第37話 初めて会った場所
「それで、要はこの慈善バザーで、新しいタロットカードを探したい、ということでいいんですね」
「う、うん」
返事をしながら、隣を歩くグリフィスを見る。幸せオーラを体全体から放っているその姿は嬉しく感じるものの、視界に入る女性陣の視線のことを考えると、なんとも言えなくなった。
今までも「ねぇ、見た? 今の人、凄くカッコよくない?」とか「隣の人、彼女かな」とかはあったから慣れているけれど、その時と今とでは状況が違う。想いが通じ合った後だと、「あぁいうパッとしないのがタイプなのかな」という否定的な言葉は、純粋に胸に刺さる。お陰で、グリフィスほど幸せ感を味わえなかった。
「あまり乗り気ではなさそうですが」
「えっと、なんていうか……まぁ」
乗り気ではあるんだけど、外野の声が気になって、なかなか楽しめなかった。グリフィスは逆に、目もくれない。
「周りの声が気になるというのなら、ウサギになりましょうか?」
「えっ!」
「アゼリアは好きでしょう? ウサギの方の私も」
グリフィスの言う通り、ウサギの姿の方は別の意味で好きである。まさか嫉妬しているの? と一瞬過ったが、グリフィスの表情を見ていると違うような気がした。
それさえも嬉しそうな顔をするんだから。でも、今日はそういう気分じゃない!
「折角、デートに来ているんだから、一緒に歩きたいし、色々と見て回りたいの」
どうしてそれが分からないかな。
「……確かにデートといえばデートですが、慈善バザーを初デートの場所にしたくないですね」
「でも、初の旅行だって遺跡だったんだから」
「そちらについても、改めて別の機会を初にしてほしいのですが」
「構わないけど、意外ね。グリフィスがこういうのに拘るタイプだとは思わなかった」
「失望しましたか?」
「ううん。私は逆に拘らないから、気にならないわ」
むしろ、何がお初でも構わないと思っている。行った先よりも、誰と行ったか、が重要だと思っているからだ。
「では、タロットカードについてはどうですか? できれば私は、このような場所で探すのは危険だと思っています」
「……いわくつきのがあるから、とか?」
「それもありますが、安全面から、私が厳選したものを使用してもらいたいのです」
魔塔の主の保証付きだったら、確かに安全かもしれないけど……意外と独占欲が強いのかな。
「いいわよ。それにグリフィスがどんなタロットカードを用意してくれるのか、考えるだけで面白いから」
「さすがに変なものは用意しませんよ」
「そうしてもらえると有り難いわ。たとえば、猫のルノルマンカードに合わせた可愛いのがいい」
「分かりました。そういう方向性で探してみます」
ふと、前から来る男性にぶつかりかけた。私もグリフィスの方に寄ったが、肩を掴まれる方が速かったのかもしれない。強い力で引き寄せられた。
「人が増えてきたように感じます」
「そ、そうね。午前中でも、人が動き出す時間帯だから。お昼近くになれば、空くんじゃないかしら」
「ではその間、別の場所に行きませんか?」
「別の、場所?」
「はい。実はアゼリアと初めて会った場所は、この公園の敷地内なんですよ」
「えっ」
そういえば、公園のような場所だった。アスファルトの上を歩いていたのに、急に柔らかい草の上にいたから覚えている。だけど公園なんて、大小問わず、この街にはいっぱいある。
「まさか、こんな近くにあったなんて……」
「別に不思議なことではありません。ここからアゼリアを抱えて、自宅に帰ったのですから」
「……そこは魔術で自宅に戻ったとかじゃないの?」
「すでに召喚魔術で体に負担がかかっていたアゼリアを、再び負担をかせると思いますか?」
「いや、だってまだあの時は……夫婦でもなかったじゃない」
今更だけど、どうしてグリフィスは初めから私に優しかったのだろう。どうしてあの時、親切に助けてくれたんだろう。
「関係ありません。私の不注意が起こした出来事だといえましたので」
「どういうこと?」
「ここは周りに人がいますから、場所を変えましょう」
「……そうね」
私たちが初めて会った場所に……。
***
私がこの世界に来たのは、一年と二カ月。それなのに、初めてこの世界に降り立った場所を見ても、懐かしさを感じない。どちらかというと、こんな場所だったのか、と疑いたくなるほどだった。
「もっと広い場所だと思っていたわ」
