第17話 新しい配置場所
翌日、私はすぐにグリフィスの提案を、そのまま館長に伝えた。すると、どうやら館長もまた、ヘルガたち同様、私を心配してくれていたらしい。
「館内を歩いている姿はふらふらだったからね。でも旦那さんが迎えに来ているから、帰りは心配していなかったんだよ」
早い話。私に限界がくれば、グリフィスが動くだろうから、様子を見ていた、とのことだった。
間違ってはいないけど、間違ってはいないけど! 私とグリフィスは偽装結婚なんだよ!
「とりあえず、来週のお知らせとかは、こっちに任せなさい。アゼリア君のお陰で、図書館に興味を持ってくれた人が増えたのだから。相談所が数日閉まっていたからといっても、大丈夫ですよ」
館長の温かい言葉に、「はい」と頷きながら、提案を持ちかけて良かったと思えた。始めは、「司書の仕事も休んだっていいんだよ」とまで言われてしまったが、さすがにそこまではできない。
私の本来の仕事は司書なのだから、それを取り上げられてしまったら、図書館にいる意味がなくなる。だから断固として、それはお断りさせてもらった。
そうして数日後、私は久しぶりに図書館の業務に励んでいた、というわけである。
「はぁ~。書架に囲まれた本の匂い」
異世界でも、本は本の匂いがする。あまりの嬉しさに重厚な本の背表紙をなぞった。
本来、図書館の業務は、本の整理ではあるものの。返却、貸出の管理は毎日行われるため、私みたいな継続することができない人間には任せられないのだ。それは寄贈された本のチェックや目録作りも同じだった。
他にできて且つ、人手が足りないところ、というと受付業務がもっとも相応しい場所なのだが。
「なんのために相談所を休んでいるの? 利用者と距離を置いて、メンタルを休めないと」
ヘルガの言葉のお陰で、私は受付業務からも外され、利用者が最も近づかない、奥の書架で番人をすることとなったのだ。
なぜ番人なのかというと、ここの書架には禁書が置かれている。魔術書は勿論のこと、国では管理しきれなくなった重要な書物や記録書などが多く。夜は警備員、昼間は司書が目を光らせ、関係者以外、寄り付かないようにしていたのだ。
そんな重要な場所ならば、手前に扉を用意すればいいではないか、と思われるかもしれないが、いかにもそうです、なんて場所を作りたくなったらしい。というのは建前で、どんどん置き場所がなくなり、扉が撤去されてしまったんだそうだ。
増築する資金もないのだから、仕方がない。そんなわけで、これから一週間、私は禁書の番人として、仕事をすることになったのだ。
「アゼリアさん、大丈夫ですか?」
書架に手をつき、目を閉じたまま頭を下げている姿は、さながら疲れた人に見えたのだろう。ここ、本来の禁書の番人をしている、ラモーナ・フェルセに声をかけられた。
ヘルガのように髪の長い女性が多い中、ラモーナは灰色の髪を短くし、さらに司書とは思えない白衣を羽織っていた。ラモーナ曰く「危険な書物が近くにあるのに、お洒落なんかできませんよ。私の仕事は不審者の撃退なんですから」とのこと。
確かに、言われてみればそうだと思い、私もラモーナに倣ってエプロンをしていた。これは元いた世界でも、図書館で使用していたため抵抗はない。けれど白衣は……さすがに真似できなかった。
「大丈夫。久しぶりに本と向き合えた嬉しさを、噛み締めていただけだから」
「ふふふっ。それ、分かります。でもなんだか意外ですね」
「そう? 本が好きじゃなかったら、図書館に勤めたい、なんて思わないけど」
「確かに。なんだか、アゼリアさんっていうと、占いというか相談所のイメージが強くて。すみません」
ラモーナの言い分も無理はない。だから、否定もせずに受け流したら、逆に申し訳なさが募った。
「ううん。謝るのはむしろ私の方だわ。一週間だけの臨時だけど、私みたいなのを押しつけられて……迷惑だったでしょう? ごめんなさい」
「迷惑だなんて、そんなこと言わないでください。私なんてここから離れられないから、アゼリアさんみたいに、皆さんの役に立てられたらって思っていたんです。だから今回のことは嬉しくて」
「ありがとう。でもラモーナだって、ここにある本を守っているのよ。皆のために頑張っていて、逆に羨ましいわ」
ラモーナの存在は、本に関わる仕事をしている者からすると、とても頼もしく、また輝いているように見える。どんな本でも守り、大事にする。それを最優先にできるのは、司書として本望ではないだろうか。
同じ図書館にいるのに、私は本に触るどころか、まったく関係のない業務をしているのだ。
「私なんて……ここに何をしに来ているんだろうって、最近よく思うの。司書として雇われているのに、占い師の真似事なんて……」
グリフィスの言葉が突き刺さる。
『アゼリアは司書として図書館にいるのですよ。占い師として雇われたわけではないでしょう』
凹むところがそもそも違っていたのだ。もっと司書の仕事ができないことに、心を砕かねばならなかった。
「司書の仕事……鑑定、解析した魔術書を書架に入れてもらってもいいのですが、もしも奥で侵入者に遭遇してしまったら大変です。あそこまで侵入できる人間は、限られていますから」
つまり、凄腕の魔術師だとラモーナは言っているのだ。思わず息を呑んだ。
「なので、アゼリアさんは入り口付近の巡回をお願いします。時々、迷い込んでここまで来ちゃう人がいますので」
「ここから禁書の所蔵場所です、なんて案内板を作れないものね」
「害のない人間相手なら、面倒なんで、本当は作りたいところですが、ガチで狙ってくる人間がいますから……」
ラモーナが緑色の瞳を遠くへ向ける。それだけで、彼女の苦労が忍ばれた。
「その面倒な相手は私が引き受けるから、ラモーナは自分の業務に専念して」
「アゼリアさん……! ありがとうございます。今日こそ、あの書類の山を粉砕して見せます!」
粉砕? 片付けるんじゃなくて?
私は自分のことよりも、ラモーナの心身が心配になった。休みが必要なのは、むしろラモーナの方ではないのか、と思ったほど。




