第7話 隙だらけのアゼリア
「それで……どうしてグリフィスも帰宅しているの?」
私の声など、どこ吹く風。鍵を渡してほしいと要求したのにも関わらず、グリフィスは本屋を閉めて私たちと共に帰宅したのだ。
まぁ、あの本屋自体、グリフィスが経営しているわけだから、開けるのも閉めるのも本人次第だから、何も問題はない。しかも図書館同様、本屋も閑古鳥が鳴いている状態である。だから日中働いていても、定時に私を迎えに来ることができていたのだ。
それでいいの? とは思うものの、無理をしているような素振りは一切見られないのだから、私が口を出すわけにはいかなかった。グリフィスなりに考えがあってのことなのだろう。
けれど今回のことは……少し意味が違うような気がした。
「お客様を招くのですから、当然でしょう」
「別に家主がいなくても大丈夫よ?」
「では、お茶の準備など、アゼリアだけでできるのですか?」
まるで何もできない子のように言うが、実際どこにお客様用のカップがあるとか、茶葉があるのか。私は何も知らなかった。
「そういう言い方は卑怯よ。鍵と一緒に教えてくれればいいだけの話でしょう?」
「……本音を言わせてもらいますと、知らない人間が家に入って来るのが嫌なんです」
「えっと、それは……うん。私もそういうところがあるから分かる……」
けれどグリフィスと初めて会った時、すぐに家に入れてもらった。あれは良かったのかな?
あぁ、そうか。緊急事態だったから、グリフィスも気にしなかったのかもしれない。私も判断が鈍っていたし、そもそもこの偽装結婚自体、グリフィスからの提案だったのだから。
「そういうわけですから、そろそろリビングに戻ったらどうですか? いつまでも待たせておくのは失礼ですよ」
グリフィスの言い分も理解できるけど……なんだろう。この腑に落ちない感情は。
「あとでアゼリアの好きなカモミールティーを持っていきます。他に必要な物はありますか?」
「ないけど……あっ!」
そういえば私、アレを持っていないんだった。
「どうかしたんですか?」
「実はヘルガに占ってほしいって言われたんだけど、敷物がなくて」
「占い……ですか」
グリフィスの思案する声に私はハッとなった。いくらヘルガが占いに興味を持ってくれたとしても、それがこの世界の人たちの認識だと思うのは、あまりにも軽率な判断だった。どうして深く考えなかったんだろう。
さすがのグリフィスでも、軽蔑したかしら。
「それなら、あの布がちょうどよさそうですね。明るめのグレーなんですが」
「え?」
「暗めの方がよろしかったですか? それとも別の色が」
「ううん。それでいい。じゃなくて、それがいい」
「良かったです。お茶と一緒に持っていきますね」
柔らかい笑みを浮かべると、グリフィスは私に背を向けてキッチンから出て行こうとした。
色々と行動を制限するのは、私があの黒いフードの男たちに狙われているからで、基本はなんでも肯定してくれるグリフィス。必要なものを揃え、異世界でも何不自由なく過ごせているのは、すべてグリフィスのお陰である。
そして今も……私のすることを否定せず、必要なものを用意してくれる。これに文句を言ったら罰が当たる。
「グリフィス!」
「ん? なんですか? 他にも必要なものが――……」
「ありがとう。それを言いたかったの」
「いいんですよ。アゼリアは被害者なんですから。私がこうして世話をするのは当たり前のことです」
「え? それはどういうこと?」
「アゼリアはこの世界に来たくて来たわけではありませんよね。だから」
被害者、だと言いたいらしい。確かにその通りだし、帰り方も分からない。一度グリフィスに聞いたことがあったけれど、「魔術に関することですから、私には……」と言われてしまったのだ。
「せめて私にできることはしたいのです」
「で、でもっ!」
「ここで不毛な議論はやめましょう。今、アゼリアがやるべきことは、お客様のところへ行くことです。違いますか?」
ううん。グリフィスの言っていることに間違いはない。でもね。素直にお礼を受け入れてくれたっていいのに、と思うのはいけないことなのかな。贅沢な悩み?
私はトボトボとグリフィスの横を抜け、リビングへと向かおうとした。するとなぜか、後ろから腕を掴まれる。
「アゼリア。何も持たずにリビングへ行く気ですか?」
「だって、ヘルガが待っているから」
「それはそうですが、敷物が必要な占いなら、道具があると思いまして」
「あっ!」
そうだ。道具。カードがないから家に帰ってきたのに! あー! 恥ずかしい!!
思わず両手で顔を覆いたいのに、グリフィスに腕を掴まれているからできない。そのもどかしさも相まって、私はその場にしゃがみ込んだ。
「相変わらずアゼリアは世話のし甲斐がありますね」
「面目ない……です」
「いいんですよ。そういうところが気に入っているのですから」
「え?」
こんなおっちょこちょいで面倒な私を? 年齢イコール彼氏いない歴な女だよ? 気に入る要素なんて、何一つないのに……。
「グリフィス」
「なんですか?」
「変な性癖を持っていたとは思わなかったわ」
こんな世話の焼ける人間がいいだなんて……。
「何か勘違いしているようですが」
「全然! グリフィスが世話好きだってことを再認識しただけだから」
それに対して、ずっと申し訳ない気持ちになっていた。世話を焼かれる負担というか。でもそれがグリフィスの性格ならば仕方がない。
これからは遠慮なく甘えさせてもらおう。




