第十九話 セントペイアⅡ
ティエは真っすぐ向かってきたセントペイアの大きくい広げた口に対し、勇気を持って剣を突き出した。
だが、その口は小さい。
大きな胴体である筈のセントペイアだが、隣の大きな毒爪に対して口内はとても小さかった。
また正確にティエは剣を突き刺すが、セントペイアは毒爪で守るかのように弾いた。
ティエの剣は空ぶる。
それと同時にセントペイアからの突進を避けるように横へと転がった。
だが、セントペイアの鋭い毒爪を避けることはできず、ふわりと浮いた外套の下である脇腹へ掠ってしまった。
さらに通り過ぎたセントペイアに何度も蹴られるようにして、ティエはその場から転がった。
ティエはその後も何度も自分の力で転がるようにセントペイアから距離を取る。またしてもこちらへと向かって来るセントペイアが向かって来るため、ティエは立ち上がろうとするが、脇腹の傷に顔を青ざめる。
「まずいっ……」
セントペイアの毒を喰らってしまった。
麻痺毒だ。今は問題なく動けるが、このままだと体に毒が周りやがては動けなくなる。そうなれば僕はセントペイアの餌と成り下がる。モンスター達は冒険者をむさぼり喰うために襲って来るのだ。
このままだと、死んでしまう。
早く倒さないと、そんな焦りが僕の中に渦巻く。ただどうすればいいか分からない。
またしてもセントペイアは僕に突進してくるのだ。
口内はもう狙っても、きっと弾かれてしまう。
何をすればいい?
どうすればいい?
そんなことをずっと考えながら、僕はセントペイアの突進を避けた。
「っ――」
突進は体に食らっていない。
だが、脇腹に食らった毒が僕の体を蝕む。避けた後に体に激痛が奔り、僕の体の動きは悪くなった。
このまま何もしなければ、あと一度しか攻撃を避けられないかもしれない。そうなれば、セントペイアに弾き殺されるか、牙によって八つ裂きにされるかのどちらかだ。
すぐ近くでセントペイアは旋回する。
こちらへともう一度襲って来るのだ。
僕の命の灯火が、あとわずかになってしまう。
僕の『空の剣』で操った剣をセントペイアに向けても、多少の気が逸らせるだけで何のダメージにも繋がらなかった。
まずい。
焦りが僕の頭を駆け巡るが、その時――僕にアイディアが生まれた。
「これしかない、か――」
僕は諦めたようにセントペイアへと嗤いかけて、剣を強く握った。
何もしなくても死ぬのだ。
それなら一か八かの攻撃に賭けよう、と思ったのだ。
セントペイアはこちらへと突進してくる。これまでで一番早かった。僕はそんなセントペイアに対してずっと待っていたが、痺れて激痛の走る体で走るように向かって行った。
『空の剣』を使って、僕の前に空中に浮いた剣の道を作る。どうせセントペイアは突っ込んでしか来ないからこそ、僕はその“剣”を階段のように駆け上がって、空中へと高く飛んだ。
下にセントペイアが見える。
非力な僕がより威力のある剣を求めれば、空中からの一撃しかないかと思ったのだ。
それだけではない。
僕は体の中の“微熱”を意識する。僕の心臓を渦巻き、僕にアビリティを与えてくれる“微熱”を。
それを両手に集めて、僕の体を支配する。
それと共に先ほどまで空中に浮いていた剣達が糸が切れたように地面へと落ちた。
「あぁああああああああああああああ!!」
僕は口から絶叫しながらセントペイアの頭を狙う。
重力による自然落下に重さが増し、微熱による身体強化によって力が増している。そんな状態で僕はセントペイアの頭へと剣を振り下ろした。
結果は見事だった。
セントペイアの頭部を一撃で切り落とし、何歩か歩いた後に地面へと倒れる。
だが、その代償は大きい。僕はそのまま背中から地面に落ちて、体に大きな衝撃が加わった。
肺が潰されて空気が全部外に出て苦しかった。さらに体から熱を失い、僕の体は動かない。痺れもまだ残っている。
