第5話 興味津々の友人
私のいた世界でもそうだが、この世界でも図書館の需要は下がりつつある。建物が古いのは、街並みを配慮したからなのか。はたまた建て替えができないからなのか。それは定かではない。
分かっているのは一つだけ。利用者の減少により、修繕費を国から請求することができない、ということである。何処の世界でも、お金が絡むと世知辛くなってしまうらしい。
しかし、そう嘆いてばかりはいられない。図書館の老朽化は待ってくれないのだから。
そこで色々と案を持ち寄ったのだが、私がこの図書館に来た時にはすでに、やり尽くした後だったという。いくらグリフィスの伝手とはいえ、この世界ではなんの経験もない私が、すぐに図書館で働けた理由が、まさにそれだったとは露にも思わず、驚きを隠せなかった。
新たな発想を取り入れたい、という考えは前向きで、むしろ協力したいとは思ったけど……。
「まさか私の趣味を採用されるとは思わなかったわ」
ヘルガと一緒に、図書館へと入った私は、利用者の耳に入らない場所まで進んでから、ボソッと呟いた。
「あらっ、不満なの? あれだけ好評なのに」
「そういう意味で言ったわけじゃないの。図書館なんだから、もっと相応しい催し物とかあったんじゃないかなって、時々思うのよ」
「たとえば? 朗読や読み聞かせ。作って遊ぼう系だって、ほとんどやったのよ。皆だって、アゼリアに悪いと思って、今まで通りの催し物を開催してみるんだけど……雀の涙程度の集客だったんだから。それに比べて、アゼリアの相談所は三カ月が経った今でも大盛況! これを辞めるなんて、逆に利用者に失礼だと思わない?」
グリフィスとは違った迫力に、私はタジタジになった。
「で、でも四カ月前に突然やって来た私を信用し過ぎだと思って……」
「う~ん。そう言われると、そうなんだけど……」
まるで魔法にでもかけられたかのように、ヘルガを始めとした図書館の人たちは、最初から私に友好的だった。
「ほら、アゼリアはグリフィス・ハウエルの奥さんだし。紹介だから」
「……意味が分からない」
その友好的な理由が、これなのだ。しかも皆、ヘルガと同じことをいう。機械のような、魔法のような、そんな奇妙な現象に、私も深くはツッコめなかったのだ。
三カ月前のあの日も……。
***
「アゼリア。どうしたの? そんなところで蹲って。もしかして、具合でも悪いの?」
この世界の図書館に勤め始めてから一カ月。私のいた世界とは違う書架の配置に慣れず、毎日のように館内を散策していた。
その日も閑古鳥が鳴いていて、司書の仕事といっても、やることはほとんど掃除ばかりだった。利用者が少ない割に、建物は大きく。書架の数は……言わずもがな。清掃の者はいるものの、そこまで手が伸びないのが現状だった。
だから普段、暇……ではなく手が空いている司書が、代わりにやっていた、というわけである。そこで私はある物を見つけてしまったのだ。
「ううん。ちょっとこんなのを見つけてしまって」
「どれどれ……」
ヘルガが私の手元を覗き込む。青い髪がサラサラッとヘルガの肩から流れ、私が今閉じた本の表紙に軽く触れた。
グリフィスの金髪も綺麗だけど、ヘルガの髪も美しい。表紙に掛かっても、全然嫌だとは感じなかった。むしろ、ラメの入った表紙の一部のように見えたほどだった。
「あら、これって占いの本じゃない。アゼリア、興味あるの?」
「興味というより、趣味でちょっと……」
言い終えた瞬間、しまったと思った。図書館に勤務し始めてから一カ月。だいぶ馴染んだとはいえ、占いが趣味だなんて……一緒に住んでいるグリフィスにも言っていないことを口走ってしまった事実に、私は慌てた。
前の職場と同じ、図書館の中だから、つい……。
「ということは、占えるの?」
「えっと、その……」
「しかもこれ、タロットの本よね。わぁ〜、凄い!」
「す、凄い?」
気味が悪いとかじゃなくて? そもそもこの世界の占いの概念を知らなかったから、ヘルガの反応が正しいのか、判別がつかなかった。
「うん。私も興味はあるんだけど、何がなんだかちんぷんかんぷんで」
「私も最初はそうだったよ」
「でも、占えるんでしょう?」
「……た、多少は」
どうしてここで、「全然!」「カードを集めるのが趣味なの」とか、どうして言えなかったのだろう。披露したい見栄とか、私の変なプライドが、おそらく邪魔をしたのだ。
私がそんな言葉を発すれば、次にヘルガが言う言葉など容易に想像がつくというのに。
「それなら、私のことを占って」
ほらね。
「へ、下手でもいいなら、いいよ」
「本当?」
「うん。でも、カードを持ってきていないから、さすがにすぐは――……」
「それなら、一緒に早引きしない?」
「え?」
なんで早引き? まぁ、利用者も少ないし、私とヘルガがいなくなっても大丈夫そうだけど……。
「だって、あのグリフィス・ハウエルを驚かせてみたいのよ」
「グリフィスを?」
「そうよ。いつも定時に迎えに来るでしょう? だから」
ヘルガの指摘に、思わず顔を両手で覆いたくなった。けれど今は大事な本を持っている。だから代わりに顔を下に向けた。
「あら、もしかしてバレていないとでも思った?」
「そんなことはないけど……」
あれだけ目立つ容姿だもの。気づかない方がおかしい。
「改めて言われると恥ずかしい、というか」
「何を言っているの? あれだけの美丈夫に愛されていて」
「愛……ねぇ」
思わず家事に精を出し、私の世話を焼くグリフィスの姿が脳裏を過った。別にそれが悪いわけではないのだが、アレが『愛』だとは……残念だけど、思えない。
どちらかというと、飼育かな。
飼われている感じがするのだ。そもそも偽装結婚なのだから、そこに『愛』などあるとは、到底思えない。たとえ僅かでも感じたとしても、である。




