第十六話 冒険
プリムラは意識が無くなって全身から力の抜けたティエをその場に寝かせると、自分の膝の上に乗せて優しく髪を撫でる。
まるで子を愛でるように。
そんなプリムラの背後から鎧を身に着けた女が話しかける。年齢はプリムラと同じほどだろうが、身長が低く、狼のような鋭い目を持った女性だった。彼女はプリムラと親しいのか、ざっくばらんな口調である。
「プリムラ―、その子があんたの言っていた子?」
「そうだよ。可愛いでしょ?」
プリムラは自慢げに言った。
「あんた、そんな趣味だったっけ? 私はもっと屈強な男が好きだと思っていたよ。まさかそんな可愛らしい子をお気に入りに選ぶなんてね」
狼のような女は意外そうだった。
「ふふん。この子はきっと可愛いだけの子じゃない。――強くなるよ。私がびっくりするぐらいに」
「それって、私達よりも、ってこと?」
「そうだよ――」
自信満々なプリムラに、狼のような女は意外そうな顔をする。先ほどまでの戦闘を見ていたが、どう見ても才能の無いような子だった。アビリティは弱いし、戦いにセンスがあるとは思えない。
そんな彼に――英雄の秘宝、とも言える“熱”の使い方を教えるとは、狼のような女は酷く驚いたのである。
「……どうしてそんなに強くなると思えるんだ?」
「ティエ君はね――アルタイル様に似ているんだ。英雄のアルタイル様に、ね」
「あんたがアルタイル様に入れ込んでいることは知っているけど、まさかそこまでとはね。あんた、その子を憧れの男性にでも育てる気なの?」
狼のような女は呆れたように言う。
「さあ? どうかな?」」
そう言ってはぐらかすプリムラは、恋する少女のように笑った。
◆◆◆
新たな力の使い方を知った僕に、プリムラさんは「その力の使い方を見極めるように」と言った。
あまり使わないように、とは言わなかった。僕のアビリティが弱いことが分かっているからだろう。
そんな僕にプリムラさんが強く釘刺ししたのは、この力をモンスターと戦う時には使わないように、ということだけだった。
もしもモンスターの前で使ったら、誰も助けてくれない。それなのに意識を失うという事は死という悲惨な結果を生む、と教えてくれたのだ。
だから僕はそれを心に決めながら、今日も一人で無謀にも迷宮に挑む。
と言っても、普段とすることは変わらない。草原で『ロシャ・フォルミガ』を狩るのである。
だけど、今日はいつもとは一つだけ違うところがある。
服装が増えたのだ。
昨日、プリムラさんがフード付きの黒い外套をプレゼントしてくれたのである。フードを被れば日差しも避けれるし、鋼糸が編み込まれているから少し重たいけど全身を守れる、とプリムラさんは言ってくれた。
そんな状態でいつもと同じようにアビリティを使って、ロシャ・フォルミガを狩る。一人で狩るのにも随分と慣れたと思う。
何体か、ロシャ・フォルミガを狩れた。
いつものように、口内を狙うのである。
この前のプリムラさんとの訓練のおかげだろうか。
体の動きが冴えているように感じる。
以前よりも簡単に『ロシャ・フォルミガ』が倒せるような気がするのだ。
そして何体かの『ロシャ・フォルミガ』を倒し、体内にあるカルヴァオンをはぎ取っていた。
これが僕にとっての貴重な報酬になると、うきうきとしながら取り出すのだ。
綺麗な石を天井に浮かぶ光にかざしてから腰のポーチに入れると、雄たけびが超えた。
「――きしゃあああああああ!!」
決して人の声ではない。おぞましい怪物の声だ。
聞いた事のないような声なので、きっと出会ったことのないモンスターだろう、と僕はすぐに気付いた。
行かない方がいい。
そう頭では警鐘を鳴らしているのに、どうしてか僕の足はその声が聞こえた現場に向かっていた。
草原の丘を越えた先に、恐ろしいその――モンスターはいた。
多くの足が生えた長い胴体だ。頭には長い触角が生えており、毒爪が鋭く存在している。
地上のムカデに似たモンスターであり、『セントペイア』と呼ばれている。
だが、地上の踏み潰せるようなムカデとは違い、セントペイアは二メートルほどの体長がある。
セントペイアは本当ならもっと先にあるエリアで出現するモンスターで、浅層を超える際の難所とも呼ばれるようなモンスターだ。
決して、このような入り口に近い場所に現れるようなモンスターではない。
きっと、元の生息地から“はぐれ”てきたモンスターだと、僕は思った。
そんなセントペイアと、見た事のない冒険者が四人ほどモンスターと戦っている。
風が舞い、剣を振るい、槍が飛ぶ。五人の冒険者はセントペイアと死闘を繰り広げていた。
逃げようとしても、セントペイアの足が速くて逃げきれないのだろう、と僕は気づいた。
「どうしてこんな場所にセントペイアがいるんだ!」
「私達はまだ冒険者になったばかりなのに!」
「攻撃は一つも通じないなんて!」
戦っている冒険者の顔は見た事がないが、顔がまだまだ若いのでこの前まで見習いだった者達だと分かる
彼らは必死になってセントペイアと戦っていた。
しかし、まだ新人冒険者である彼らにセントペイアを倒せるわけがなく、攻撃は何一つ通じないまま防戦一方を強いられていた。
