表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚された司書の相談所〜偽装結婚ですが旦那様にひたすら尽くされています〜  作者: 有木珠乃
第2章 穏やかな日常に潜む影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/17

第16話 休むことも大事

「はぁ~」


 今日、朝一番の占いを思い出すだけで、口からため息が零れた。目の前に出された食事からは、美味しそうな匂いがしてくるのに、フォークを持つ手がなかなか伸びない。


「どうかしたのですか?」


 グリフィスの声にハッとなる。私がこんな態度をしていれば、彼が心配そうに私の顔を覗き込むことは分かっていたのに。それでも隠せなかった。

 この家を住み心地よくしてくれたグリフィスのお陰で、帰宅した途端、私の心は武装を解除してしまうのだ。


「ちょっと、ね」


 あまり自分の失敗を口に出したくない。それを分かってほしいというのは、都合のいい考えだろうか。


 視線を逸らすように顔を横に向けたが、グリフィスは……やはり諦めてくれなかった。頬に当たる視線が痛い。


「体の調子は?」

「えっ?」

「具合が悪いのであれば、これらをスープにしようかと思ったんです。何も食べないのは、体に悪いですから」

「だ、大丈夫。無理にスープにすることはないよ」


 目の前に置かれた白身魚のフライと添え物のサラダ。これらをスープに、なんてさすがのグリフィスでも無理がある。だけど今の私に脂っこい食事は……ちょっと難しいかもしれなかった。


 だからなのか。口ではそう言いつつも、フォークがお皿へと向かわなかった。申し訳なさ過ぎて、思わず俯いてしまう。


「無理をしているのは、アゼリアの方です。それに、言いたくないのであれば聞きませんので」


 そうしてグリフィスは、テーブルの上の食事をキッチンへと持って行く。私が「違う」とか「食べる」とか、言い訳をする退路さえも防いでくる。


「……卑怯だよ」


 思わず呟いたら、キッチンの方からガタンっと大きな音が聞こえてきた。床を強く叩いたような音に、私は顔を上げる。すると、なぜか驚いた表情のグリフィスと目が合った。


「グリフィス?」

「すみません。驚かせてしまいましたね。つい、足が…… 」

「足?」

「いえ、なんでもありません。それよりも、先ほどの話ですが、詳しく聞かせてもらっても構わないということですか?」

「え?」


 急になんで? あっ、もしかしてさっきの言葉を聞いたから? グリフィスはキッチンにいたし、私は手で口を隠しながら小声で言ったのに。あの距離から聞き取ったとでもいうの?


 しかし、それを口に出すことはできなかった。グリフィスが向かい側に、再び座ったからだ。


「帰り道も、ずっとそのような顔をしていたでしょう。けれど仕事のことだと思い、踏み込めなかったのですが……卑怯だというのなら」

「ち、違うの! 卑怯だといったのは……普段、やたらと構う癖に、いきなり距離を置かれたというか」


 何を口走っているのよ、私。まるで、恋人に放っておかれて寂しい女みたいじゃない。恋人どころか、偽装結婚をしている、まったく関係性のない女なのに。

 だけど言ってしまったものは、もう取り返せない。


「置いたつもりはありません。仕事のことは安易に話せないでしょうし、ましてや占いに関することでしたら、尚更です。相談内容を私が聞くわけにもいきませんから」

「……うん。分かっているわ。でも、これは相談内容とは違うことだったから、思わず」

「相談内容ではない? 親身になっている内に、抱え込んでしまったわけではないのですか?」

「抱え込むような相談は来ないわ。相談者には事前に、重い案件は占えないことを伝えてあるから」


 病気や賭け事、勝負事に関することは勿論のこと、探しものだとか、そういう案件は遠慮させてもらっている。あと、私を試すようなことも。


 図書館の催しで相談所など目新しく、実は最初の頃、そのような相談者が多かった。何処の世界でも、暇を持て余した人間はいるもので、「暇なんだろう。俺の話相手くらいしてくれよ」という感じでやって来るのだ。特に図書館や博物館、美術館などの施設には。


 今は行列ができるほど盛況になったため、絡んでくる相談者は減った。だけど、たとえ当たらなかったとしても怒らないでね、と事前に了承していても、再度やってきて叱咤して来る者もやはりいるのだ。


 どうやらグリフィスは、そちらを連想したらしい。顔が険しくなっている。だけどなんだろう。それさえも様になっているように感じて……あまり怒られている感じがしない。


 まぁ、私に怒っているわけじゃないんだろうけど。


「その……なんというか、今日は朝一から上手く占えなかったの。相談者は納得していたみたいだけど」

「でしたら、何を悩む必要があるのですか? といいたいところですが、アゼリアが拘っているところは別ですよね。上手く占えなかったことが原因で、プライドが傷ついたのですか?」

「プライド……そんな大それたプライドは持ち合わせていないけど」


 そうなのかな。占いは未熟だし。だからこそ、相談者に寄り添うと頑張った。


「実は心配だったんです。毎日アゼリアから、「今日も朝から行列ができていた」と聞く度に、無理をしていないかと」

「無理?」

「そうです。アゼリアは司書として図書館にいるのですよ。占い師として雇われたわけではないでしょう」

「……確かに。言われて見ると、最近、司書の仕事すらしていないかも」


 出勤すると、急いで相談所に駆け込み、テーブルクロスをかける。掃除は退勤時にしているから、軽く済ませて、本日の相談者を待つのが日課になっていた。


「それがいけない、とはいいませんが、少しだけ占いから離れてみるのはいかがですか?」

「で、でも……私の占いを待ってくれている人がいるのよ」


 こんな拙い占いしかできない私を頼ってくれている。期待してくれている。


「離れられないよ」

「……アゼリアは優しいですからね。すぐに決断するのは難しいと思っていました。だからこんなのはどうでしょう。隔週で相談所を開くんです」

「隔週?」

「はい。一週間、相談所を開けて、次の一週間は休みにするんです。ずっと頑張っていたのですから、周りも分かってくれますよ。もしも無理なら、私から館長に言いましょうか?」


 あぁ、そういう隔週か。一週間おきに一日だけ相談所を閉めるのかと思った。でもそれなら、今週分は開けて、次週はお休みにします、と先に知らせることはできるかも。


 ここのところ、三人目を過ぎた段階で疲弊してしまう。だから午前中は二人。三時休憩前まで一人。定時まで一人、としていた。


「ううん。実はヘルガたちから、何かと配慮してもらっているの。だから館長に言っても、すんなり通してくれると思うわ」

「ということは、やはり無理をしていたのですね」

「う~ん。慣れないことをしていたから、疲労とストレスじゃないかな」

「でしたら今日はもう、温かいものを飲んで休んでください。寝る前に用意しますから」

「ありがとう、グリフィス」


 その言葉だけで、十分心の中が温かくなるよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