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美人な師匠の愛が重い  作者: 乙黒


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第十二話 ロシャ・フォルミガⅡ


ロシャ・フォルミガだ。

大きな蟻を。

おあつらえ向きにも、そのロシャ・フォルミガは一体で存在していた。草をかき分けながら一体で草をかき分けながら進んでいた。やはり地上にいる蟻とはサイズが違うので簡単に見つかった。


彼らの生態で知っている事なのだが、彼らは列をなすこともあるようだ。その姿は“ロシャ・フォルミガ・ロード”と呼ばれて僕のような新人冒険者はとても恐れているけど、熟練の冒険者はまるで道端の小石のようにそんな道を切り開いて奥に進むようだ。

とはいえ、僕が見つけたロシャ・フォルミガはそんなものではなく、一体で行動している。

偵察役、と呼ばれる役割を持っていると教官の先生は言っていたけど、詳しい事はあまり僕も知らない。そういった事を専門的に研究する学者もいて、真に知識を入れる冒険者も数多くいて僕もそうしようかな、と思ったけど、プリムラさんに止められたからだ。

理由を聞くと、


「そういう知識は大事だけど、頭でっかちになってもいけないからね。将来、ティエ君が上を目指すなら、そういう知識がないモンスターと戦う事も絶対にある筈だ。その時に知識が無ければ戦えない、なんて情けない事を言うわけにはいかないだろう?」


 という事らしい。

 最低限の情報だけで、他は自分の目や耳で確かめて頭で判断するのもプリムラさんは立派な冒険だと言っていた。

 それが正しいかどうか、僕にはまだ分からないけどよくしてくれるプリムラさんが言うのだから信じようと思うのだ。


 どちらにしても、僕に必要な情報はあのロシャ・フォルミガが一体で動くという事だけ。

 それだけで十分なのだ。

 ここにある草が短くて身を隠すのにとはいえ、僕は身を屈めながら進む。ぎりぎりまで見つからないためだ。その間に距離を詰める。ここから先に行けば見つかるだろう、というところで僕は『空の剣アーカーシャ・カタール』を使って、三本の剣を空中に待機させた。

 そして、息を整える。

 僕はこれからモンスターと戦うのだ。それも頼りになる仲間など一人もいなくてたった一人で。

 心臓がばくばくとなる。緊張しているのだと思う。

 でも、ここで気合を入れてモンスターに立ち向かわないと、僕の冒険者人生は何も始まらない。

 だから!


「――最初からうまく行くなんて思わないで、最初は気合を入れる為に叫んでモンスターに立ち向かってもいいんだ」


 僕はプリムラさんの言葉に従う。


「うわあああああああああああああ!!」


 最初から不意打ちできるなんて思っていない僕は、手に持った剣を両手でしっかり握り占めたままロシャ・フォルミガに立ち向かった。

 狙いなんてない。

 明後日の方向を向いているロシャ・フォルミガに剣を振るった。

 当たったのはロシャ・フォルミガの三つに分かれている固い胴体の真ん中だと思う。僕の剣は無様にも固い外殻に弾かれて、ロシャ・フォルミガが振りかぶった頭を鎧ごと剣で受けた。

 二歩ほど、後ろに下がった。


「――きっと、失敗するから」


 僕の脳内に蘇るのは、冷酷なプリムラさんの言葉。そして彼女のにやにやとした顔だ。

 プリムラさんは言う。

 失敗することはそれほど心配しなくていいと。

 それよりも目の前の恐ろしいモンスターにビビッて、戦えなくなることを心配した方がいいと言っていた。


 だから、僕は嗤うのだ。

 これから命のやり取りをするのがどれだけ怖くても、目の前のモンスターの存在がどれだけ怖くても、僕は嗤うのだ。

 プリムラさんがどれだけ困難な状況に陥っても、絶望に顔を染めるのではなく笑って誤魔化せって言っていたから。

 口角を無理やりにでも上げた。


 ロシャ・フォルミガの黒い目がこちらを向く。

 ああ、まずい。

 あれは完全にこちらを標的だと見定めた目だ。

 体を旋回させて、頭を僕に向ける。顎をがちがちと鳴らした。そして僕を殺して“喰う”つもりでもある。

 怖いけど、もう逃げると言う選択肢なんてない。

 僕は空中に浮かしてある三本の剣をがむしゃらにロシャ・フォルミガへと振るった。

 頭。

 足。

 胴体。

 臀部。

 頭。

 胴体。

何度も切りつけるが、一度として致命傷とならない。全ての攻撃が弾かれるのだ。

 これも分かっていた事だった。

 僕のアビリティは剣を操ることだが、その剣の速さは僕の手で振るうのとあまり変わりはない。

つまり、弱いのだ。

 やはり、以前から言われていた通りだ。

 僕のアビリティは一撃でモンスターを殺すためのものではない。だから一度、冒険者として引退を進められた。


 その解決策を、プリムラさんは一つとして教えてくれなかった。


「もしも教えたら、この先、ずっと教えないといけないかもしれないから。それは君の為にならない」


との事らしい。

 僕はそんな事を思い出しながら必死に三本の剣でロシャ・フォルミガを狙う。

 足が駄目なら付け根を。

 顔が駄目なら目を。

 胴体が駄目なら腹を。

 だが、どれもうまく行かない。

どれも遠くから剣を動かしているからだろうか。

狙いがぶれる。

直前でロシャ・フォルミガが動くからだろう。

何故、僕は遠くからしか剣を振るわないかの理由はよく分かっている。

 ロシャ・フォルミガの近くに駆け寄って、固い顎で体を食いちぎられるのが怖いのだ。

 その恐怖感はまだ拭えない。

 

 そんな僕とロシャ・フォルミガの攻防はしばらく続く。

 僕が三本の剣を駆使して遅い、ロシャ・フォルミガがそれを躱して弾く攻防だ。距離を取って戦う僕にロシャ・フォルミガの牙も爪も届かず、僕の剣は固い奴の外殻弾かれるだけで致命傷にすらならない。


 このままの時間が永遠に続くとさえ感じられた。

 もしも途切れるとしたら僕がアビリティを発動できなくなるか、ロシャ・フォルミガの体力が尽きるまで。

そう、僕は楽観していた。

だけど――ロシャ・フォルミガの瞳が“赤く”染まる。

思わず、僕の顔は引きつってしまった。



 ◆◆◆



 一人になった訓練場で、プリムラはロシャ・フォルミガを探しに行ったティエの姿を思い浮かべながら空を仰いだ。

 このミラというダンジョンにも時間の移り変わりは存在する。

 昼の間は頭上に太陽のような大きな水晶体が輝くが、夜になるとそれは消えて夜空に輝く星々のように小さな水晶体がキラキラと輝く。水晶体が地平線の彼方に沈むと言うことはないが、確かに時間の変化は存在した。

 そして、朝方には目が覚めて夜になると眠たくなる人の体に一日のサイクルがあるように、モンスターにも独自のサイクルが存在する。

 彼らにも、積極的に動く時とそうでない時があるのだ。


「君はこの“黄昏時”を超えられるかな?」


 プリムラは楽しそうに言った。

 今は、昼と夜が混じった時間だ。

 黄昏時は、冒険者にとっては危険と云われている。何故ならモンスターたちはこういう時間帯に気が昂ぶり、いつもよりも凶暴で索敵範囲が広いのである。


 この時、黄昏時のモンスターは眼が“赤く”なるのだ。


 理由は不明。原因は不明。


 悠久の間、様々な研究者や冒険者が調べたが、結局、分からずじまいだった。


 ただとある仮説によれば、黎明時と黄昏時には、ダンジョン内のダークマターの濃度が高まると云われている。その証拠に、冒険者がこの時にアビリティを使うと、通常よりも高い効果を発揮することが多いらしい。だからモンスターもダークマターの影響を受けて、気が高ぶっているという説もあるが、ダークマター自体が眉唾ものとしている学者も多いため、あまり支持されてはいない。


 ただ言える事は――命を賭ける冒険者に就く者は、この時の冒険を“必ず”避ける。


 何故なら得られるカルヴァオンは同じなのに、この時間帯に戦うモンスターは強いのだ。戦う理由がない。同じだけの報酬を得るのなら、弱いモンスターを選ぶのが職業としての冒険者だ。


 その考えは一理あるとプリムラはあると思っている。

 だが、常にそうとは思えなかった。

 冒険者として上のステージに立てば立つほど、この時に冒険をする必要も時にはある。

 だから――


「ティエ君、将来の為にこの時を超えてほしいな。それが君の為だと思うから――」


 真剣な眼差しのプリムラは、自身が見定めた英雄候補のまだ見ぬ未来に夢を見た。


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