第34話 遺跡の中で
「私のことも、ですか?」
「うん。折角、話をしてくれるのなら、一緒に聞きたいかな、と思って。たとえば、ウルリーケとの仲とか。最初の頃はどうだったの?」
仲が悪い、なんて思いたくはなかったため、私は優しい口調でグリフィスに語り掛けた。
まさかここで、相談所をやっていた経験が役に立つとはね。だけどこれで、グリフィスが落ち着いて話をしてくれるのなら、なんだって構わない。
「……仲は、良かった方だと思います。そもそも家事が得意になったのも、ウルリーケのお陰ですし」
「そうなの? 元々、好きなのかと思ったわ」
「おそらく、それもあったのかもしれません。けれど、魔術師としての腕や情熱を傍で見ている内に、支えたい、と思えるようになったんです」
それは分かるような気がした。現にグリフィスは、私を支えてくれていたからだ。あれは慣れていなければ、できないことだろう。
「私もそうでしたが、獣人たちにとってもウルリーケは憧れであり、希望でもありました。魔術師の多くは人間ですから。よく下に見られ、時には嫌がらせも……」
「グリフィス。辛いことまでは無理に思い出さなくてもいいんだよ」
そんな記憶を呼び起こしてまで、聞きたいわけではない。けれどウルリーケが魔術にのめり込んだ理由が、なんとなく分かったような気がした。
「たぶん、グリフィスたちのそんな姿を見ていたから、頑張ろうって思ったんじゃないかしら。成果を見せれば、皆の獣人に対する見方が変わるかもしれないから」
「確かにウルリーケには、他者を圧倒させるだけの才能と魔力量がありました。だから、同じ獣人というより身内として、とても誇らしかったです。そして次第にアゼリアの言う通り、我々獣人に対する見方も和らいでいきました」
「良かった。ウルリーケの望み通りになったのね」
だけど、それでめでたしめでたし、で終わらなかったのが、残酷である。今の彼女の姿は、人どころか獣の姿でもない。タロットカードに封じられているのだ。
「……才能は、時に自分自身を破滅させます。いえ、破滅させようとする者たちを呼び寄せてしまうこともあるんです」
「どういうこと?」
「ある日突然、ウルリーケと連絡が取れなくなったんです。私は見捨てられた、と思いました」
悲しそうな顔に、思わずウサギ姿のグリフィスと重なる。普段は誰もが振り返るほど容姿端麗な姿に、クールな性格。淡々としていても、言葉の端々には、気遣う心根を感じることが多い。
だけど本来の姿でもあるウサギに戻ると、途端に甘えん坊になるのだ。
今みたいな顔をされると、抱きしめてあげたくなる。でもここは外だし、神聖なる遺跡だ。私は自分にできることはないか、と探した結果、そっとグリフィスに寄り添った。
ウサギもそうだけど、よく動物は体を寄せ合うから。これくらいなら、許されるわよね。
けれどグリフィスが望んでいたのは、それとは違うようだった。肩をグイっと掴まれ、気がつくと背中から抱きしめられていたのだ。それもあろうことか、崩れた遺跡の壁を椅子にして座ったのだ。私を抱きしめたままの状態で。
いくら寂れているといっても、ここは遺跡である。今はただの石に見えるかもしれないものであっても、一つ一つ、意味のあったものなのだから。
そう抗議をしようとしたが、先にグリフィスが口を開いてしまい、私は黙るしかなかった。
「姉は、ウルリーケは、本当に魔術が好きなんです。特に新しい魔術を生み出すことが得意てあるため、集中すると、周りが見えなくなるタイプでした。だからその時も、気にしなかったのです。けれど何カ月ともなると、さすがの私も……」
見捨てられたのだと覚悟しました、と密着していなければ聞こえないくらい、小さな声だった。私の体に回された腕にも力が込められる。
「けれど本当は、ウルリーケの研究を支援していた者たちによって、私たちとの連絡を遮断されていました」
「っ! より、研究に集中させる、ために?」
「それもありますが、孤立させることで、より支援者たちへ依存させようとしていたらしいのです。ウルリーケもそうですが、私も……孤独を嫌うので」
まるで、最近の甘えっぷりは、それが理由だとばかりにいうグリフィス。今はウルリーケの過去を聞いているはずなのに。
「けれどウルリーケもバカではありませんでした。支援者とトラブルになり、最後は堪忍袋の緒が切れたかのように、魔力暴走を引き起こし、ここ、ジェマナキア遺跡に逃げたのです」
「あっ、そっか。グリフィスたちと長い間、連絡が取れなかったから、ウルリーケもまた、同じように考えていたのね」
「おそらく。ですが、私の元に来ても、匿えたかは分かりません」
「えっ」
だって、見捨てられたって言っていたじゃない。そんな人が自分の元に来たら、嬉しくないの? グリフィスなら、ウルリーケを守れたんじゃないの?
そんな疑問が頭を過ったが、振り返った瞬間、言葉に出せなかった。首を横に振られてしまったのだ。
「当時のウルリーケは、すでに支援者たちによって、禁忌に手を染めていたからです」
「禁忌?」
「……どうやら支援者たちは、魔塔を掌握して戦争をするつもりだったようです。そのための兵器として、兵士となる命を生み出そうとしていた、といえば分かるでしょうか」
この世界の倫理観はまだ分からないけれど、私のいた世界でもタブーの領域の話だった。
「かつて尊敬していた姉であっても、匿えません。だから、タロットカードに封じたのです」
「……う~ん。それがよく分からないのよね。どうしてタロットカードなの? 封印する媒体なら他にもがあるんじゃないかしら」
タロットカードは七十八枚もあるため、媒体に相応しくない、と思ったのだ。けれどこの間の禁書区画前の出来事を思い返すと、その一枚一枚にウルリーケの意思が宿っているように感じた。
あれは、どういうことなのだろうか。
「先ほども話したように、ウルリーケは禁忌を犯してしまいました。その過程で得た魔力量は計り知れず、封印後も危険のないように保管するには、分散量の多い媒体が必要でした」
「確かにタロットカードは、トランプのようなカードよりも特殊なものだわ」
もしくは、古くから占いに使用されるものだから、魔術とも相性が良かったのかもしれない。
「あとはそうですね、ウルリーケもまた、占いが好きだったから、というのもあります。おそらくアゼリアを選んだのは、そこが理由なのではないでしょうか」
「えっ! そうなの!?」
「でなければ、大人しく占いを手伝うとは思えません。あと、占いを通して、アゼリアに自身の魔力を送っていたことも、また……」
「マックスの前では、私のことが気に入ったって言っていたじゃない」
「それも間違いではありません。ですが、あの男の名前をここで言うのはやめてください」
もしかして、この遺跡の荒れようは、ウルリーケを封印した時にできたものだけじゃないのかしら。この遺跡を調べていたくらいだから、黒いフードの男たちと一緒に荒していた、とか。
「ごめんなさい」
「いえ、分かっていただければいいんです」
グリフィスは満足そうな声でいうと、私の頭に顎を乗せた。




