第二十四話 絵画
「それで兄さんはパーティーに入ったのですね」
同じ日の夜、妹であるランファが弾むような声で言った。
僕とランファは夕食を取っている途中なのだ。メニューはいつもと同じように野菜のくずが入ったシチューと固い黒パンである。木のテーブルは少しがたがたと揺れる感じがするが、慣れていない手つきで僕が廃材を利用して作ったのだからきっと仕方ないのだろう。
「そうだよ」
僕は嬉しそうに言った。
やっと冒険者として本格的な一歩が踏み出せるのだ。信頼できる仲間とパーティーを組み、冒険に出る。冒険者としてしたかった生活が、やっと出来るのだ。もしかしたら明日は興奮して眠れないかもしれない。
「ということは、もう船の仕事は辞めるのですか?」
「ううん、まだまだ続けるつもりだよ。冒険者と言っても、まだまだ駆け出しだからね。それだけでは生活がままならないから」
エンリケさんは冒険者以外にも仕事をする事にも、理解を示してくれた。
どうやら新人の冒険者の中には、少なからずそういう人はいると言ってくれた。駆け出しのパーティーだと、衣食住に困らずに生活できるほどのお金をいきなり稼ぐのは難しい。もちろん実家からの援助などがあれば別だが、そういうのがない冒険者はパーティーが軌道に乗るまでバイトをするのはそう珍しくないようだ。
もちろんバイトをする理由は他にもあり、何らかの理由で冒険者を続けられなくなった時、そのバイトで今後の生計を立てる事も考えている冒険者もいるようだ。
「なるほど。それはまた忙しい日々が続きそうですね」
「そうだね。でも少しは船の仕事は減らすつもりだよ。新しく入るパーティーは休みは多いけど、じっくりと潜るパーティーのようだから」
「私は冒険者の世界には詳しくないですけど、兄さんがそこまで言うんです。きっといいパーティーなんでしょうね」
ランファは嬉しそうに笑ってくれた。
どうやら僕のパーティー選びが上手い事言ったことが、とても喜んでくれた。それからも僕は今日エンリケさんと話し合った内容を逐一報告した。どの内容も、ランファはうんうんと聞いてくれた。
食事を続けながら僕が一通り話すことを終わると、今度は僕が訊ねた。
「ランファはどうなの? 最近はどんな仕事をしているの?」
「最近ですか? 最近は人のデッサンばかりしていまず。もちろん、どれもルイザ様から指示されたものばかりで……ちょっと待ってください」
そう言って、ランファは食事の途中だったが自室に入って暫くすると、分厚く大きな本を持ってやってきた。
「例えば、これですね。今日はこの模写をしました」
そこにはベッドに横たわっている裸の男が書かれていた。どうやらそれは有名な構図のようで、それと全く同じもののデッサンを描くように、という指示がなされたようだ。
その後には、これまでに書いた様々な絵を見せてくれた。
セウに来てからランファの絵をあまり見る機会はなかったのだが、こうやってゆっくり見てみると故郷にいた頃に描いていた絵よりうまくなっているような気がする。
僕がそれらの絵を見ると、一枚一枚どんなふうに描いたかをランファは教えてくれた。
「この絵は最初にルイザ様から指示されて書いたものです。これまでは自流の絵しか描いてこなかったので、ちゃんとデッサンからして絵を描くのは難しかったです。まあ、これはデッサンで終わりましたけど」
ランファは恥ずかしそうにはにかんだ。
その絵はこのマンションの入り口から見える町の絵だった。デッサンだけであり、本人は満足そうにしていない絵だったが、僕から見えばとてもうまい絵だと思っているので、そのままの感想を伝えるとランファは嬉しそうに微笑みながらもこの絵はどこがよくないかを教えてくれた。
僕はそれをうんうんと聞いて、次の絵へと話を移る。
それからもランファは色々な絵を見してくれた。殆どがデッサンで終わる絵で、油絵の具を使わず木炭を使ったものばかりだったが、一枚の絵に様々な角度の人の手が描かれた絵など、ランファの努力が伺えた。
ランファと会っていない間に、こんなにも努力していたなんて予想はしていたけど、やはり誇らしい気分になる。
「それでですね、この絵は――」
それからもランファは様々な絵の説明をしてくれた。
かなり饒舌に。
その要因としては、このような事をこれまで誰にも話せなかったというのもあるかもしれない。
ランファは知り合いが殆どいない。故郷にいた頃はまだ何人かいたが、セウに来てからはボクとルイザさん、それにルイザさんの家政婦のアンネさんぐらいしか喋る人はいない。ルイザさんには到底こんな話は出来ないだろうし、アンネさんとは会う機会が少ないと聞く。
だからこうやって自分の事を話せる機会がないから、とても楽しそうに話しているのだ。
僕もランファの話をこんなに長い間聞くことが最近はなかったため、彼女の話を楽しそうに聞いていた。
とても楽しそうに話すランファの姿を見る事は、僕にとっても嬉しい事なのだ。今となっては遠い故郷の事を思い出せる。あの頃もこうして、ランファの話をよく聞いたものだった。