まずい。
瞼が落ちそうだ。
せっかく必死の思いでセントペイアを倒したのに、僕はこの場で気を失おうとしていた。
「いい戦いだったよ――」
そんな僕の前に、星の様にプリムラさんは振ってきた。プリムラさんは僕を褒め称えるように笑っていた。
「ありがとう……ござい……ます」
僕は助けに来てくれたプリムラさんに安心したように、気を失った。
◆◆◆
僕が目覚めたのは、見慣れた病室だった。
「全くティエ君は相打ちが好きだねえ」
前回とは違い、プリムラさんは既に病室にいた。ベッドの隣の丸椅子に座って、本を読んでいたのである。僕が起きた事に気づくと、本にしおりを挟んで閉じた。
そんなプリムラさんは僕に対して笑顔だった。
あんな無茶な冒険をしたというのに、責める気は一切ないようだった。
「他に、手立てがなかったですから」
僕は諦めたように呟いた。
非力な僕の力では、セントペイアを倒そうと思えば相打ち以外には何も思い浮かばなかったのだ。
「でも、次からはあの戦い方は推奨しないかな? 今回はたまたま私が通ったから助けられたけど、二体目のモンスターが現れるとやっぱり死んでしまうから」
「はい。そうだと僕も思います」
僕は項垂れるように頷いた。
あの時はセントペイアと戦うだけで精いっぱいだったけど、いつも僕が探していたロシャ・フォルミガと出会う可能性もあるのだ。
まあ、そもそもあんな浅層にセントペイアという“はぐれ”が出現すると言うイレギュラーはもうやめてほしいけど。
「あ、そうそう。そう言えば、ティエ君はまだ新人の冒険者を助けたんでしょ? 探していたらしいよ」
「あの子達は助かったんですね。よかったです」
僕は安堵したように頷く。
「まるで英雄みたいだねえ」
「本物の英雄だったらこんな風に半死半生じゃあありませんよ」
だけど、こんな僕がした英雄の真似事でも、人の役には立ったのだ。
それについては少しだけ誇らしかった。こんな僕でも英雄に成れたのかも知れない、と自惚れそうになる。
「それもそうだね」
プリムラさんは朗らかに笑った。僕はプリムラさんの言いつけを全て無視したけど、どうやらプリムラさんは特に怒ってもいないようだ。
ちなみに医者からはやはり怒られた。「瀕死になるまで戦うなんて、冒険者として失格だ!」と。綺麗な女医さんに言われたから、僕の心には深く突き刺さった。今度はこんな無茶はしないことを“一応”心に誓った。
そんな僕は、プリムラさんを見つめた。
窓の外で輝いている星によって照らされているプリムラさんはやはり綺麗で、とても輝いていた。
一方の僕は、暗い病室の中でベッドの上にいる。
早く――強くなりたい、と思った。
「プリムラさん、僕、もっと頑張ります!」
「うん! 応援している! きっとティエ君なら大丈夫だよ。じゃあ、私は帰るから、当分はここでゆっくりするといいよ。君は“使いすぎた”から、その反動が待っているだろうしね」
そう言って、プリムラさんは病室から出て行った。
ベッドの上にもう一度泥のように横たわるが、どうにも僕の体は痛かった。毒の影響だろうか、と思ったが、既にセントペイアの毒は体から抜けているようだ。
痛みをじっくりと味わっていると、この痛みが全身の筋肉痛のようなものだと気づく。
プリムラさんが言っていた痛みだろう、と思った。
やはり、あの“微熱”はあまり使うものではないらしい。僕にとっては確かに剣の威力を上げる技術であるが、気軽に使えるアビリティと比べて、あまりにも反動がきつい。
もう当分はまともに体が動かないだろう。
そんな風に頭の中で次の冒険について考えていると、扉が勢いよく開いた。
「兄さん! 大丈夫ですか?」
入ってきたのは妹であるランファだった。いつものように画材道具で汚れたエプロンをつけており、透明感のある白い肌にまで赤い絵の具がついていた。




