第36話 来られなかった理由
翌日。私たちは早速、慈善バザーが開催されている公園へと向かった。場所自体はそこまで遠くなく、むしろ図書館よりも近くて驚いた。
「こんなに近かったのに、これまで一度も行かなかったのが、逆に不思議に感じるわね」
「仕方がありません。公園は、敵を誘発する場ですから。そのような場所にわざわざアゼリアを連れて行くわけにはいかなかったのです」
確かに、安全を第一に考えれば無理な話である。公園といっても、ほんの少しの遊具と広場だけの小さいものではない。慈善バザーが開催されるほど、広大な敷地を有していた。
早春であるため、葉が付いている木々は少ないものの、身を隠す場所が多いことには変わらない。木々の他にも、遊歩道に面して丸い生垣や四角い生垣が並んでいるのだ。そこから飛びかかって来られたら、ひとたまりもないだろう。
「保護魔術でも、やっぱり対応できないのかしら」
「向けられたものが魔術であれば、完全に防ぎますが、接近戦で来られたら、やはり難しいですね」
「……そうなんだ」
マックスの件があったため、今では眠慰も防ぐ保護魔術を、グリフィスにかけてもらっている。禁書区画前での戦闘でもそうだったが、素人目でも、本当に凄い魔術師だったんだなぁ、と思う。
それに以前と違い、今はもう私に隠しているわけではないため、公園のような死角が多い場所に来ても、グリフィスが窮屈に感じることもないだろう。
「でも、私も私で、身を守る術を身につけないとね」
胸の前で両手を握り締めていると、横からふっと息を漏らすような笑いが聞こえてきた。振り向いて、グリフィスを睨みつける。
私の決意を笑うなんて、失礼じゃない!
「すみません。その前にアゼリアは、警戒心の無さを直した方がいいと思います。けれどあなたの良いところでもあるので、難しいところですね」
「でも、つけ入られないためには必要でしょう?」
「逆ですよ。相手に深入りしないこと。相談所を、これからも続けるのなら、そこが重要だと思っています」
思わずアッとなって、視線を逸らすように前を向いた。グリフィスは以前、相談所を負担に感じてしまったことを、指摘しているのだ。
あれだけ愚痴を言って、気分転換に配置替えをしてもらったんだものね。ぐうの音も出ないわ。
けれど相談所と聞いて、あることを思い出した。
「ねぇ、グリフィス。慈善バザーって、タロットカードとか置いていないかな?」
「突然、どうしたのですか?」
「その……なんとなく、あのタロットカードをこれまで通りに使っていいのか、悩んでしまって……」
そう、タロットカードだ。相談所では、これまで通り、ルノルマンカードとタロットカードを使うつもりでいた。相談者も、そのやり方を人伝に聞いていたから、図書館に足を運んでくれていたのだ。ただの興味本位の人も、いるとは思うが、あの行列に並べるだろうか。
すると、ある一点が気になった。
「グリフィスも読んだでしょう。魔塔からの報告」
「……元の世界への帰還、のことですね」
周りに人がいたため、グリフィスは小声になりながら私の肩を掴み、脇道へと入る。そのスマートさにさすがだと思いながら、自分の脇の甘さに嫌気がさした。
ついさっき言われたばかりなのに。
だけどこういうのは、言える時に言わないと、機会を逃してしまうような気がしたのだ。
「ここなら、大丈夫でしょう」
「ごめんなさい、グリフィス。場所も考えずに、突然」
「いえ、驚きはしましたが、いずれはしないと、と思っていましたので。それで、タロットカードの使用に悩んだ原因は、やはり……戻りたいからですか?」
「っ! 違うわ!」
思わず大きな声が出てしまったが、後悔はしていない。
「近くに置いていたら、何かの拍子で戻ってしまうことが怖くなったの。あのタロットカードには、それだけの力が備わっている。そして、感情も。彼女がグリフィスみたいに私を尊重してくれる保障はないでしょう?」
「そうですね。私への腹いせに、突然そうしてしまうかもしれません」
グリフィスが魔塔の主になったのも、ウルリーケをタロットカードに封じた功績を評価されてのことだった。だから普段は、この街で書店を経営しているのだと聞いた。早く他の者に譲りたいがために。
「私は、元の世界に戻るつもりはないの。ずっと支えてくれたグリフィスを、今度は私が支えたいから」
「アゼリア……」
「そのアゼリアという名前も、実は気に入っているのよ」
私はニコリと笑って、グリフィスに抱きついた。その拍子に木陰へと誘導する。自分よりも大きい男性を誘導なんて、普段はできないけれど、グリフィスは私の意図に気づいてくれたのか、素直に応じてくれた。
それさえも愛おしいと思う気持ちを、どう伝えたらいいんだろう。私も素直になれたらいいのかな。この感情をそのまま、口に……。
「愛しています」
けれど、先にグリフィスに言われてしまった。
「すみません。これだけは先に言いたかったのです」
「ううん、謝らないで。私も同じ気持ちだから」
嬉し過ぎて、グリフィスの胸に顔を埋めた。だけどグリフィスが望んでいるのは別だった。少しだけ体を引き離されて、思わず「あっ」と声が漏れた。
「同じ気持ちなら、アゼリアの口からも聞きたいです」
「私も、私も愛しているわ」
すると、顎を持ち上げられ、グリフィスの美麗な顔が近づいて来る。目を閉じた瞬間、唇が触れた。




