第二十三話 ブロート
お姉さんが『ブロート』のリーダーとのアポイントメントを取ってくれたのは、僅か一日後の事だった。
場所は昨日いた場所の奥に続く通路にある小部屋である。
どうやらここの小部屋は新しいパーティーメンバーを審査する時に使う面接部屋のようだ。
面接もパーティーによって全然違う、と昨日のお姉さんは言っていた。
リーダーだけで面接をするパーティーもあれば、パーティー全員で新しいメンバーを見極めるパーティーもあるらしい。
お姉さんから教えてもらった情報では、『ブロート』はリーダー一人のみが面接を行うと言っていた。
僕はリーダーが待っている部屋の扉をノックした。
「いいですよ」
そんな優しい言葉をかけられたので、僕は中に入った。
中は殺風景な狭い部屋だった。四角い部屋に四角いテーブルと椅子が二脚あるだけ。そして部屋の奥にある椅子には眼鏡をかけた理知的な眼鏡をかけた大人びた男が座っていた。
「初めまして。君がティエ君だね」
「はい。そうです」
僕は挨拶として、軽く頭を下げた。
「礼儀がしっかりしている子みたいだね。どうぞ。その椅子に座っていいよ」
僕は彼が手で指した椅子を引いて腰かけた。
「じゃあ、始めに自己紹介をしようか。私が『ブロート』のリーダーをしているエンリケだよ」
理知的な男、改めエンリケさんは僕に右手を出したので、僕はそれを握った。
「ティエです」
「短い間かもしれないけど、今日はよろしくね」
すると思った以上に力強く握られた。
その力強さに、僕はこの人は立派な冒険者なんだなあと、少しだけ尊敬の念を抱いた。
「さて、君の情報は組合から貰っているから、先に目を通してもらったよ。と言っても、大した情報はなかったけどね」
そう言って、エンリケさんは僕の情報が書かれた紙を見してくれた。
そこにはこれまでの僕の冒険経歴と、簡単なアビリティ紹介が書かれてあった。だが、冒険経歴は一人でロシャ・フォルミガを数回倒した、としか書かれておらず、アビリティ紹介も三本の剣を操るとしか書かれていない。
きっと他の冒険者なら、例えば過去にパーティーに所属していた冒険者なら、そのパーティーでどのような冒険を行っていたか詳しく書かれていたのだろう。
「確かに冒険にはほぼ出ていないですからね」
他の新人と比べても、僕の冒険記録はとてもとても薄いものだ。
「でも、興味深いところもある。ここに書いてある一人でロシャ・フォルミガを狩ったと言うのは本当かい?」
「はい。本当です」
「それは素晴らしいっ!!!!」
エンリケは勢いよく机を叩いてから立ち上がった。
「あっ、はい。ありがとうございます」
その迫力は思わず僕が身じろぎするほどだ。
すると照れたようにエンリケさんは椅子に座りなおして、こほん、と咳ばらいをした。
「今のは見ない事にしてほしい。実は私はこう見えても冒険者になったばかりでね、ちょっと遅咲きなんだよ。だからこういう場は初めてだから至らない事があっても、目を瞑ってもらえると助かる」
確かにエンリケさんをよく見てみると、歳は僕より年上なのだろう。十八歳ごろだろうか。確かに最近冒険者になったとしたら、少し遅い。
冒険者見習いには十二歳からなれるため、殆どがその年齢に見習いになる。僕だってそうだ。中にはいろいろな事情があり、遅れて見習いになる者もいて、中には二十歳を超えてから見習いになろうとする者もいる。
どれだけ歳をとってから見習いになったとしても、アビリティなどを発現する期間は変わらない。
「はい。分かりました」
「では、ロシャ・フォルミガの倒し方を聞こうか」
「では――」
僕はそれからこれまでのロシャ・フォルミガを倒した方法を語った。
三本の剣で動きを止めて、持っている剣でモンスターの口内を刺して殺すだけだけど。
「それは素晴らしいやり方だね。口内を刺して殺すのは何故なのかな?」
「僕の力じゃロシャ・フォルミガであっても斬れないからですね」
何度か試してみたけど、ロシャ・フォルミガの甲殻はとても固い。僕の生半可な力と剣技だと傷をつけられることはあっても、断ち切れることはこれまでに一度もなかった。
後から見た迷宮の情報が書かれた雑誌の中には、虫系のモンスターの中でロシャ・フォルミガの外殻の強度は最低と書かれてあったけどそれは気にしない事にする。
「それでモンスターの口内を狙ったんだね?」
「そうですね。非力な僕であっても、そこは問題なく突き刺さるので」
どんなに屈強なモンスターでも口内は柔らかい。
僕はそこを狙うのだ。
「へえ、それはいいことを聞いたね。実は僕のパーティーでも、初心者御用達のモンスターと言われるロシャ・フォルミガには苦労していてね。口内を狙えば非力な人でも殺せるね。ちょっとリスキーだけど」
エンリケさんは僕の話をとても興味深そうに聞いていた。
