第十三話 ロシャ・フォルミガⅢ
ロシャ・フォルミガが勢いよく僕に突っ込んできた。
僕は自分の傍に引き寄せた三本の剣を射出するが、気にも留めていない。僕のアビリティも心なしか少し強くなっている気がするが、意味など殆どなかった。
僕は突進してきたロシャ・フォルミガを飛ぶように横に避けた。その姿はあまりにも無様で、地面に転がりながらである。
まずい。
僕の心がばくばくと高鳴る。
これまで僕の剣に翻弄されていたロシャ・フォルミガに、僕の力は何一つ通じなくなった。
どうする?
どうすればいい?
僕はこわばりながらもロシャ・フォルミガを見つめて、どうするかを考えるが、答えは一つとして出ない。それどころか考える暇もなく、ロシャ・フォルミガは僕を襲ってくる。
奴の行動は単純だ。
こちらに突進してくるか、両腕で獲物を捕らえて牙を突き立てるしかない。
奴の両腕に捕まったら僕にそれをほどく手段はないので、それだけは避けないと、と思いながら奴の突進を避ける。
だけど、六本もの足があるロシャ・フォルミガの旋回力は脅威だ。
一度、二度、三度。何度もの突進を避けている内に、僕の息は簡単に切れた。当然だ。僕はここに来た時からずっと鍛えているけど、全力が長い事続くほどの体力はまだない。
横に逃げようとした僕のふくらはぎに、ロシャ・フォルミガの固い頭が突き刺さる。幸いな事に川で作られた鎧の上だったので致命傷にはなっていなかったけど、言葉にならない声が口から出るほど痛い。
そのまま地面にうずくまりたくなったけど、ロシャ・フォルミガの腕に捕まるわけにはいかないので、僕は片手で左のふくらはぎを押さえたまま転がるようにロシャ・フォルミガから逃げる。
だけど、奴は変わらず、僕を追ってくる。
僕は守るように三本の剣を僕の前に配置させるが、それ如きで動きが鈍るわけがなかった。
僕は手に持っていた剣をロシャ・フォルミガの頭にかませるけど、それごと頭突きを胸に食らった。
「うっ――」
口から重たい空気が出る。
肺に入っていたものが全て出たのだ。
痛い。
体の全てが。
でも、それを叫ぶ息すら僕にはなく、蹲って唸るだけだった。
このままではいけない。
モンスターに食い殺されるだけ。
体に力を入れて必死になって立ち上がった。その間にも既にロシャ・フォルミガは僕に迫ってくる。
鋭い牙をこちらへと向けて。
足を立ち上がる事など出来ない。
僕はロシャ・フォルミガに馬乗りにされて、体自体を六本の足によって拘束される。全身の力を振り絞って逃れようとするが、モンスターの力にはかなわない。
ロシャ・フォルミガは大口を開いた。
僕の頭を刈り取ろうとしている。
だけど、その口を見ても僕が焦ることはあなかった。
結局のところ、僕がロシャ・フォルミガを倒す機会は一つしかなかったのかもしれない。
僕のアビリティは弱い。迷宮内で最弱のロシャ・フォルミガの外殻でさえ、まともに切れないほどの威力しかない。強力なアビリティを持つ冒険者なら、あの程度は簡単に撫で斬りにすると言うのに。
だから僕は剣を持っている右手に力を込める。だけど、下半身も使えない。力は十二分とは言えないだろう。そもそも僕の全力の斬撃でさえ、ロシャ・フォルミガの外殻を切る事は出来ない。
だから――僕はありったけの『空の剣』を右手の剣に込める。きらきらとした粒子が僕の剣を薄く包む。
僕の筋力だけなら足りない。アビリティだけでも足りない。それを足しても、ロシャ・フォルミガの外殻は斬れないかもしれない。
だけど、どんな生物であっても一つだけ弱点がある。
僕はロシャ・フォルミガのこちらへと大きく開いている口の中へ、剣を突き刺した。これまでの攻撃とは違い、あっけなく、ロシャ・フォルミガへと突き刺さった。そのまま僕は手を放し、ロシャ・フォルミガの体内で剣を暴れさせた。
力を失ったロシャ・フォルミガが、やがて僕の体の上へのしかかる。
それを退けてから、小さな星々が輝く空を僕は見上げた。
こうして初めての戦闘が終わった。
体に残るのはなんとも言えない疲労感だ。
だけど、確かに僕はモンスターに勝ったのだ。あの日、初めての冒険で挫折を味わってから、やっと勝つことが出来たのだ。
冒険者を目指してこの町に来てから既に二年は経っている。
他の冒険者と比べれば、遥かに遅いスタートなのかもしれない。
だけど、どうしようもない満足感が僕を包み込み、右手を空に上げると僕は心の底から勝利の雄たけびを上げた。
◆◆◆
僕はロシャ・フォルミガからはぎ取ったカルヴァオンを換金所に持っていく。
得られたのは果実二個が買えるほどのお金である。生活するのに足りるお金ではなく、僕が漁船で一日働いた金額よりも遥かに少ない。
多くの冒険者なら満足できない稼ぎだろう。なんせ一日も生きられないほどの金額なのだ。生活費以外にも武器代や薬代などの冒険者としての経費を払ったとすればきっとこの稼ぎは赤字だ。
だけど、今日の僕は満足していた。
冒険者としてやっとモンスターを狩れたのだから。