だが、セントペイアの口のあまりの速さに、冒険者達は必死になって避けながらも、その鋭い爪で鎧をわずかに削られる。
血が出て、毒が肌に染み込むのだ。
このまま戦っても、時期に毒が回って動けなくなる未来が僕には想像できた。
「きっともっと高位の冒険者が、助けに来てくれる筈――」
だって、この場所は迷宮の入り口に近い場所なのだから。多くの冒険者達はここを通って中層、さらには深層へと向かう。
だからセントペイアのような中層によく出現するモンスターなら、簡単に倒せるような冒険者がいつかは現れる筈なのだ。
僕の様に、初心者に怪我生えた程度の冒険者ではなく。
だってオーガはプリムラさん達の手違いでこの場所にまで来ることになり、今も作業のようにオーガを狩っているのだから。
ここで待っているといつかはプリムラさんが来るだろう。あんなにも凄い移動手段があるのだ。僕の時のように空から現れて、華麗にオーガを倒すはずなのだ。
「どうするんだ?」
「逃げるしかないだろう!!」
「セントペイアとまともに戦うなんて冗談じゃないわ。私達が勝てるわけないじゃない!」
「もう……ギフトも限界です……」
だけど、どれだけ待っても、高位の冒険者は現れなかった。
どうして現れないのだろうか、と僕が考えた時、答えは簡単に出た。
遠くで別のモンスターの絶叫が聞こえた。
それも一つではない。
無数の声だ。きっとこの迷宮で“何か”が起こっているのだ。
そんな時、僕は訓練所で習った知識の一つを思い出した。
モンスターの大発生だ。
そんな現象をミラでは“アウトブレイク”という。
様々なモンスターが存在するミラでは、時々、ある特定のモンスターが大量に発生することが稀にある。
以前に僕が浅層でオーガと出会ったのもアウトブレイクの結果なのだろう。あれはオーガが大量に発生したので、元の生息地から溢れ出したのである。
今回、発生したアウトブレイクが、どんなモンスターなのかは僕は知らない。このセントペイアが大量発生したのか、それとも元の生息地を追い出されて“はぐれ”たのかは分からない。
だけど、多くの冒険者が戦っているのは分かった。
だって、遠くで爆発音が聞こえたのだ。プリムラさんの仲間が出す音だ。
きっとプリムラさん達は戦っているのだろう、と思った。こことは別の場所で大量発生したモンスターを殺しているのである。
快晴の空に流星が通る。
プリムラさんだってこことは別の場所で戦っているからこそ、ここには現れない。そんな余裕が彼女たちにないのである。
そこまで考えた時、僕は逃げる準備へと入っていた。
あんな強力なモンスター相手に出来る事なんて何もない。
できるとすれば、プリムラさん達のような冒険者が、一刻も早く現れる事を祈るだけだった。
プリムラさん達のような冒険者なら、セントペイアなんて簡単に殺せるはずだから。
「駄目だ! 逃げるぞ!」
「そうだ! まともに戦ってなんていられるか!!」
「皆、すぐに逃げるんだ!」
五人の冒険者はセントペイアを少しだけ相手にすると、すぐに逃げるという選択肢を選んだ。
彼らは一人、また一人、セントペイアから背を向けて全速力で逃げていく。セントペイアに火や風をぶつけたり、中には剣を投げて攻撃をする者もいた。そうやってセントペイアに防御態勢を取らせてから逃げるのである。
五人の冒険者は一目散に駆け出した。
「――きしゃあああああああ!!」
そんな冒険者たちに怒るようにセントペイアは吠えていた。
セントペイアは無数の足で大地を滑るように、冒険者達へと駆けて行った。五人の冒険者よりも若干、セントペイアの方が足は速い。
このままだと捕まる。
「あっ――」
そんな時、逃げていた冒険者の中の一人が足を絡ませた。
地面に転がる。
少女だった。
歳は僕と変わらないぐらいだろうか。
亜麻色の髪をした白いローブを着た子だった。顔はフードで隠しているのでよく見えない。
彼女はこけながらもなんとか立ち上がろうとするが、腰が抜けてあまり上手く立てないようだ。地面に腰をついて必死に後ずさる。
だが、セントペイアは待ってくれない。
口を広げて少女を齧ろうとしている。
亜麻色の少女へと急いで駆け付けた。
「リーリオちゃんが!」
「助けている暇なんてない!」
「セントペイアには勝てない!」
冒険者たちは亜麻色の少女――リーリオが逃げ遅れた事にも気づいていたが、助ける様子はない。助けても無駄だと分かっているのだろう。
自分たちの力は全く通じず、勝てるわけがないのだから。
「いやっです……いやっ、いやっ……誰か、助けて――」
僕が木々に隠れている場所からは、リーリオという少女の顔がよく見えた。人形のように整った顔は土で汚れて恐怖に歪み、目からは大粒の涙を流している。
その姿はとても痛々しく、見ていられなかった。
それが分かった時、どうしてか僕は――足が出てしまっていた。
自分でも馬鹿だと思う。
プリムラさんからは何度も強いモンスターとは戦うな、とくぎを刺された筈なのに。
でも仕方がないのだ。
泣いている亜麻色の少女を見た時から、僕の体は自然と動いていた。頭で考えたわけじゃない。僕の意志とは無関係に体が動いたのだ。
僕はいつの間にか剣を抜いており、全力でセントペイアへとアビリティを使った浮かぶ剣で斬りかかった。