パーティーメンバーの名前を出しながら、この方法は使えるけど、あいつには使えないなどととても興味深そうに言っていた。
「それで、ティエ君は僕の『ブロート』のことは何か聞いているかな?」
「いえ、あまり……」
「それじゃあ簡単に説明しようか」
それをきっかけにして、エンリケさんは『ブロート』について詳しく教えてくれた。
まず『ブロート』は見習い制度を卒業したばかりの冒険者によって作られた。ほんの一か月ほど前の話である。
パーティーを作った時と今では冒険実績はあまり変わらないとのことだ。
迷宮に潜り、草原に行く。そして仲間と協力してロシャ・フォルミガを狩るのだ。
その間に二度ほどメンバーチェンジが行われて、三日前に三人目の設立メンバーが抜けたとのことだった。
エンリケさんはパーティーメンバーの脱退理由も教えてくれた。
最初の二人は冒険者という過酷な職業が合わない、とのことだった。その事に僕は何の疑問も抱かなかった。実はそういう人が意外に多い、と見習い時代に教官から教わったのだ。
厳しい訓練を経て冒険者になったとしても、そこから半年持つのは三割ほどと言われている。辞める理由は様々だ。モンスターとの命のやり取りというストレスに勝てなかった者、もしくは恐怖心からモンスターを殺すことが出来なかった者、冒険で重大な障害を負った者もいる。
そして三人目、こちらも設立メンバーの一人は、より上のパーティーに誘われたという事。どうやら『ブロート』の中で最も強かった冒険者だったようで、彼だけが冒険者になったばかりというのにロシャ・フォルミガを一人で倒すことが出来たらしい。
その実力が見込まれて、より上のパーティーへキャリアアップしたのだ。
冒険者としてはよくあることだった。いつまでも弱いパーティーにしがみつくのではなく、より上のパーティーへ挑戦する。リーダーであるエンリケさんは惜しかった人材と言っていたけど、引き留めるのではなく祝福することが彼の人生の為だと思って送り出したらしい。
それでメンバーが足りなくなったから、急遽募集をかけたようだ。
人数が足りない状態で迷宮に潜るのは危険だからだ。
だけど、新人はもう昔に他のパーティーに青田買いされており、新しい徒弟制度卒業生が現れるにはまだ時間がかかる。
だから困っていた、ともエンリケさんは言っていた。
「僕たちのパーティーの仕組みとしては、基本的には報酬は等分だ。勿論パーティーにプールする分は除くけどね。そこから消耗品などを買う」
エンリケさんは続けて、『ブロート』の報酬分配の仕組みを教えてくれた。
これはパーティーによって大きく異なる、と以前に教わった事がある。例えば優秀なアビリティやギフトを持つメンバーには他のメンバーよりも、差をつけて多くの報酬を渡すパーティーもあれば、毎月決まった給料を渡すパーティーもあるようだ。
だが、『ブロート』のようにほぼ全ての報酬を等分に分配するパーティーが最も多いと言われている。まだまだ作ったばかりのパーティーであるため、『ブロート』も他のパーティーに習ってそうしたのだろう。
「また武器は各個人で調達することになっている。パーティーで買うところもあるとは聞くけど、僕のパーティーはまだ出来上がって一か月しか経っていないし、これからも脱退する人も増えるだろうからね。パーティーとして軌道に乗るまではあくまで個人として尊重するパーティーにしているんだ」
「なるほど」
と、僕は納得してしまった。
どうやらこのパーティーは未来を考えて色々な可能性を考えて行動しているようだ。その点から見て、僕はエンリケさんに対して非常に好意的な印象を抱いた。
年上、というのもあるからだろうか。誰かに有利な条件ではなく、皆を平等に扱っているのがいいと思った。リーダーなのだから他の人よりも有利な条件を得る事が出来るのに、この人はそれをしていない。本当に他の人を考えて行動しているのだろう、と思った。
これは聞いた話だけど、新人パーティーの多くが若者だけのパーティーであるため、お金の事に関してはずぼらなパーティーが多いと聞く。
例えばパーティーメンバーの装備を揃える為にお金をプールするパーティーは聞こえはいいが実際に装備を揃えるのはリーダーばかり、みたいなパーティーもあるらしい。他にも一部のパーティーメンバーに負担を強いるようなパーティーがあり、後々トラブルになるパーティーも多いという事だ。
だが、『ブロート』はそうではない。
ちゃんとお金のことまでこうやって考えている。だから組合も紹介してくれたんだろうけど。
僕はエンリケさんもとても信頼できる人だと思った。
「君さえよければ、是非とも『ブロート』に入ってほしいと思っている。一人でロシャ・フォルミガを狩れるのは貴重だからね。どうだろうか?」
僕が答えた返事は一つだった。




