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召喚された司書の相談所〜偽装結婚ですが旦那様にひたすら尽くされています〜  作者: 有木珠乃
第1章 偽装夫婦の日常

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第2話 それは出会った時から

 時を遡ること、一年前。あの日は珍しく、いつもは通販で購入していたタロットを(じか)で買いたくて、書店へと足を向けたのだ。SNSでタロットフェアをしているという宣伝を見たのがキッカケだった。

 それを目当てに買う通販もいいけれど、まだ見ぬカードとの出会いもしてみたい。そんな期待もあり、仕事帰りに立ち寄ったのだ。


 自動ドアが開き、店内を見渡す。フェアだと宣伝していても、さすがにタロットなどの占いコーナーを入り口付近に作ることはしない。


 どうしても占いというと宗教や霊感商法のように、詐欺に使われてしまうケースがあるため、書店側も慎重なのだろう。私も趣味で占いをしている、というと変な目で見られるから公言はしていない。だからタロットなどのカードは主に、通販にしていた。


 初めて入る書店、ということもあって、緊張感が半端ない。雑誌コーナーの人混みを通り抜けて奥へと進み、そこでようやくタロットフェアの書棚を見つけた。

 上には大きなポップが付いていて、企画した人の本気さが伝わってくる。次に肝心の書棚の中は……本来なら背表紙が並んでいるところに、手のひらサイズの箱が並んでいた。それも幅をきかせているものだから、見ているだけで面白い。


 なんていうのかな。違和感と新鮮さが混ざり合っているかのような面白さ。ワクワクしてくるのだ。


 肝心の箱を見てみると、表面には人物から動物まで……タロットと書かれていなかったら、なんの箱なのか分からないくらい、美麗な絵が描かれていた。

 その横にあるオラクルカード、ルノルマンカードの箱もまた然り。


 ゆ、誘惑が凄い。知らないカードばかりなのもあるけれど、わぁ〜あのウサギのカード、可愛い〜! だけど猫も捨てがたい!

 でもここは……無難に人物の絵柄を選ぶ? いやいや、折角フェアに来たんだから、それこそ運命の出会いを求めて……えいっ!


 私は手を伸ばした先にあった、白いウサギが描かれたタロットカードの箱を持ち上げた。迷うのならば、一層のこと、直感に任せてみたのだ。

 予算的に買えるデッキは二つが限度。買うならタロットとは別の……と視線を横の書棚に向けた途端、猫のルノルマンカードの箱が目に入った。


「か、可愛い〜!」


 思わず声に出してしまうくらいの一目惚れだった。


 迷いがなくなった私は、すぐさまレジへと向かい、会計を済ませて書店を出た。

 家に着き、購入したばかりのデッキを開けた自分を想像するだけで、帰宅の足が軽やかになる。いつもは重い足取りなのに、こんなにも違うものかと思ってしまうほど。


「まぁ、それだけ楽しみなんだけどね」


 周りに誰もいないことをいいことに、肩にかけたトートバッグの中を見ては、うふふっと満足気に笑う。明らかに不審者丸出しである。


「こんなの知り合いに見られたら、確実にアウトだわ」


 それでもやめられないのだから、重症だ。さすがに自宅に近づいたらやめなければ、と思っていた瞬間、前に出した右足が沈むのを感じた。


「えっ?」


 危機感を抱いだ時はすでに遅し。私を中心に地面が光出し、漫画やアニメなどでよく見る魔法陣の模様が突如、出現したのだ。


「ちょっと、待っ――……!」


 最後の悪足掻きのように声を出すが、残念なことに寄り道をしたせいで、通勤通学の帰宅時間はとうに過ぎていた。助けてくれる者など、運よく通ることもなく。そうして私は誰にも気づかれず、光りに包まれて異世界に飛ばされてしまったのだ。


「ここ、どこ?」


 気がつくと私は、公園のような場所にいた。硬いアスファルトの上にいたはずなのに、柔らかい草の上にいるのだから、嫌でもどこかに移動したことが分かった。

 頭上を見上げると、燦々(さんさん)と照りつける太陽と透き通る青空に愕然とする。


 確か夕方だったはず。寄り道をしたから、いつもよりも薄暗かった。だからこそ、あの光が眩かったのだ。


「え? 一体、何が起こったの?」


 帰り道にこんな公園なんてなかったし、そんな物語みたいに異世界だなんて……。


「はぁ、疲れているのかな」


 そうよ。図書館勤めって楽でいいわよねって、よく言われるけど、意外とデスクワークばかりではない。書棚に本を戻したり、カウンターに置かれた返却の本を運んだり、カートで運んでいても、結局は人力がものをいう仕事だった。


 パートさんたちではできない事務仕事もあるし……人員削減で職員の負担ばかり増やされるし、で。


「無理もないか」

「お取り込み中すみませんが、よろしいですか?」

「っ!?」


 ため息を吐いた瞬間、後ろから話しかけられた。男性だと分かる低い声。見知らぬ場所にいるという恐怖心も相まって、すぐに振り返ることができなかった。


「見たところ、お困りなのは分かりますが、ここにいるのは危ないです」

「えっ!? 危ないってどういう……こと、ですか?」


 聞き捨てならない言葉に思わず振り返ると、これまでお目にかかったことがないほどの美貌を兼ね備えた人物が、私を見下ろしていた。声からすると、男性だろうか。


 いやいや、そんなことよりも、ここはもしかして……。


「天国ですか?」

「……召されたいのでしたら、この場に留まることをお勧めしますが」


 天の御遣いかと思われた人物は、アッサリと簡潔に、そしてザックリとその危険度を教えてくれた。キラキラと輝く金髪、整ったお顔に似合わないと思ったが、今はこの人の言う通り、即断する必要があった。


「いえ、まだ未練がありますので、ご遠慮願いたいです」

「それは良かったです。では……こちらを羽織ってください。その格好では目立つので」


 私が? それはあなたの方では、と思ったが、彼の服装はどことなく、私のいた時代にそぐわない。悪く言えば古めかしいものだった。けれど違和感はない。


 やっぱりイケメン……ううん。綺麗な人はなんでも卒なく着こなすって本当だったのね。


 それに比べて私は……誰がどう見ても、質素な事務服だった。黒いジャケットにタイトスカート。中のワイシャツだって白で遊び心すらない。顔だって……。


「とりあえず、今は早急にここから離れる必要があります。あなたの気持ちはすでに窺ったので……怒らないでください」

「えっ?」


 突然、マントをかけられたと思ったら、今度は体が浮いた。まさか、と横に視線を移した瞬間、あの美しい顔が近くにあったのだ。


「やはり、抱き上げたのはダメでしたか?」

「い、いえ。ビックリしただけです」


 あと、あなたの顔にも、とはさすがに言えなかった。このお顔を間近で拝んでいいんですか? とも。

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