次の日、僕はいつもの漁船でのアルバイトを終えると、いつもの訓練場でプリムラさんにロシャ・フォルミガとの戦いを報告した。
すると僕を褒めるように抱きしめながら、プリムラさんは頭を撫でてこう言った。
「よく頑張ったね。これで、私との特訓も一旦はようやく卒業になった。人との戦いと、モンスターの戦いは大きく違うからね」
プリムラさんの言葉に僕は頷くしかなかった。
強さだけを見れば、ロシャ・フォルミガより確実にプリムラさんの方が上だけれど、両者の戦い方は大きく違う。プリムラさんの動きは洗練されていて、モンスターの場合は雑だが力強い。
これから冒険者として歩む僕には、やはり地道にモンスターと戦って鍛えるしかないのだろう。
「とりあえず、当分の間はロシャ・フォルミガを一人で一体倒せばいいと思うよ。決して無理はしないようにね――」
この日も僕はロシャ・フォルミガを狩りに行く。
それから、僕は昨日と同じ草原に向かって、身を潜めながら進んでいく。それから小一時間ほどかけて一体のロシャ・フォルミガを見つけた。何度か二体か三体も集まっているロシャ・フォルミガを見つける事もあったが、複数体を相手にするのは危険だという事で戦いを避けた。
隙だらけのロシャ・フォルミガを見つけて僕が行ったのは息を整える事だった。
思い返してみるけど、昨日の戦いは無様だった。
まだ相手は僕に気づいていないと言うのに、大声を上げてわざわざ自分の位置を知らせながら開戦した。あの時は緊張をほぐすためにそれしかできなかったのは仕方ないけど、今の僕はそうではない。
ロシャ・フォルミガを倒すのにどうすればいいか、昨日の経験が教えてくれる。
僕は剣を空中に浮かせて音もなくロシャ・フォルミガの周りへ浮かせた。
ここまでは昨日と同じだ。
だが、ここからが違う。
昨日の経験から、『空の剣』をまともに使っても、モンスターの体には一つも傷がつかない事が分かっている。そんな事をするのは時間の無駄だし、僕も疲弊するだけだ。
だからこの日は使い方を変えた。
音もなく、力強く剣を落とす。
僕の狙いはロシャ・フォルミガの足だ。
殺す事でなく、動きを止める事を最優先した。三本の剣で止められるのは僅か三本の足。ロシャ・フォルミガにとっては半分の足だ。だが、動きを止めるにはそれだけで十分だった。
僕はもがいているロシャ・フォルミガを全力のアビリティで押さえつけながら、持っている剣で斬りかかる。ロシャ・フォルミガの甲殻は狙わない。きっと僕の腕でも切り裂くことはできないから。
狙うは昨日と同じ、口の中。
僕は全力で口内に剣を突き刺そうとするが、頭を大きく振られ牙によって剣を跳ねのけられた。
なるほど。
簡単にはうまく行かないらしい。
だが、三本の剣によって動きが止められている今がチャンスだ。
口内を狙うのは難しい。
なら、どこを狙えばいい?
僕はロシャ・フォルミガと距離を取りながら考える。
すると思いついたのは、僕の剣でも押さえつけられる細い足だ。
僕はその考えが頭に浮かぶと、すぐに走り出して剣を全力で振り落とした。細い足は僕でも斬る事ができた。と言っても、先端の細い所だけだ。
その間に押さえつけていた三本の剣を跳ねのけられる。
僕は急いでロシャ・フォルミガと距離を取った。
さて、どうする?
僕は今にも襲い掛からんとしているロシャ・フォルミガと睨みあった。
奴もゆっくりと歩く。まるで隙を伺っているみたいだ。
だが、動きが昨日のロシャ・フォルミガと違う。すこしだけ動きがぎこちない。どこが違うのだろうか、と観察してみると、先ほど切った足を引きずっている。
どうやら僕の攻撃は意味があったみたいだ。
僕は思わず顔がニヤケそうになるが、ここで気を緩めるわけにはいかない。
とりあえずの方針は決まった。
それからの僕の行動は早かった。
『空の剣』を使って、ロシャ・フォルミガの動きを止めようとする。狙うのは足だけど、相手も全力で逃れようとするので時には胴体を押さえつける。
そして動きを少し止めて、足を斬るのだ。幸いにもロシャ・フォルミガの動きは繊細さを欠いている。万全の状態ならまだしも、今の相手に隙を作りだすのは簡単だ。
『空の剣』を駆使しながら、地道ながらも確実に相手の足を削っていく。
六本の足を全て斬り終わるまでにかかった時間は、僕が息を切らすほどだけである。
そして草原の上で芋虫のような無様な姿にロシャ・フォルミガをしてから、口内に剣を突き刺してとどめを刺した。
僕は殺しきったロシャ・フォルミガからカルヴァオンを取った後の話だが、どうしても二体目のロシャ・フォルミガに挑みに行く気にはなれなかった。
体に疲労感があったからかもしれない。
この状態で戦って、二体目のロシャ・フォルミガに勝てるかどうか不安だったのだ。
――どうしてもあの日の事が頭によぎるのだ。
オーガに手も足も出なかった日の事だ。
たまに今でも悪夢に出るほど、僕はオーガが怖い。殺されそうになるのが怖い。今戦ったそうなるのではないかと思うと、安全策しか頭に浮かばないのだ。
だから僕は冒険者だけど、“冒険”はしないのかもしれない。