「記憶が誤作動を起こすのも無理はないでしょう。何もかも知らない場所に来れば、意外と広く見えるものです」
まるで、自分も体験したことがあるような口振りだった。グリフィスはいつも私に寄り添ってくれるけど、この発言ばかりは、そんな感じがした。
「もしかして、この間行った、遺跡のこと?」
「あぁ、さすがアゼリアですね。察しが良くて、一瞬、何を言われているのか戸惑ってしまいました」
グリフィスはそういうと、芝生の上を歩き出した。
「実はウルリーケを封じてから、ジェマナキア遺跡に行ったのは、あの日が初めてだったんです。それまでは、やはり罪悪感からか、行く勇気が出ず。けれどアゼリアが行きたいのなら、と。すみません。あなたを口実にしてしまって」
「いいのよ。いつもお世話になっているから、私が少しでもグリフィスの役に立てていたと知って、そっちの方が嬉しかったわ」
「アゼリアが役に立てていなかったことなどありません。むしろ、私の方がずっと甘えていました」
えっ、と驚いたせいか、急に立ち止まったグリフィスに反応できず、私はそのまま前に出てしまった。が、これ幸いと体を捻り、グリフィスの真ん前に立った。
「ここでアゼリアを見つけたのは、偶然ではありません。図書館からウルリーケを封じたタロットカードが消えたことを魔塔で聞き、私は居ても立っても居られず、探索し始めました。誰よりも、ウルリーケの魔力を知っているのは、私ですから」
そうか。図書館と魔塔はすぐに連絡が取れる関係でもあり、グリフィスはウルリーケの弟。館長がすぐに連絡を入れることは、むしろ当然のことだった。
「その後、数日経っても反応のなかったウルリーケの魔力を、突然感じたのです。行ってみると、アゼリアが呆然とした顔で座り込んでいました」
「っ!」
「責めているのではありません。始め、ウルリーケが姿を変えて現れたのだと思いました。けれどすぐにあなたからは一切魔力を感じないことに気づき、ウルリーケに巻き込まれたのだと察しました」
「……だから、助けてくれたの?」
グリフィスが移動することを進めてくれなければ、私は黒いフードの男たちに見つかっていた。ううん。先にグリフィスが私を見つけてくれなかったら、どうなっていただろう。考えただけでゾッとした。
「私が図書館に寄贈せず、自ら保管していれば、このようなことにはなりませんでしたから」
「それで、不注意……」
「はい。最初は保護するだけのつもりだったんですが……その、あまりにも綺麗な黒髪に見惚れてしまって……偽装結婚を持ちかけました」
「えっ?」
そういえば、時々だけど、私の黒髪を褒めてくることがあった。グリフィスの方が綺麗だから、その度に何を言っているんだろうってやり過ごしていたけど……まさか、本気だったなんて、誰が思うだろう。
「名前もおそらく、独占欲だったのだと、今なら分かります。あの時、なぜ咄嗟に偽装結婚を持ち掛け、名前まで変えるように言ったのか、自分でも不思議に思っていましたから」
「ひとめ、惚れ、だったってこと?」
「結果としては」
まさかのことに、私は開いた口が塞がらなかった。
誰もが振り返るほどの美麗。容姿端麗、美丈夫、眉目秀麗、イケメン等々。あらゆる言葉で表しても足りないくらいの容姿をしている人物が、パッとしない私の髪を見て、一目惚れ? 冗談でしょう、と思った。いや、思わずにはいられなかった。
「これで、疑問は解消されましたか?」
「そ、そうね。凄く驚いたけど」
「すみません。あと、ここにアゼリアを連れて来ることが遅れたことも、謝らないとなりませんね」
「仕方がないわよ。私も、そんな余裕はなかったわけだし」
「いいえ。これは私の我が儘なんです。アゼリアが帰りたくなるのではないか、と思うと話題にあげることすらできませんでしたから」
思わず、耳が熱くなるのを感じた。想いが通じた後に言うなんて、ズルいとも。だから、怒るに怒れなかった。
「こんな私が嫌になったのでしたら、今からでも魔塔で帰還の準備をしますが……」
「どうして? ここまで想われているのに帰るなんてできないわよ」
「アゼリア……」
「そう、私はアゼリア。グリフィスが付けてくれたんじゃない」
私はグリフィスに向かって、両手を伸ばした。
「忘れないで。私はアゼリア。アゼリア・ハウエル。あなたの妻よ」
もう偽装夫婦でもない。本当の妻だ。
「そしてあなたは、私の夫だということを」




