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召喚された司書の相談所〜偽装結婚ですが旦那様にひたすら尽くされています〜  作者: 有木珠乃
第1章 偽装夫婦の日常

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第8話 怖がらないで

 結局、布選びなどもあり、リビングに到着した私の隣にはグリフィスの姿があった。けれどヘルガは驚くような素振りもなく、まるで予想していたかのような態度をしていた。


「ごめんね。遅くなって」

「いいのよ。それよりもアゼリアの方は大丈夫?」

「何が?」

「ほら、いきなり押しかけたでしょう? お小言とかあったのかなって」


 ヘルガは心配そうに言いながらも、私の隣に当然のように座るグリフィスへと視線を向けた。


「大丈夫ですよ。小言など述べていませんから」

「本当?」

「失礼ですね。当人を前にして」

「二人ともストップ! 遅れた理由は、そういうのじゃなくて、ただ準備に手間取っただけなの」

「準備?」


 テーブル越しに座るヘルガが、首を傾げた。


「普段から占いをしているわけじゃないから、色々とね。あと、失礼って言っていたけど、グリフィスの方がもっと失礼じゃない?」

「そんなことはありません。初対面でもないのですから」

「え? そうなの?」


 今度は私が首を傾げ、ヘルガの方を見た。するとグリフィスの言葉が意外だったのか、もしくは心外だったのか。今にも立ち上がらんばかりの顔をして、グリフィスを睨みつけていた。


「別におかしくはないでしょう。アゼリアを紹介したのはそもそも私なのですから。ヘルガの他にも、図書館には知人がいるんですよ」

「だったら先に言ってくれればいいのに。グリフィスも、ヘルガも」

「それは――……」

「アゼリアが慣れるまで内緒にしていてほしい、と頼んでおいたんです。要らぬ気を回すでしょうから」


 否定はできない。でもそうか。さっきからヘルガがグリフィスを睨んでいるのは、それが理由だったのね。


 図書館から自宅までの間にした会話も、これで納得した。知り合いだったからこそ意表を突きたいし、その姿を見てみたい。グリフィスは美麗な容姿もさることながら、常にポーカーフェイスを崩さない男だからだ。


「そんな話はさておき、こちらの用事をさっさと済ませてください」

「え?」

「先ほども言いましたように、知らない人間が家に入ってくるのは嫌なのです」

「でもヘルガは知り合いだって……」


 言ったそばから否定するの? とグリフィスを見たが、返事をするつもりはないらしい。代わりにヘルガへと視線を移す。すると、首を横に振られてしまった。


 つまり、グリフィスが嫌だと言えば、知り合いさえも格下げするらしい。まさにイケメンの特権。白のものも黒になる、という都市伝説を垣間見たような気がした。


「分かったわ。だけどグリフィス。あなたはいつまでここにいる気なの? 私はこれからヘルガを占うのよ」

「邪魔ですか?」

「だって、悩みや相談事って他人に聞かれるのは嫌でしょう?」


 グリフィスとヘルガが、どのくらいの知り合いなのかは分からない。だけど、苦悩な表情を浮かべている限り、そこまで仲が良い関係ではないようだった。


 これなら立ち去ってくれるかな、と期待したが、思わぬ方向から援軍が飛び込んで来た。


「私は別に構わないわよ」

「え?」

「アゼリアとは、これからも仲良くやっていきたいんだもの。旦那様に嫌われて、交流禁止を言い渡されたら大変だわ」

「ヘルガ……いくらなんでも、グリフィスはそんなことしないと思うけど」


 そーっと横を振り向くと、なぜか満更でもない。うん、それもアリか、とでもいうようなスッキリした顔のグリフィスがいた。


 端正な顔だと、表情が読みやすいのね……じゃなくて!


「最初の占いなのに……なんか、ごめんね」

「逆よ逆。最初の占いだから、見ていてもらった方がいいと思ったの」

「……どういうこと?」

「見ていて分からない? 顔に心配だって書いてあるでしょう」


 ヘルガの視線が横に動き、私もその後を追う。すると、よほど見られたくなかったのか、顔を大きく横に向けられてしまった。


「ほら、いつまで無駄話をしているんですか? さっさと始めてください。私がここにいても大丈夫なのでしょう?」

「えぇ。それじゃ、本題に入りましょうか」


 私は居住まいを正し、真正面にヘルガと向き合った。


「すでにヘルガの中で、占ってほしいことがあるのなら、先に聞くわよ」

「っ! 鋭いわね。実はアゼリアに占って、と言った時から決めていたの」

「図書館にいた時に? そこまでの悩みだったなんて……気がつかなくてごめんね」

「いいのいいの。ここ数日の悩みだったし、すぐに解決できるとは思っていないから大丈夫」


 解決できるとは思っていない……それならタロットカードよりもルノルマンカードの方がいいかな。タロットカードは抽象的な答えをくれるから、明確な回答を求める場合には向かない。

 だけどルノルマンカードはシンプルで具体的な答えをくれる。絵柄でも読みやすいから、占いに慣れていないヘルガにも直接伝わりやすいと思うから。


 私は早速、テーブルの上にグリフィスが用意してくれたグレーの敷物を広げた。


「それじゃ、このルノルマンカードにヘルガの悩みに対して、アドバイスをもらいましょうか」

「ルノルマンカード?」

「うん。占いで有名なのはタロットカードなんだけど、物事をはっきり示してほしい場合は、ルノルマンカードの方が適しているの」


 図書館にあった占いの本はタロットカードの本だった。つまりこの世界にはタロットカード、という概念はある。けれどヘルガの反応を見ると、ルノルマンカードはどうやらないようだった。


「タロットカードが、大アルカナ二十二枚と小アルカナ五十六枚の計七十八枚で構成されているのとは違って、ルノルマンカードは三十六枚。少ない枚数で占うの。やり方は、タロットカードとあまり変わらないから、そんなに身構えなくても大丈夫」


 むしろ絵柄から直感的に読むことができるから、ヘルガにとっても安心してもらえるかもしれない。


 私はグレーの敷物の上に、ルノルマンカードを置いてヘルガを見据えた。


「すぐに解決できなくても、カードからアドバイスをもらうことはできるわ。それを受け取るのも受け取らないのも、ヘルガの自由。ピンっと来たものだけを受け取って」

「ピンっと来たもの、だけ?」

「そう。だって、必ずしも当たる、という保障はできないからね」


 元いた世界の私自身、占い師でもないし。


「だから、身構えないで。怖がらないで。気軽になんでも聞いてちょうだい?」


 私はヘルガに向かって微笑んだ。

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