僕とランファは小さな島に生まれた。照り付ける太陽と塩の香りのする広い大海原が見渡せるのが僕らの自慢だった。
主に漁業によって栄えている島で、取った魚を様々に加工して本土に売っているのを主な産業にしている。野菜や穀物なども育ててはいて、家畜も少ない数がらいるが、あくまでそれらは島民が食べる分のみだ。外に売ることはなかった。
そんな島にいた父だからこそ、職業も漁師だった。僕もよく父の乗る船に乗って魚を取るのを手伝っていたのを覚えている。
僕の住む島の名前を、ピラータと言う。
島の大半が山であり、山と海、それに短い川、少しの林、岩山、砂浜、など様々な自然がぎゅっと凝縮されたようなところだった。僕もそんな島で様々な自然に毎日接しながら暮らしていた。
だけど、ランファは違う。
ランファは肌が透き通るように白く、昔から太陽の日差しに弱かった。太陽の日差しに少し肌が当たるだけでうっすらと火傷するし、太陽の光はそもそも眩しすぎて直接見る事などかなわない。
だからランファが普段過ごしているのは狭い島の中ではなく、より狭い木造の家の中だった。
夜の外は危険だから、外に出るのは夜間の短い時間のみ。その世界は昼の色鮮やかな世界ではなく、暗闇の中。持っているランプに照らされる僅かな色のみがランファの見る世界だった。
外で遊ぶことは殆どなく、狭い家の中で過ごすランファにとっての慰めと言えば、家にある僅かな本だけだった。
そんな時にまだ幼少期の僕は外の世界がとても楽しくて、毎日山を登り、野を駆け回り、海で泳いだ。
だからランファが僕に強請るのは、外の世界の話だった。簡単に言えば幼い頃の僕にとっての冒険譚である。小さなかえると戦う話や倒木を乗り越える話、海に初めて潜った感覚など、様々な事を話した。
そしてそれと同時に、ランファの話を聞いた。僕が聞いていたのはランファが読んでいた本の話である。彼女とは反対に僕は殆ど本を読まなかった。幼少期には既に文字を覚えて読めていたランファと違い、僕が文字を読めたのはそれよりも数年後だった。だからランファのする話に僕はいつも興奮していたのを覚えている。
僕が冒険者を目指すことになったのは、きっとあの時のランファの話からだと思う。様々な英雄の話に憧れたのだ。
そんな僕と同じように、ランファは僕のする外の話に憧れた。夜に何度か出かける事はあったが、そこは暗闇の世界であり、昼間の色鮮やかな世界ではない。そんな色とりどりの世界で自由に駆け回りたいと思ったランファだが、それは叶わない。
何年経とうとランファの病は治ることはなく、まともに太陽の日差しを浴びるだけで常人よりも眩しく目を開くことは叶わず、肌を露わにすればすぐに焼けてしまう。
それは何歳になっても同じだった。
つまり昼間の鮮やかな世界は、ランファにとっては地獄に等しかった。
そんなランファは家の中でも色鮮やかな世界、つまり絵画の世界に没頭することになる。きっかけは父がミラから買ってきた一枚の小さな絵画だった。家の中でランプに照らされた世界でも、絵画は色鮮やかに外を映していた。最初の買いがは確か森の中だと思う。豊かな自然の木々の隙間から日光が差す下に、色とりどりのドレスを着た貴婦人が茶会をしている絵画だ。その絵には様々な色が使われていて、ランファが目を輝かせてみていたのを僕は今でも覚えている。
父はそんなランファに様々な絵画を与えていた。と言っても、有名な絵ではない。どれも駆け出しの絵描きが作った安い絵ばかりだった。
僕が覚えているのは、例えば、手紙を読む女性を主題にした絵だった。鮮やかな青色が効果的に使われ、手紙を憂いた表情の女性が読むのは凄く儚くて薄くしい絵だった。と言っても、その絵は模写らしくオリジナルの絵ではないらしい。そしてルイザさんが駆け出しの頃に描いた絵らしい。
そんなルイザさんの絵を真似るように、ランファは絵を描き始めた。
最初にきちんと絵を描いたのは鉛筆と紙だった。字を書くために買い与えられたもので、絵を描き始めた。手の平二つ分ほどの小さな紙へ隅いっぱいに絵を描いていた。
それからランファはルイザさんの絵を何個かと他の画家の絵を見ながら、両親に自分も絵を描きたいと言い始めるようになった。
親も反対することはなく、ランファに少しずつだが画材を買い与える事になる、
それからランファの世界は徐々に色が増えていくことにいった。
最初は黒と白。それから黄色が加わり、赤紫や青緑が増えていく。それらの色を使って赤や青、緑を作り、また様々な色が増えていくことで、ランファの絵もより鮮やかになっていった。
そして憧れのイルザさんの弟子になった彼女の絵は色々な色が使われていて、とても美しい。
僕には絵の良し悪しはよく分からないけど、ランファの絵はとても好きだった。
きっと彼女の世界に夢という色がついたからこそ、これらの絵は魅力的に見えるのだと思うのだ。




