第二十二話 パーティー
次の日、僕は漁船のアルバイトに出かけていた。
プリムラさんからお墨付きを頂いたとしても、この仕事は止められない。数時間でロシャ・フォルミガ約五十体分の金が稼げるのだ。まだまだ冒険者だけで食べていけるほど、僕の実力があるわけではない。
それからいつものようにロシャ・フォルミガを狩りに出かけた。
この日も狩るのは一匹にする。
狩るのはそんなに時間はかからなかった。探すのにニ十分ほど。そして狩るのに十分ほどだ。合わせて三十分の時間をかけて一体のロシャ・フォルミガを安全に殺した。
殺す方法はいつもと一緒だ。
アビリティで操った剣でロシャ・フォルミガの動きを止めて、持っている剣あるいはアビリティで操った剣のままで奴の口内に剣を突き刺すのだ。
甲殻を斬れない僕の剣であっても、こうすれば簡単に奴を殺せる。
これにも随分と慣れてきた。
弱い僕でもロシャ・フォルミガを殺すことが出来る唯一の方法だ。
これが出来たとしても、僕は本当にパーティーの一員の冒険者としてやっていけるのだろうか、という不安が残る。
初めての経験なのだ。
こういう気持ちは当然だろう。
だけど、僕は初めての一歩を踏み出すしかない。
これから先、冒険者として生きて行こうと思えばパーティーで生きていくのは必須である。
だから僕は冒険者組合の戸を開ける。
ここはミラの迷宮内に作られた施設の一つであり、この建物の裏が、僕が訓練で使っていた演習場がある場所だ。
隣には徒弟制度を利用する見習い冒険者の為の宿泊施設もあるが、迷宮内に幾つかある建物の中で冒険者にとって最も重要な施設の一つだった。
中は広い。
入り口の傍には二階に続く階段があり、上での数多くの声が聞こえてくる。奥の右側には大きな掲示板と受付が、左側には木で作られた多数のテーブルと椅子が並んでおり、そこには屈強な冒険者達が座っている。どうやらパーティーで会議を行っている冒険者もいれば、一人で椅子に座って休んでいる冒険者もいる。また誰かと談笑している冒険者もいると、それぞれが思い思いの行動をしていた。
また奥に続く道もあり、そこには何があるのか僕は知らない。
だけど、僕の目的は一つだった。
まずは掲示板を見る。
そこには多数の紙が張り出されていた。
最も多いのがパーティーメンバーの募集である。
『攻撃力のあるアビリティを持った冒険者募集中!』『ギフト使い求』『一か月間のみ入れるサポートメンバーいませんか?』など様々な条件が書かれていた。そこには見出しのみ大きく書かれていて、中には具体的な条件が示されてある。
例えばこれまでの冒険実績、使えるアビリティの指定、これまでに狩ったモンスターの強さ、また性別や年齢さえ指定している張り紙まであった。
僕はそれらの紙をざっと見てみるが、残念ながら新人だけが集まったパーティーはない。どれもロシャ・フォルミガを狩れることは前提のパーティーであり、僕がいつも潜っている場所よりもより深い場所に潜っている冒険者を募集しているものばかりだ。
だが、僕が落ち込むことはない。
それは当然だからだ。
僕のような駆け出しの冒険者など、この迷宮にいる中で数が少ない。そもそも立派に冒険者だと名乗れるのが、それだけで食っていける存在である。それに関して言えば、未だに漁船のアルバイトで食べている僕はまだまだ立派な冒険者だとは言えないだろう。
だから僕は掲示板の隣にある受付にいる人に話しかけた。
「パーティーに入りたいんですけど」
「はい。では、まずお名前を聞いても宜しいでしょうか?」
「僕はティエと言います」
「では、ティエ様はどんなパーティーがお目当ですか?」
そこにいたのは、眼鏡をかけた小太りの中年女性である。
年季の入った女性であり、手慣れたように手元にある冊子を開けていた。
「初心者のパーティーです。僕自身も初心者なので!」
「なるほど。初心者ですか」
お姉さんはそう言ってから、後ろにある冊子を探しに背を向けた。
幾つかをなぞってからお目当ての物が見つかったのか、僕の前に広げる。
「今のところ、新しいメンバーを募集している初心者のパーティーはこの二つですね。時期がよければもう少しあるのですけど、あいにく今は時期が悪く……」
徒弟制度は年に二回あり、新しく募集するタイミングは決まっている。希望すれば誰でも申し込むことは可能だが、時期は固定だ。アビリティやギフトに目覚める者は個々にばらつきがあれど、卒業するタイミングもある程度同じになるように組合が調整する。
