の声は小さかった。
「具体的にはどんなアビリティなんの? あっ、近くに木剣がある! そう言えばティエには私のは、見せた事がなかったよね?」
近くの地面に落ちていた木剣をレイチェルは拾い上げた。
そして、彼女のアビリティである『緋の剣』を発動させた。
右手で剣の柄を持ち、鍔から切っ先までの刃を左手で撫でるのだ。
すると左手でなぞったところから赤々しい炎が宿るのだ。刃を全てなぞり終えると、レイチェルは両手で柄を持つ。
彼女の持つ剣は、刃が炎で燃えていた。けれども神秘的な炎は剣を決して燃やすことはなく、ただその場にあるのだ。
「美しい」
素直に僕はそう思った。
モンスターを殺すだけの力のはずなのに、どうしてかレイチェルの生み出す炎は綺麗だった。
赤い火の粉が舞い、近くにいた僕にも熱気が伝わる。
モンスターを殺すためだけに鍛えられた剣の刃が美しいように、レイチェルの生み出す炎も似たような輝きがあるようだ。
「いいでしょ? これで私はあらゆるモンスターを斬るの! それでで、ティエのはどんなアビリティだったの?」
レイチェルが投げる木剣を僕は受け取った。
僕はため息を吐きながら木刀にアビリティを使った。
『空の剣』だ。
僕の手から生み出したキラキラとした粒子を木剣に纏わせる。それは螺旋を描きながら木剣に纏い、木剣を手放しても空中に浮く。
「僕のアビリティはこれだよ……」
僕は木刀をゆらゆらと動かした。
まるで指揮者のように僕は両手で剣に指示を出す。すると剣は空中でゆらゆらと動く。三百六十度、僕の自由自在だ。どんな動きにも応えてくれる。ただ一つ、剣の速さだけはどうにもならないけど。
非力な僕が振るう剣よりか、アビリティで操る剣のスピードは遅かった。
「凄い! 浮く剣なんて見た事がないよ! 他には何が出来るの?」
「これだけだよ……」
「あ、それでも凄いと思うな! これなら遠くのいるモンスターも斬ることが出来るね!」
「それは無理だよ」
「どうして?」
不思議そうな顔をするレイチェル。
「残念ながらこれが僕の出せる精いっぱいのアビリティなんだ。君も知っているだろう? 剣で切るのに最も必要なのは早さだよ。僕のアビリティにはそれがない。これだとなにも斬れないさ」
事実として、教官に頼み込んで僕は真剣を借りてアビリティを使った。
木剣ではなく真剣であっても僕のアビリティは問題なく発動した。僕の意志に従い、剣は右往左往し、どこまでも届いた。
教官に発現して一日目のアビリティとしては、なかなかの制御力だと言われた。
目覚めたばかりのアビリティだと、暴走するアビリティが多いようだ。これは聞いた話だが、レイチェルはアビリティの制御が分からずに炎を大きく出し過ぎて『緋の剣』で髪を焼いたと聞いた。
だから少しだけレイチェルの髪先が焦げているのはきっと気のせいではないのだろう。
「そうなんだ」
曖昧にレイチェルは笑った。
「そうだよ」
「これからティエはどうするの? まさか……実家に帰るの?」
「どうしようかな? 迷っているよ……」
レイチェルは、共にパーティーを組もう、とは言わなかった。
当然の事なのに、僕はどうしても彼の言葉が嫌になる。
役立たずなアビリティを持つ僕が冒険者を諦めるのは当たり前の筈なのに、認めたくない僕がいる。
悔しくて悔しくて、僕は歯を食いしばってしまった。
「そっか」
「レイチェルはどうするの?」
「私? 言い忘れていたんだけど、実は中層に挑戦しているパーティーに誘われているの、ティエ君とパーティーを組むという約束があったから迷っていたんだけど……」
レイチェルは悲しそうに眼に涙を浮かべていた。
「中層に挑戦しているパーティーって。凄いじゃないか。そんなパーティーにレイチェルが誘われるなんて、絶対入った方がいいよ!」
ミラ出身の新人の冒険者が、冒険者の中でも中堅と言われる中層に挑戦するパーティーに誘われることなど殆どない。
オイレは期待されている冒険者なのだ。
僕がその足を引っ張ったらいけないと思った。
「そう? ティエがそう言うんだったら、そうかも知れないな。じゃあ、私、入ってみる!」
「そっか! 応援しているよ!」
「本当にいいの?」
レイチェルは、一度だけとどまった。
でも、彼女の覇道を止めることなんて、僕にはできなかった。
「もちろんだよ! 頑張ってね、レイチェル!」
「……分かった。ティエはもう少しセウにいるの?」
「そうだね。卒業まではいるよ」
「そっか。なら、また会う事もあるよね! ティエも頑張ってね!」
レイチェルはそう言って、僕の右手を強引に握った。
強い握手だった。
「そ、そうだね」
僕は曖昧な返事しか出来ない。
冒険者を、英雄を諦めた僕に、夢なんてない。
昔から僕の夢はたった一つなのだ。
「じゃあね……」
レイチェルは右手を小さく振って、どこかに走り去っていった。
優秀なアビリティ使いであるレイチェルは忙しいのだろう。パーティーの誘いも、沢山あるのだと思う。会う人も多いのだ。何の予定もない僕と違って、優秀な冒険者であるレイチェルは忙しいのだ。
そんな彼がどうしようもなく僕は羨ましくて、そしてとても悔しかった。




