第33話 始まりと因縁の場所
冬から春になり、季節が一つ進もうとしている。相変わらず相談所は再開できていないが、私とグリフィスはとある場所にやってきていた。
「ここが、ジェマナキア遺跡です」
「かつてウサギ獣人たちが住んでいたところであり、ウルリーケ、さんが最後に隠れ住んでいたところ……」
騙されていたとはいえ、マックスの調べ物で、この遺跡の歴史やウサギ獣人たちの生態などの本を読んでいたからか、とても感慨深くなる。
けれど本に描かれていた遺跡と、目の前の遺跡とでは、形が異様に違う。土壁の面積はもっとあったし、高さだってこんなに低くない。雨水に晒されて劣化したのなら分かるが、この崩れ方は明らかに違うことが窺えた。
さらに異様なのは、遺跡の周辺に草が生えていないことだった。
私に正体がバレてからというものの、グリフィスはよく、ウサギの姿に戻る。始めは疲れからだと思ったが、あの姿の方が余計な力を使わなくて済むメリットがあるからなのだろう。あのグリフィスが、意味もなくウサギの姿に戻るとは思えないのだ。
たとえウサギ獣人だからといって、普通のウサギのように草を食べるわけではない。けれど、寝床を整えたり、家の中を飾り立てたり、色々とできる。
だけど、それもない遺跡というのは……。
「なんて寂しいのかしら」
「……誰も住まなくなれば、朽ちていくもの。しかしこれは……やむを得ず、こうなってしまったのです」
「グリフィス……」
私以上に、感慨深く遺跡を見つめているグリフィスに、なんて声をかけるべきなのか、分からなかった。最後に住んでいた、ということは、ここで彼女はタロットカードに封じられたのだろう。そしてその場には、グリフィスも……。
そう思うと、彼の腕に触れることしかできない自分が、不甲斐なかった。
「大丈夫です。随分と過去の出来事ですし、心の整理はすでに終えています」
「それは……やっぱり、辛かったってことでしょう。なのに私がここに来たい、だなんて言ったばっかりに」
「アゼリアが言わなくても、いずれ来るつもりでした。勿論、一緒に」
「本当に? 私も一緒に来て良かったの?」
腕を掴む手に力が入る。するとグリフィスは、私の手を取って前へ歩き出した。
「タロットカードを見つめては、ウルリーケに何か話しかけていたのを、何度か見かけましたので」
「っ! み、見ていたのなら、声をかけてくれれば良かったのに」
「邪魔をしたくなかったのです。私がいない方が、ウルリーケも話し易いのではないでしょうか」
「ううん。ウルリーケ、さんは私に何も語り掛けてくれないわ」
「そうなのですか? あと、気になっていたんですが、無理にさんを付けなくていいですよ」
バレていた。私とグリフィスは、すでに夫婦であるため、ウルリーケはいわば、私にとって義理の姉になる。いくらタロットカードに封じられているからといっても、無礼を働きたくはなかった。
「……一応、身内になるわけだし」
「身内だからこそですよ。アゼリアに迷惑をかけておきながら、離れようとしないのですから」
マックスに奪われた後、私の手元に戻って来たタロットカードは、以前とは明らかに違っていた。
元々、禁書区画にあったものだと知った私は、本来あるべきところに戻そうと、タロットカードをラモーナに預けたのだ。けれど翌日には私の部屋にタロットカードがあって、ひと騒動を巻き起こした。
あの黒いフードの男たちが、またタロットカードを狙ったのではないか、と騒ぎが起こったのだ。
その後、何度か検証した結果、どうやら今回の件で、眠っていたウルリーケの意思を起こしてしまったらしい。けれど封印までは解けないのか、こうして好き勝手しているとのこと。
その好き勝手も、私から離れない程度のことなので、禁書を管理しているラモーナも、特別に許可を出してくれた。『も』というのは、グリフィスのことである。どうやら、お気に召さないらしい。
「そこまで邪険にしなくてもいいのに。この間のように、私を守ってくれるかもしれないのよ」
「アゼリアに危険が及ぶ、そのほとんどの原因がウルリーケです。守るのは当然のことですよ」
「もう! どうしてそんなことをいうの?」
「そうですね。ジェマナキア遺跡に来たのも何かの縁です。少し長くなりますが、聞いていただけますか? ウルリーケのことを」
「勿論。だけどグリフィスのことも聞きたいわ」
考えてみると、私はグリフィスのことを何も知らなかった。マックスの件が起こるまで、魔術師であること、魔塔の主であること。そしてその権力を使って、図書館という安全な籠に、私を置いていたこともだ。
ウサギ獣人だったことを言えなかったのは……まぁ、私の行動が原因だから、なんともいえない。この街を案内された時や、図書館の利用者の風貌に驚いたことを、私は逐一グリフィスに話していたのだ。
確か、「怖い」とまで言っちゃったのよね。見た目で判断することは、差別に値するけれど、鋭い爪や牙を目の前にすると、恐怖心の方が勝ってしまう。
だけどね、グリフィス。それを和らげてくれたのは、あなたなんだよ。
正体を知らなくても、私を支え続けてくれたお陰で、今はまったく怖くない。勿論、グリフィスのことだって。だから大丈夫。今の私なら、何を聞いたとしても、受け入れる自信があるわ。