今の時期はきっとそのタイミングではないのだろう。
そもそも僕が徒弟制度を卒業したのも丁度一年ほど前だ。きっと今、冒険者になった冒険者がすぐに補充メンバーを求める事はそうそうないだろう。
「そうだと僕も思っていました」
「そう言えば、ティエ様はこれまでどちらでパーティーを組まれていたのでしょうか? インフェルノでございますか?」
インフェルノとはこのセウとは違う迷宮都市であり、ここよりも冒険者が多いらしい。
「違います。ここ出身です」
「そうなのですか。では以前に所属していたパーティーはどのようなパーティーでしたか?」
「残念ながら卒業の時にパーティーは組めなくて……」
「なるほど。それはもしかしたら初心者が集まったパーティーと言えど、入るのは難しいかもしれませんね。冒険実績が全くない冒険者を欲しがるパーティーは少ないので……」
お姉さんは困ったように唸っていた。
「いえ、冒険自体はしたことあるのです」
「そうなんですか?」
お姉さんは目をきょとんとさせる。
「はい」
「もしかして知古を頼って混ぜてもらったのでしょうか?」
「いえ、違います」
そういう冒険者もいるとは聞いている。
最初は初心者だけで潜るのは危険だから、伝手を使ってベテランのパーティーに見習いとして混じるのである。そこで徒弟制度とはまた別に冒険の手ほどきを受ける。実際のパーティーに入って、生の冒険を学ぶのだ。
そういう冒険者は弟子とも呼ばれており、才能のある者は徒弟制度時代から次世代の冒険者としてスカウトされる者もいるらしい。
「なら、どのような冒険を?」
「――最近はソロで潜ってよくロシャ・フォルミガを倒していました」
「あら、まあ。それはなんと危険な。よく生き残っていますね」
お姉さんは口を手で押さえて信じられない者を見るような目だった。
その気持ちは痛いほどよく分かった。
本来、迷宮とは一人で潜るものではない。仲間と助け合ってリスクを最大限に減らしたうえで安全に潜るものなのだ。
一人で潜るなどリスクも高く、何かミスを起こした時にフォローする仲間もいないので組合からも推奨されていない潜り方だ。一人での冒険は死亡率がとても高い、と僕も徒弟制度時代に口を酸っぱく言われたものだ。
また僕が今日も一人で潜る時は、いつも門番の一人から「本当に一人で行くのか?」と心配されていた。それはロシャ・フォルミガを一人で一体だけ仮に行く時も変わりはしないのである。
ちなみにセントペイアを倒した事は言わない。あれは実績とは言えない。倒した後に気絶して、プリムラさんに助けられたからだ。そうでなければ、僕は他のモンスターに食われて死んでいただろう。
「運がよかったのです」
だから自分の非常識が分かっていたとしても、僕は笑って誤魔化す事しか出来なかった。
「それなら実力は十分ですね。一人でロシャ・フォルミガを倒せるのであれば、欲しがるパーティーも多いでしょう。初心者ではなく、もう少し上のパーティーも目指せますが、本当に初心者のパーティーでいいのですか?」
「はい! まだまだパーティーでの冒険は分からないので、同じような仲間と成長出来たらな、と思いますので」
「なるほど――」
お姉さんは僕の言葉を聞いてから、片手で顎を摩りながら冊子のページを何度か行ったり来たりさせている。
どうやら僕に紹介するパーティーを悩んでいるようだ。
「――では、こちらのパーティーはいかがでしょうか?」
そしてお姉さんが見せてきた冊子に書かれてあったのは、『ブロート』というパーティーだった。
「これですか?」
僕が指さしたところにはリーダーの名前やパーティーメンバーの名前が書かれており、その下にはアビリティの名称なども書かれてあった。
「どうやら最近結成したパーティーの様ですが、どうやらパーティーメンバーの一人に才能があったようで早々に別のパーティーにスカウトされたので、急遽新しいメンバーを募集することになったようです」
パーティーから仲間を引き抜かれるのは、そんなにおかしい話ではない。有能な冒険者はすぐに他のパーティーに勧誘される。行くかどうかは本人の自由だが、今よりも好待遇なら行く冒険者は多いだろう。
「いかがでしょうか、ティエ様。入るかどうかは後にするとして、とりあえずリーダーに会ってみるというのは」
僕はお姉さんの提案を快く受け入れた。




