第十一話 ロシャ・フォルミガ
「今からですか?」
僕は顔が思わず引きつった。
プリムラさんと訓練をして随分と長い。昼過ぎから訓練して、もう夕方頃だろう。もう少ししたら夜になる。そろそろ帰る時間だ。
「そうだよ。行くなら早い方がいい。特に今のティエ君は私との戦いを経て、気が“立っている”。戦うなら絶好の時さ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ。それにそろそろ頃合いかと思って用意していたんだ。ちょっと待ってて」
プリムラさんは演習場に幾つも立っている木の的の傍に隠していた四本もの剣を持ってきた。どれも同じサイズのショートソードであり、あの日、僕が無謀にも単身で迷宮に挑んでオーガに折られた剣と非常によく似ていた剣だった。
そしてその全てを僕に渡してきた。
「これはこの町の武器屋に安価で売っている初心者用の剣で、見習いを卒業した冒険者が使う剣だからいいものではないけれど、モンスターを狩るのには十分な剣だよ」
「……くれるのですか?」
僕は剣の一本を抜いて確かめた。
木剣とは違い、確かな重量が僕に手にのしかかる。
「うん、曲がりなりにも、君は僕の弟子っぽい存在だから。だから、約束して。絶対に――モンスターを一匹でもいいから倒すと」
僕はその言葉に対する返答を一つしか持っていなかった。
「分かりました――」
「うん、いい返事。結果は期待して待っているから――」
プリムラさんはそう言いながら、僕に回復薬を投げ渡した
僕はそれを飲み干すと、背中をプリムラさんに強く叩かれてから背を向けて歩き出した。
◆◆◆
僕が迷宮で狙うモンスターなど一種類しかいない。
ロシャ・フォルミガだ。
地上にいる蟻とよく似ているモンスターだが、体長は六十センチほどもある。足で踏み潰せる蟻とは大きく違う。固い外甲を持ち、踏み潰す程度ではきっとダメージすらないだろう。
また顎が強靭で“まとも”に食われれば致命傷を負う。
とはいえ、ロシャ・フォルミガに殺される冒険者など殆どいない。あるとすれば大量発生したロシャ・フォルミガに対処できず押しつぶされながら体を食われる事ぐらいだ。
そんなロシャ・フォルミガの弱点について僕は思い返すが、一つとして弱点は思い出せなかった。
理由としては一つだろう。
弱点を探すほどロシャ・フォルミガは強くない。駆け出しの冒険者なら強力なアビリティを持っていればそれだけで倒せるようなモンスターだ。もしくはランクの高い武器を持っていれば、ロシャ・フォルミガ程度の外殻などそれだけで簡単に切れる。
だけど、僕はそのどちらも持っていない。
人並みの力しか出せないアビリティしか持っていないし、剣のランクも駆け出しの冒険者が持つようなランクだ。数だけは多いけど。
ロシャ・フォルミガ相手に有利になるような事は一切ない。
例えば仲間をサポートするようなアビリティしか持っていない冒険者なんかは強力なアビリティを持つ仲間がいて、互いに協力しながら倒すらしいけど残念ながら僕にはそんな仲間はいない。
そもそも迷宮の中で仲間は必須だ。
パーティーを組んでいない冒険者などいない。僕の知る限りではいない。ソロで迷宮に潜る冒険者など自殺志願者と変わりない、と教官から強く教えられたぐらいだ。
だけど、プリムラさんはそんな僕にパーティーを組んでから迷宮に潜れ、とは一言も言わなかった。
「ティエ君、君のアビリティの最大の利点は、同時に三本もの剣を操れる事だと思う。それが例えティエ君と同じぐらいの力でしか振れないとしても、それだけで君はアビリティを持っていない四人分の冒険者として働くことができる。言うなれば、君は一人いるだけでパーティーのようなものだね。強さは別だけど」
ということらしい。
将来的にはパーティーを絶対に組むべきだとプリムラさんは言っていたけど、“ロシャ・フォルミガ”程度一人で倒せないと駆け出しの冒険者といっても使い物にならない、というのがプリムラさんがずっと言っていた事だった。
だから僕はこの一年間、ロシャ・フォルミガを一人で倒すことを目標にずっと頑張ってきた。
だから僕は三本の剣を背中に担いで、左腰に付けた剣を抜いたまま迷宮を歩く。
ミラは横に大きく広かったダンジョンで、上を見上げるとある太陽と間違うほどの眩しい明りは夕方に差し掛かったためか以前一人で潜った時よりも大分暗い。もう少しで日は沈み、ミラのダンジョンは夜のように暗くなるのだ。
もちろんそうなれば不思議と外と同じく、干しのような小さな明かりが空に輝く。満点な星空だ。だけど地上とは違って星座もちぐはぐだし、月だって存在しない。やはりここは迷宮なのだと思うのだ。
まだ星々は見えないけど。
以前の僕は密林に向かったけど、今回は反対側にある草原を選んだ。
こちらの方がモンスターを見つけやすいと思ったのだ。
以前はモンスターから見つからないように密林を選んだが、今回はモンスターを見つけやすいように草原を選んだ。また僕に分不相応なモンスターを遠くに見かけたらすぐに逃げ出そうと考えている。
それに開けているから周りにモンスターがいてもすぐに逃げられるし、一対一でロシャ・フォルミガと戦うにはいい環境なのだ。
とはいえ、訓練場や宿舎がある場所からすぐの場所にある草原に、ロシャ・フォルミガ以外のモンスターが出現することは殆どない。
僕は迷宮に降りてすぐにある訓練場から、柵で区切られた先を見渡した。やはりそこは地上とは違う。密林と一緒で整備などはされておらず、殆どの草は足首ほどまでしかないのに、中には背丈をも超えるススキも生えていた。
やはり門番に一人は無謀だと言われながらも、僕はそれを押し切って一人で冒険に出た。
僕はそんな草原を緊張した面持ちで進む。
これまで訓練場にしかいなかった僕にとって、命のやり取りがかかるのはあの苦い思い出の時以来だ。
一歩ずつ迷宮を踏みしめるように僕は歩いた。
僕の足取りは重く、隣を幾つものパーティーが進んでいった。その中には女性もいたし、分厚い法衣を着たギフト使いもいたし、全身を黒いコートで隠した剣士がもいたり、と多種多様な冒険者がいたけど、そのどれもが僕とは違って表情に貫録があった。
「ナダ、早く来なさいよ――」
「うるせえよ――」
そんな中で僕の目を一番引いたのは、女性の冒険者に呼ばれたベテランそうな大男だった。
僕の筋力でも、『空の剣』でも、持ち上げられないような厚い大剣を片手で持っていて、その身に秘めたアビリティはどんなに強力なのだと錯覚させられる。顔には貫録があったしきっと僕なんかとは違って、長い間冒険者をしているベテランなのだろうな、と感じた。
今はまだ無理だけど、いずれは僕も年月を積めばあのようになれるのかな、と未来を想像するとわくわくしてくる。
その為にもいち早く、ロシャ・フォルミガを倒さないと、僕は目を凝らして必死に探すと――見つけた。




