第十七話 セントペイア
「この野郎っ!!」
腹の底から引き絞るような大きな声と共に、直剣が弧を描いてセントペイアに当たる。オーガは亜麻色の少女へと握った拳をほどいて、僕を強く睨んだ。
足が一歩、一歩、僕へと近づく。
僕との距離はセントペイア三匹ほど距離ほどだろうか。逃げている暇などない。
僕は弱々しいアビリティを使って、投げた剣を手元へと回収した。
僕は震える右手で剣を持って、セントペイアと相対した。
そんな僕に、亜麻色の少女は目からこぼしていた涙を止めて、驚いたように言う。
「どうし……て……?」
理由なんて、僕にも分からなかった。
こんな無謀な事をした言い訳なんて後付けは無限に出来るのに、自分の行動は何一つ僕には分からなかった。
だけど!
きっと僕の体が動いたのは理屈じゃない。
彼女が泣いている姿を見た時、自然に足が出たのだ。
だって――
「――僕は英雄を目指しているから、かな」
僕は亜麻色の少女に優しく微笑みかけた。
だって――あの日、僕はプリムラさんのようになりたい、と思ったのだ。
ピンチに陥っている人を助けるという英雄譚に、幼き頃の僕は心を打たれたのだから。
僕の能力がセントペイアに届かないとしても、その気持ちだけはどうしても曲げる事が出来なかった。
「えっ――」
「逃げて! 早く! ここは僕が食い止めるから!」
僕は亜麻色の髪の少女に怒鳴るように言った。
「えっ、でも!」
「リーリオちゃん、早く来い!」
「そいつはその冒険者が何とかしてくれるさ!」
仲間の言葉を受けて、彼女は急いで立ち上がり、こちらへと何度も振り返りながら見えていくのが見えた。
僕はそんな彼女が見えた事でほっと胸を撫で下ろして、セントペイアに剣を構える。
「来てみなよ、ムカデ野郎。僕が相手になってやる!」
僕は勝てる見込みは全くないのに、口元に笑みを浮かべながら自信満々に言った。
◆◆◆
セントペイアの攻撃は酷く単純だった。
その大きな図体を素早く動かして、僕を頭から齧ろうとする。僕はそれを横に飛ぶように避けた。当然ながら『空の剣』を使って防ごうとするが、僕の剣は情けなく飛ばされて何の意味を持たない。
セントペイアはそれからも何度も僕を齧ろうと地を這うように攻撃してくる。僕はぎりぎりまでセントペイアの頭を惹きつけて、横へと飛ぶように何度も避けるのだ。
決して背を見せては逃げない。
そんなことをすれば、僕よりも足の速いセントペイアに後ろから攻撃されるのだ。
何度もプリムラさんから言われた事だ。
「いい? ティエ君。決して敵に背を向けたら駄目だよ。どんなに強大な敵でも、前を向いて戦うの。そうしないと避けれる攻撃も避けれないし、相手の攻撃パターンを把握すれば避けやすくなるの。戦いやすくなるわ。どんな状況でも、決して戦う事を諦めないで。それが結果的に“勝ち”に繋がるから」
僕はプリムラさんと何度も試合していた時に彼女の木刀を腹に食らって、悶絶しながら地面に倒れていた時の記憶を思い出す。
プリムラさんの教えは、僕の命を必死に未来へと繋いでくれる。
「きしゃあああああああああ」
僕に攻撃が当たらないのが気に喰わないのか、セントペイアは何度も唸り声を挙げながら僕へと襲い掛かる。
だが、幸いなことにセントペイアの攻撃は頭だけなので、そこだけ気を付ければ問題はない。
僕は真っすぐ突っ込んでくるセントペイアの攻撃を惹きつけて必死に横へと飛ぶ。
その途中に、『空の剣』によって剣をセントペイアに振るうが、残念ながらセントペイアに傷は殆どつかない。
やはり僕の攻撃は通用しないようだ。
「はあはあ――」
僕はアビリティによって剣を振るって、セントペイアの攻撃を避ける。それを何度も繰り返していると、すぐに息が切れて来た。
それも当然だろう。
セントペイアの動きは早く、僕は何度も全力で飛ぶのだ。
プリムラさんとの訓練で体力はついたけど、無尽蔵ではない。避けて、逃げるだけなのに、僕の体力はもう尽きかけていた。
それでも、“得たもの”はあった。
それがリズムだ。
この個体のセントペイアの動き方が、少しずつ感じられるようになったのだ。
自らの攻撃がかわされたセントペイアは、その場で旋回するように周り、僕を見つけると大きな口を広げてから真っすぐに駆けてくる。その動きに休憩はなく、とても愚直であった。
時々、変化をつけるために少し横から迫ってくることもあったが、こちらに向かって来る時は事前に口を開ける。
僕を――食べるためだ。
だから迫ってくる時はすぐに分かった。
その時に僕は前傾姿勢になり、避ければいいのである。
「ちっ――」
でも、僕はそんな状況がもどかしかった。
何故なら――僕の攻撃は何一つ通用していないのである。
『空の剣』は、セントペイアには通用しない。僕の手で振るう剣も避ける時に振るうが、腰が入っていないのであまりダメージはない。
やはり、会心の一撃を入れないと。
そんな事を心に思いながら僕の頭に思い浮かんだ方法は、一つだけだ。口内への剣による一突き。それが決まれば、セントペイアにも致命傷を与えることができる。
殆どの生物は口内が弱点だからだ。
だが、問題は一つ残っている。
「あれに、僕は剣を入れるの?」
僕はこちらへと真っすぐに突っ込んでくるセントペイアの顔を見て、慄いたように嘆いた。
その顔のすぐ横には毒爪が生えており、触角は長い。その対アックに見合わず口内は小さく、タイミングや狙いを間違えれば、僕はセントペイアのの毒爪や牙などをその身に食らう事になるだろう。
果たして、この攻撃が本当に正解なのか分からないが、でも他に方法なんてない。
考えている時間は無い。
このままだと僕は、やがて体力が無くなってセントペイアに食べられる。無茶をしても結果は一緒なのだ。
攻撃を避けられたセントペイアはその場で旋回し、距離を取るように離れた僕を視界に入れる。
小さな口を開けて、毒爪を広げた。
こちらへと襲って来るのが、僕には分かった。
僕は持っている剣を水平に構えて、セントペイアを待つ。




